世界の底流  
パラグアイの「議会クーデター」

2012年7月31日
北沢洋子


1. パラグアイのロゴ大統領の罷免

 これまでの「クーデター」は、軍が武力でもって民主的に選ばれた大統領と政権を打倒し、議会を解散させるというものが一般的であった。しかし、今年6月22日、南米のパラグアイで起こったのは、全く意外な手法であった。
 保守派が握る上院議会がフェルナンド・ルゴ大統領の罷免を39対4で決議し、ただちに自由党のフェデリコ・フランコ副大統領を後釜に据えた。そして、その数時間後、議会はルゴ大統領に対する告発状を提出し、裁判にかけることを決議した。ルゴ大統領は、「反論を準備するための時間」を要求したが、これは却下された。
 パラグアイの農民組織は、これに対して、その夜、抗議のデモを行った。
 2日後、ルゴは、予定されていたメルコスールの首脳会議に出席し、11月末まであった議長の座を、ペルーに譲る」と語った。そして、「私はフランコ政権に協力しない。なぜなら、それは正当性を持っていないからだ」と語った。
 パラグアイのクーデターは、長い独裁政権時代を経験した南米大陸では、激しい動揺と議論を巻き起こした。例えば、パラグアイに大きな経済的な影響力を持っている隣国の大国ブラジルとアルゼンチンが、翌日、ただちに抗議の意思表示として、首都アスンシオンから駐在大使を本国に引き揚げた。また、ベネズエラのチャベス大統領をはじめ、エクアドル、アルゼンチン、ボリビア、ブラジルなどの大統領が、ルゴ大統領の罷免を「クーデター」と非難し、「新政権を承認しない」という声明を出した。
 南米大陸では、これを「議会クーデター」、「合憲クーデター」、あるいは、「大統領の弾劾」として非難する声がソーシァル・ネットワーク上で飛び交わった。そこには、「議会は憲法に沿って行動したのかもしれないが、明らかに民主主義を後退させる行為である」という声もあった。

2.独裁政権下のパラグアイの憲法

 2008年、ルゴが大統領に就任したことは、それまで60年にわたって続いた軍と結託した右翼のコロラド党の一党独裁を終わらせたことを意味した。そして、長い間野党であった「変革のための愛国同盟(APC)」の政権交代が実現したのであった。
 パラグアイは、農業国である。しかし2%の地主が85%の豊かな土地を独占している。一方、人口の40%を占める小農民が5%の土地にひしめいている。カトリック主教出身のルゴは、貧しい農民と先住民族の声を代弁していた。
 しかし、パラグアイに深く根ざした保守層は、ルゴが5年間もの間大統領の地位にいることに我慢できなかった。
 その上、パラグアイの憲法は、30年続いたストロエスネル大統領時代(1954〜1989)に独裁政権の力を削ぐために、議会に大統領をチェックする機能を大幅に与えた。例えば、大統領は、最高裁判所の判事任命、あるいはイタイプ・ダムの水力発電所(パラグアイの最大の産業)の所長の任命といった重要な事項について、大統領は議会の承認を必要とする。
 このような憲法のもとで、ルゴ大統領は、議会の足かせに悩まされた。メディアは、ルゴの「無能ぶり」を書き立てた。そして、パラグアイの最重要課題である土地の分配をめぐって事件が起こった。大豆と綿花のプランテーションのためにCurunguatyの森林からの強制退去をめぐって農民と警察が衝突して、17人の死者が出た。この土地の地主は、長い間コロラド党の上院議員であった。ただちに、ルゴ大統領は、内務大臣を罷免した。その6日後、議会の反ルゴ派は、これをフルに攻撃の手段とした。そしてしまいには、ルゴの弾劾と裁判にまで至った。
 以上のことが、ルゴ大統領の解任を「合憲」とする根拠になっている。ルゴは自ら議会の決議を受け入れ、大統領官邸を出た。そして、後継者が大統領に就任する数分前に、ルゴは、「今日、クーデターで罷免されたのはルゴではない。パラグアイの歴史であり、民主主義である。彼らはその行為の重要性を知るべきだ」と語った。

3.ルゴ罷免をめぐる南米諸国の批判

 パラグアイで起こったことは、南米大陸のなかで大きな議論を巻き起こした。例えば米州機構(OAS)の法律部門である「インターアメリカ人権委員会」のSantiago Cantin委員長は、「法のパロディである」と語った。
 パラグアイ国内では、大統領に昇格したフランコ副大統領でさえ、記者会見で「ルゴの解任は少し急ぎすぎだ。これでは、貧しい内陸国のパラグアイは地域の中で孤立し、メルコスール(Mercosur)や南米諸国連合(UNASUR)など地域連合からの除名を招きかねない」と語ったほどであった。
 たしかに、ベネズエラ、アルゼンチン、エクアドルといった左翼政権はルゴ解任を声高く非難した。しかし実際にパラグアイに影響するのは、隣国の大国ブラジルである。ブラジルのルセフ大統領は、UNASURの外相代表団をアスンシオンに送り、ルゴとフランコに会った。その結果、代表団は「ルゴの解任は民主的秩序に対する脅威」だと発表した。
 パラグアイでのルゴ大統領解任は、この大陸の民主主義がなお時間を要することを物語っている。パラグアイの保守派は、遅かれ早かれ「土地の再配分」「貧困撲滅」といった社会問題に対処せざるを得ないだろう。パラグアイ人口の60%が接待的貧困下に置かれている。
 そして、選挙によらない政権交代は、社会的不安定をもたらす。