世界の底流  
多国籍企業が世界を支配(TPP)

2012年9月18日
北沢洋子

1.ノースバーグのTPP交渉

 9月6〜15日、バージニア州ノースバーグの高級ゴルフ・リゾート地で、第14回「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)」の拡大閣僚会議が開かれた。
 TPPは、05年、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4か国間で合意し、翌06年5月に発効した。以来、米国、オーストラリア、ベトナム、ペルー、マレーシアが加わり、現在では9か国が加盟している。「拡大」会議と呼ばれる理由は、協定が発足当時の4か国に対して、のちに加盟した国々が加わったことを指している。
 会場は、機関銃やヘリコプターで重武装した民間警備隊に守られていた。それはこの種の協定としては、TPPは潜在的には最も規模が大きく、かつ重要な「自由貿易協定」であり、誰もその真実を知らない秘密交渉だからである。
 TPP協定の作成は、穀物業界のカーギル、医薬品のファイザー、運動用品のナイキ、スーパーのウォールマートなど各部門では世界最大の多国籍企業のロビイストたちである。TPPの秘密性は彼らのせいである。彼らは実際に協定を立案し、推進している。
 米国の例では、およそ600の企業のロビイストが、TPPの草案にアクセスでき、文章を加えたり、削ったりすることが出来た。一方、連邦議会の議員たちは、TPPの交渉代表の名前さえ知らされていない。
 しかし、草案の全文はウイキリークスや「Citizen’s Trade Campaign 」ウエッブサイトで知ることが出来た。協定は;

(1)TPPは多国籍企業が長い間、夢見てきた世界支配を完成させる。

(2)世界中の人びとの生活に直接影響する。

(3)TPPは「貿易協定」だと言うが、協定草案26章の中で、直接貿易に関連するのは数章にすぎない。例えば、外国企業が協定加盟国政府を訴え、裁くのは、いわゆる「国際貿易法律家たち」である。彼らは、説明責任を負っていない。そして、この法廷には上告という制度はない。これは、実存する法制度から完全に独立したものである。
 TPPは、正義の概念を捻じ曲げ、人びとが手に入れることが出来る医薬品、インターネットの自由、知的所有権、民主的に制定された労働法、環境保護などを脅かす。
 TPPは、貿易の悪協定というだけでない。これは人口1%の世界企業の買い物リストである。
 米国では、3年間の秘密交渉が過ぎた。やっと市民社会は、今年9月9日の日曜日、ボルチモア郊外の無人倉庫に、米国中から活動家が集まって、TPP会場のゴルフ場に向かった。彼らは、「Flush TPP !」と叫びながらデモをした。そして、9月の第3週を「反TPPウィーク」として、世界中で同時アクションを呼びかけた。
 思えば、「北米自由貿易協定(NAFTA)」は、サパティスタの反乱で幕を開けた。シアトルのWTO交渉は、グローバルな反グローバリゼーション運動の引き金になった。9・11以後にも関わらず、「米州自由貿易協定(FTAA)」を破産させた。それは03年、厳戒下、重武装警官が配備されたマイアミで開かれた34カ国の首脳会議に対して、反FTAAの大デモが起こった。そして、FTAAは破産した。
 これまでの自由貿易協定に比べて、TPPははるかに大規模で、悪質である。
 ちなみに、日本は、ノースバーグのTPP交渉に呼ばれなかった。また、日本の加盟についても議論されなかった。

2.マレーシアとTPP

 マレーシアのラザク首相は、マレーシア独立の55周年記念日にあたり、マレーシアの経済成長の成果を誇らしげに語った。中間層には不人気ではあるが、マレーシア国民の収入は増え、物価も安定している。マレーシアは、他の東南アジアの国々が不況に苦しんでいるにもかかわらず、経済成長を記録している。しかし、これも、企業が秘密裡に交渉しているTPPによって、破壊されるだろう。
 TPPは消費者に打撃を与えるばかりでなく、マレーシア政府の力を削ぐことになる。TPPには、シンガポール、ブルネイ、オーストトラリア、ニュージーランドなどアジアの国々も入っているが、問題は米国に支配されていることである。
 TPP交渉を進めているのは、政府のトップのごく1部の人たちである。議会、マスコミにさえ秘密にしている。野党のチャールス・サンチャゴ議員は、政府が協定草案を公表しないことに怒りを表している。
 入手できた協定草案の一部を見ても、TPPは、外国資本に対する規制緩和を謳っている。
 TPPによれば、マレーシアの健康、安全、環境などの国内法が外国資本にとって余分な出費になれば、政府は外国資本に対して賠償金を支払わねばならない。もちろんこれは、納税者が払うことになる。
 ワシントンのアドボカシィ型NGOの「Public Citizen」は、「投資」の章について、詳しく分析している。それは、外国資本が長い間望んできた権利と特権である。それは、国内資本と外国資本の地位と扱いを一体化させることである。
 「特許」の章では、米国の医薬品企業が、マレーシア国内で、エイズやガンなどのゼネリック医薬品の製造を阻止できる。さらに、米国は、特許権を今までの20年にもう10年延ばすことを要求している。このことについては、Datuk Seri Liow Tiong 保健相も医療費が上がると反対している。「例えば、米国の特許の3年後に、マレーシアで同じ特許が開発されたたとしたら、TPPは、マレーシアの特許が始まった時点ではなく、米国の特許が生まれた時からの特許権を支払えという。これは、フェアではない」と述べている。
 また米国は、TPP交渉の中で、インターネットの規制強化と罰則の規定と、コピイライトを現存の70年を120年に延長することを要求している。これはマレーシアにとって、研究や教育などのコストを引き上げる結果になる。
 TPPは、加盟国に対して、資本の規制緩和を要求している。これは、マレーシアにとっては、絶対に受け入れられないことである。97年のアジア通貨危機の際、他のアジア諸国に比べて、マレーシアの回復は早かった。これは、通貨リンギットに対する規制を厳しく施行したためである。これで、海外からのリンギットにたいする投機を阻止することが出来た。
 TPPのもとでは、資本の自由が保証される。マレーシアは自由なデリバティブの侵入を許さねばならない。
 一口に言うと、TPP加盟国は、独自の健康、土地利用、政府調達、諸規制、知的所有権、為替などの政策を放棄しなければならない。
 TPPは、米国が拡大する中国の力に対抗するために、アジア太平洋地域に、米国の覇権を確立するための手段である。