世界の底流  
オバマ大統領とイスラエル・ロビー

2012年4月15日
北沢洋子

1.『イスラエル・ロビー』とは?

  ここに、ジョン・J.ミアシャイマー(シカゴ大教授)とスティーブン・M.ウォルト(ハーバード大教授)の共著『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』(福島隆彦訳)という本がある。2007年に講談社から発行されている上下2巻の分厚い本である。
  この本は、米国のすべての外交政策は、「イスラエル・ロビーに操られている」と主張している。確かに、米国の中東外交はイスラエル・ロビーが操っているが、その他の地域ですべて米国の外交政策をイスラエル・ロビーのせいにすることには、私は同意しかねる。
しかし、米国の中東政策に見られる明白なダブル・スタンダードについては、この本は「イスラエル・ロビー」の力を余すところなく分析している。
  著者が、「イスラエル・ロビー」と表現して、「ユダヤ人ロビー」と呼ばないことには意味がある。著者たちは決して「反ユダヤ主義者」ではないからである。ここで「イスラエル」と呼ぶ場合、イスラエル国家を指しており、イスラエル建国の理念である「シオニズム」のことである。
  このロビー団体は、1953年、シー・ケネンが設立した当時には、「米国シオニスト公共問題委員会」と証していたが、あまりにもどぎついので、その後、「米国イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」に改めた。
  米国での「イスラエル・ロビー」であるAIPACは、全米ライフル協会を凌ぐ巨大な団体であり、勿論、米国の外交政策に対する最大の圧力団体である。歴代の大統領は、AIPACとの親密な関係を持ってきた。

2.オバマ大統領のAIPACでのスピーチ

   今年3月4日、オバマ大統領はAIPACの会合に招かれ、演説した。これは、イスラエルがイランの各施設を空爆することを明白に是認するものであった。とくにイランの「核開発」を、「核兵器の開発」に掏り替えた。これはオバマ大統領の「歴史的な修正主義」と非難されるところである。
  彼のスピーチの最後の部分で、最も長い時間を割いたのは、イラン問題であった。その部分では、オバマ大統領は3つの重要なコメントをした。

(1)彼は、イランの核プログラムについて触れ、イスラエル政府は、「イスラエルを世界地図から抹殺する」と言っている政権の手に「核兵器が握られることを受け入れることは出来ないだろう」と語った。
  ここには、3つの誤りがある。その第1は、アハマディネジャド大統領は「イスラエルを世界地図から抹殺する」とは言っていない。彼は「イスラエル」と言ったのではなく「エルサレムの占領政権」という表現をした。これは明らかに翻訳の誤りである。つまり、イスラエル国家とイスラエル政権とは同一ではない。これをマスメディアが、繰り返し報道するので、今では誰も疑わない真実になってしまった。イランの大統領が言わんとしたのは、イスラエル国家の抹殺ではなくて、イスラエルのパレスチナ占領を終わらせることにある。
  アハマディネジャド大統領は、エルサレムを占領している政権の抹殺と、かつてのイラ
ン王政の打倒を、重ね合わせている。イランでは国王は追放されたが、イラン・イスラム共和国は存在している。彼はイスラエルの政権の変革を願っているのであって、国家の抹殺ではない。
  この翻訳の誤りについては、すでに学会では明らかになっている。ホワイトハウスも充
分承知している。

(2)第2は、オバマ大統領が「イランの核プログラム」を「世界で最も危険な武器の開発」と言った点である。「イランの核プログラム」には、「核兵器の開発」は含まれていないという事実をわざと無視している。オバマ政権のペンタゴンもCIAも、イランが核兵器開発を目指していないことをすでに知っている。
  オバマ政権の現国防長官であり、前CIA長官であったLeon Panetta は、さる1月、「イランは核兵器の開発を着手しているのだろうか?」と自問し、これに「ノー」と答えている。現在、統合参謀本部議長であるMartin Dempsey 将軍と現CIA長官David Petreus将軍もこれに賛同していた。国家情報局(DNI)長James R. Clapper Jr.も、1月31日の議会の公聴会で、「イランが核兵器の開発を決定したという証拠はない」と答えている。
  最近発表された「国家情報評価(National Intelligence Estimate)11年度版」には、16の米国の情報機関が「イランに核兵器開発の証拠はない」と報告している。
  そこで、オバマ大統領が「イランが核兵器を開発しており、イスラエルの安全を脅かしている」というのは、意図的な誤りであり、無責任である。

(3)オバマ大統領の第3の誤りは、「イランが核武装した場合、我々がこれまで力をそそいできた核拡散体制を、完全に無効にしてしまう」と語った点である。
  まず、これまで米国は「核不拡散体制」の設立になんら貢献したことがない。むしろ「核不拡散体制」を破壊してきた。米国は「核不拡散協定」の実現に真面目に取り組んだことはない。というのは、協定には、核兵器非保有国に対して、援助、激励すべきだと書いてあるにもかかわらず、これを怠ってきた。これまで、米国は、協定成立以後、非合法に核武装してきた4カ国を、援助し、激励してきた。

インド
ブッシュ政権は、核兵器を保有したインドと「核協定」を結んだ。これは米国がインドに対して、問題の核技術を提供することを約束したのである。
オバマ政権になると、インドの核兵器の放棄を呼びかけた国連安保理決議1172号に違反して、核兵器搭載用爆撃機を提供した。さらに米国はインドに原発2基の建設を援助することになった。インドは核不拡散協定の加盟を拒否している。

パキスタン
インドの隣人パキスタンが1970年代すでに、核兵器プログラムを進めていることは、知らないものはいない。しかし、レーガンとブッシュ父政権は、山のような証拠が挙がっているにもかかわらず、パキスタンは「核兵器開発をしていない」といい続けた。そして、核兵器搭載可能なF−16爆撃機を供与してきた。1998年、パキスタンは核実験を行なった。その時はじめて、クリントン政権が、パキスタンに対して経済制裁を行なった。同時に、この年の国連では、パキスタンに対して「核兵器の放棄」を呼びかける決議を採択した。しかし、ブッシュ政権は、2001年、パキスタンに対するクリントンの経済制裁を破棄した。

イスラエル
米国のイスラエルの核武装化に対する関与は、インドよりはるかに古い。資料によれば、米国は、すでに1968年、イスラエルの核兵器開発の事実をつかんでいた。にもかかわらず、米国はイスラエルにジェット機を売っている。
1969年、米国は核兵器の専門家団をイスラエルに派遣し、Demona核施設を査察した。しかし、国務省は、これは正式の査察団ではないと言って、結果の発表を拒否した。その後、米国は査察団の派遣そのものを中止した。1969年、ニクソン大統領は、プライベートにイスラエルの核武装を認めた。クリントン大統領は、ナタニヤフ首相に、「イスラエルの核兵器の開発プログラムを支持する」と保証した。

オバマ大統領は? 
イスラエルの「軍ラジオ」は、11年7月、「米国が秘密裏に、イスラエルとの核協定を結び、核技術、機材を提供することを約束した」と放送した。イスラエルは核不拡散協定に加入していない。