世界の底流  
パレスチナの抵抗運動の新しいツールはインターネット

2012年2月11日
北沢洋子

 1月16日、月曜日午前10時、イスラエル国内の2ヵ所のコンピュータが不能になった。まず、テルアビブの株式取引所(TASE)が一部動かなくなったのち、全面的に使用不能となった。次に、イスラエル航空(エル・アル)のコンピュータが動かなくなった。これは、前日の日曜日、「Nightmare(悪夢)」と称するハッカー・グループが宣言したもので、実行された。 
 イスラエルの日刊紙『Haaretz』のObed Yaron 記者によると、株式取引所のスポークスマンは、「株式取引は滞りなく行なわれている」と言ったが、実際には、停止状だった。一方、エル・アルは、「このような攻撃は予期していた。そのための予備のコンピュータは用意されていた」と言う。
 攻撃の翌日、ガザのハマス指導部は、イスラエルのサイト攻撃という行為を賞賛した。ハマスのスポークスマンのSami Abu Zahru は記者会見で、「今回の攻撃はエレクトロニックスという新しい抵抗戦線を開いた。これは、イスラエルの占領に対する、バーチャルな戦争の始まりだ」と語った。続いて、彼は、「パレスチナとアラブの人びとにエレクトロニックス戦争の続行と、新しい技術の開発を呼びかける」と語った。
 この3日後、ガザの活動家たちが、イスラエルの救急・消防署のエレクトロニックス・システムに潜入することに成功した。彼らは、オフィシャルなウェッブ・サイトを悪名高いイスラエルの外務副大臣Danny Ayalon の写真に代えた。彼の顔を指紋で覆い、「イスラエルに死を」と書いた。
 実は、昨年末、Anonymous Group がイスラエル陸軍のウェッブ・サイトに侵入していた。このニュースは、うまく封じ込まれ、マスメディアの注意を引かなかった。イスラエル当局も、これを認めず、コンピュータが不通になったことを「技術的な問題が起こった」と説明した。しかし、このニュースはハッカーたちの間で広まり、勇気づけたことは間違いない。
 今年はじめから、イスラエルの銀行や証券会社のオンラインサイトが「アラブの抵抗運動」と称するエレクトロニック海賊たちに襲われた。
 また、今年に入ってから、「XPグループ」と名乗るハッカーたちが、イスラエルのスポーツ用品を売る会社のサイト(www.one.co.il)に侵入することに成功し、数千人の顧客のクレジットカードのデータ、名前、住所、電話番号、クレジットのID番号などをインターネット上に載せた。以後、ほぼ1日おきにサウジアラビア人で「Ox Omar」や「X」などと名乗るハッカーたちが、イスラエルの約100万人の個人データを公表した。
 イスラエルの金融機関は、ことを大きくしないようにすると同時に、これらのクレジットカードを凍結した。Danny Ayalon 外務副大臣は、「この攻撃は、イスラエルの主権侵害である。またこれは、テロ行為として、対処する」と宣言した。
 これに対するパレスチナ側の答えは、次のようなものであった。XPグループがAyalon副大臣のウェッブ・サイトを閉鎖し、パレスチナ人に対する犯罪に対してサイバー戦争を強化する」ことを宣言した。ハッカーのXとOx OmarはAyalon に対して、公然と「お前は我々を見つけることは出来ない」と挑戦した。Danny Ayalon とは、イスラエルの右翼のリーダーであるAvigdor Lieberman 外相に次ぐもので、自身超民族主義のYisrael Beitenu党の創設者である。Liebermanはパレスチナ国家の設立に反対し、自らパレスチナ住民から接収した土地の後に設けられた不法な入植地に住んでいる。
 この攻撃に対して、イスラエル政府は事実を認めることを拒否している。ナタニヤフ首相は、昨年5月、サイバー攻撃に対処する「タスク・フォース」を設け、今年1月の半ばまでに活動することになっていたが、いまだに存在していない。政府は公式には、クレジットカードや個人の利益を守ることは、「タスク・フォース」の仕事ではない、と言っている。この機関の責任者に任命された筈のMatanya Eviatar は、設立されたが、治安上、設立費用を明かすことは出来ない、と語った。
 イスラエル治安機関筋のある高官は、「予算は計上されていない」と言い切った。「タスク・フォースの予算はない。これには、資金もなければ、人員もいない。また法律も整備されていない」と言ったという。さらに、『Haaretz』紙の Anshe Pfeffer記者は、タスク・フォースが活動し始める予定だった1月4日に、「作戦の隊長に任命されたYahir Cohen 退役将軍(元中央軍情報局長)が、十分な予算がないことを理由に、就任を拒否した』と書いている。
 8ヵ月前、ナタニヤフ首相は、メディアに対して、記者会見で、「Issac Ben-Israel 退役将軍の指揮で、サイバー攻撃から国家を守るための軍隊が必要である、という8人の専門家のチームの勧告を受け入れた」と語った。電力、クレジットカード、水道、交通機関、交通信号など、すべてコンピュータ化されている。したがって、サイバー攻撃のターゲットになる。
 またある高官は、「サイバー・グループに対処する機関の設立は必要であるとしても、政府機関のなかには、これに協力を拒否するものがいる」と漏らした。たとえば、軍の中には、サイバー攻撃に対処する機関があるが、それは、軍の保護だけに限る。電力や水道などといった重要なインフラは、Shin Betに所属する「国家情報治安局(NISA )」の管轄下にある。これは、銀行、携帯電話網、インターネットなど民間機関の安全も守るべきだが、これを決定するのは、国家安全保障評議会である。しかし、これを保証する法律は整備されていない。
 結論として、イスラエルは、インターネットというパレスチナの新しいバーチャルな抵抗戦線に対処できない。