世界の底流  
IMFの「第4条協議」にもとづく勧告

2012年11月9日
北沢洋子

1.IMFと緊縮政策

 長い間、私たちは、IMFの「構造調整プログラム(SAP)」を批判してきた。それは、IMFが、80年代、債務危機に見舞われたラテンアメリカに救済融資をテコにして押し付けたコンディショナリティであった。
 さらに90年代、重債務貧困国(HIPCS)、主としてアフリカに対して、世銀グループに属する、譲与的条件融資を行う「国際開発協会(IDA)」融資の見返りに、SAPを改名した「貧困緩和戦略(PAS)」を押し付けた。SAP、PASともに、ラテンアメリカ、アフリカの政治、経済、文化などすべてに破壊的な影響を及ぼした。
 やがて、1997年、アジア通貨危機が起こった。これに対して、IMFは救済融資をテコにして、「SAP」をアジア諸国に押し付けた。その結果、それまで高成長を遂げてきたアジア諸国の経済を破壊してしまった。アジア諸国の経済のファンダメンタルス(財政、貿易収支、雇用など)は安定しており、債務危機ではなかった。これはヘッジ・ファンドはなどの投機によって引き起こされた外貨準備の危機であった。IMFの助言によって、為替を自由化してしまったのがその理由であった。アジアでのIMFの失敗が誰の目にも明らかになった。
 また2005年末、アルゼンチン、ブラジル、トルコ、ロシアなどIMFの大口の借り入れ国が、次々とIMFの債務を前倒して全額返済した。これは、高い金利の国債を発行して、3.5〜5%と低い金利のIMFの債務を返済した。その理由は、IMFの「条件(SAP)」から逃れるためだった。その結果、IMFは、大口の借り手を失い、「銀行」として経営が成り立たなくなった。まさに存亡の危機だった。
 IMFが息を吹きしたのは、2011年、ギリシャに始まったユーロ圏の公的(ソブリン)債務危機であった。ここでは、債務危機の救済は、EU、ヨーロッパ中央銀行(ECB)、IMFのトリオが行った。そして、救済融資の見返りに「緊縮政策」を押し付けた。これは途上国に押し付けたSAPと同じものであった。そして、トリオの中で、融資やコンディショナリティなど政策策定をする専門家を抱えているのはIMFである。そこで、IMFは、緊縮政策を策定し、政策アドバイザーとして権力を振るうようになった。

2.IMFの「第4条協議(Article W Consultation)」について

 IMFには、加盟国に対して政策勧告を行う法的根拠として「第4条協議」がある。これによってIMFは、加盟国に対して定期的に政策を勧告できる。
 IMFの第4条協議の内容は、非常に厳格であり、それぞれの国の状況を無視している、と批判されてきた。2008年、リーマン・ショック後、IMFは第4条協議について政策勧告を"再考する"と発表した。その後、4年が経過したが、一向に変わった様子はない。
 例えば、2010年、IMFは途上国26カ国に「第4条協議」にもとづく政策勧告を行った。その内容は、為替レート、資本規制、財政政策、インフレの4項目にわたっている。

為替レート
 2008〜9年の危機以後、先進国に比べて途上国の回復は早かった。その結果、途上国に短期の資金が流入した。この流入は、途上国の経済を不安定化させた。つまり、途上国の通貨や為替レートに大きな影響を与えた。そして、為替レートは、実体経済と人びとの生活に少なからず影響を与える。
 したがって、為替レートについてのIMFの勧告が重要な政策アドバイスになる。 IMFの為替レートに関する考え方は、依然として市場主義である。
 IMFは、一般的に途上国に対しては為替レートの切り上げを勧告している。それは、まず、国産品が競争力を失い、輸出しにくくなる。反対に、為替レートの切り下げは、輸入品が値上がりし、インフレの要因となる。また、引き下げは、債務返済のコストが高くなり、それが、国家財政を悪化させ、一方では金融危機を引き起こす。
 為替レートについて、IMFは、中国、タイ、マレーシアなどの新興国に対しては、詳細な分析を行っているが、その他の途上国に対しては、机上の推論に終始している。
ボツアナの例では、10%、または0%の調整が必要だと書いている。これは、為替レートの問題を軽く考えている証拠である。
 ギニア・ビサウの例では、為替レートは高すぎてはいない、と書いている。しかし、一方では、IMFは逆にギニア・ビサウの為替レートは3%〜21%高いと言っている。全く論理が通らない。 
 カメルーンの例では、ユーロ安が続けば、カメルーンは緩やかな為替レートの切り上げをすべきだと書いてある。
 ペルーは、ドル化された経済である。非ドル化を図っているところへ、外国資本の流入が起こると、為替レートが乱高下する。IMFはこれに対して、ペルーは為替を自由化しろ、と勧告している。

資本規制
 外国資本の急激な流入と流出は、その国の貿易収支に大きな影響を及ぼす。この点について、IMFの勧告は決定的な影響を及ぼす。この点について、2009年、IMFのスタッフたちは、政策勧告は慎重にやらなければならない、ことを認めた。
 エジプトの例では、IMFは、エジプト・ポンドの為替レートは7.3%ほど高いと推測した。それに加えて、IMFの報告書には、短期資本の流入によって、さらにポンド高が進行する、と書いていた。しかし、IMFによれば、このポンド高は、エジプト製品の競争力に影響しないと見ている。したがって、IMFはエジプトの資本規制について全く言及していない。
 インドの例では、IMFは、かなりの資本流入が進行すると予測している。それに対して、IMFは、為替レートの柔軟性と、外貨の蓄積を勧告している。IMFは、国内金融市場の自由化、社債市場の振興、外国直接投資の促進などが、短期の資本流入規制よりもはるかに有効だとしている。資本規制は最後の手段であるべきだと勧告している。
 南アフリカに対しては、IMFは、ランド高について、より詳しい分析を行っている。たとえば、金利引き下げは、外資が株式市場に向かうので、あまり有効ではない。また財政削減政策や資本流出を規制するのは、経済の回復に有効ではない、と勧告している。

財政政策
 このテーマについてのIMFの勧告は、短期の安定化にのみ焦点を当てていて、「開発」の視点が欠けていると批判されている。IMFの短期政策とは、税制度、税の徴収の強化、債務の持続可能性などであり、本来、国内需要の拡大を図るものではない。
 また、IMFは財政の削減のみに焦点を当て、財政政策が経済の回復に重要なテーマであるという認識がない。
 アルバニアの例では、「経済の回復が見られるが、より大事なことは、財政均衡を優先させるべき」と書いている。
 ギニア・ビサウの例では、IMFは「経済は不安要素があるが、優先すべきは、政府の税収を1年以内に6倍にする、公務員の賃金を引き下げる、外国から短期の借り入れをやめる」といった緊縮財政政策を勧告した。
 コロンビアの例では、公的債務についての詳しい分析を行う一方、中期の削減目標を立案すべきだとして、付加価値税の拡大、投資優遇政策の廃止などを勧告している。
ベトナムの例では、IMFはかなり踏み込んだ債務削減計画を立てる一方、「ベトナムには、債務は重圧ではなく、さらに借りる余禄がある」と勧告している。
 IMFは、国内資本や国内需要を無視している。なぜ財政均衡にのみ焦点を当てるのかという問いに対して、IMFのスタッフは「それが当該政府の信用にかかわるからだ」と答えた。財政が改善されれば、国の信用レートに影響する、と言う。

インフレ
 2008〜9年の危機以後、多くの政府は、金利の引き下げ、食糧やエネルギーの値上げなどといった金融緩和政策をとってきた。これは、インフレに通じる。
 IMFは、2010年次国別報告書では、、中国とインドを例外として、インフレについて数行触れているだけだ。そして、分析は極めて表面的だ。インフレから生じるコストや、インフレと闘うためのコストを無視している。
 またIMFはインフレに対して、主として金利の引き下げに頼っている。


 結論として言えることは、IMFの2010年の「第4条協議」にもとづく勧告を読むと、経済分析を「再考」するどころか、その立場を変えていない。
 途上国の中では、中所得国が比較的詳しい分析と勧告を受けている。しかし、詳しく報告書を読むと、当該国政府当局とIMFのスタッフとの間に、激しい議論があったことが読み取れる。ここから推論すると、より小さい、貧しい国では、IMFの勧告がどのように間違っていても、従わねばならない。いくつかの例でも、如何にIMFの勧告が間違っているかを読み取れるからである。