世界の底流  
マレーシアでBERSIH2.0 のデモ

2012年2月8
北沢洋子

 昨年7月9日土曜日、マレーシアの首都クアランプールで、BERSIH2.0 (ブルシッ)の呼びかけで、クリーンで公平な選挙を求める街頭デモを企画された。野党によれば、30万人の参加が見込まれたという。
  これが実現すれば、「アラブの春」ではじまった強権政府に対する民衆の非暴力不服従のデモがアジアにも波及したことになる。
 マレーシアは、マハティール首相の下で経済の高度成長を遂げる一方、多数派のマレー系住民を優遇する「プミプトラ(土地の子)」政策を推進してきた。しかし、経済成長が鈍化するとともに、マレー系のUMNOの長期政権にマレー系の中からも不満が高まってきた。
 マレーシアは、多数派マレー系住民のほかに、経済を握っている中国系住民、インド系住民などの多民族国家である。1969年5月13日に起った大規模な民族騒動以来、「統一マレー国民組織(UMNO)」が政権を独占し、悪名高い「治安維持法」でもって政府に対する抗議デモなどは一切禁止されてきた。
 このマレーシアに、2007年、BERSIH2.0が誕生した。これは、マレー系、中国系、インド系の住民や弁護士、作家など62のNGOの連合体であり、BERSIH(清潔)の意味通り、クリーンで公平な選挙を求める運動体であった。そして、BERSIHの「2.0」は、インターネットのWeb Site上の組織だという意味だ。BERSIH2.0の代表は元マレーシア弁護士会長だったアンビガ・スリーニワサン弁護士(女性)である。
 BERSI2.0の要求する選挙制度の改革の直接恩恵を受ける野党が、跳びついて支持した。 BERSI2.0 が誕生したのは、2007年であった。翌年2008年の総選挙を控えて、数万人規模の「クリーンで公平な選挙」を求めるデモを行なった。これに対して、治安警察は催涙弾と放水車で弾圧した。これは裏目に出て、与党UMNOは議席の3分の2に達することが出来なかった。中国系、インド系の票が大幅に野党に流れ、歴史的躍進を遂げた。
 それまで、マレーシアでは、選挙人名簿に死者が登録され、同一住所に複数の有権者が登録されるなどの不正行為がまかり通ってきた。その結果与党のUMNOは議会で3分の2を独占することが出来た。これに対して、クリーンで公平な選挙を保証する「選挙制度の改革」を求める声が高まっていた。
 このような背景ももとにBERSIH2.0 が誕生した。そして、2013年半ばに予定されている次の総選挙では政権交代の可能性も出てきた。しかし、2012年に早まって施行される可能性も出てきた。
 BERSIH2.0は、すでに2010年11月9日、選挙管理委員会(EC)に8項目から成る改革の「メモランダム」を提出した。その中には、選挙を済ませた投票人の指に消えないインクをつけること、すべての政党が平等にマスメディアにアクセスすることを保証する、などが含まれていた。
 同時にスリーニワサン代表は、選挙改革を行なうために、政府に対して、マレーシアでは最高レベルの独立した調査組織「王立委員会」の設置を要求した。
 ECは改革を約束した。そして、11年2月21日にBERSIH2.0が開いた集会にECの委員長代理が出席し、メモランダムの実施を約束するスピーチを行なった。にもかかわらず、ECは改革を実行しなかった。そのために、昨年7月、ECに圧力をかけるために再度、大規模なデモを企画したのであった。
 ナジブ政権は、「選挙制度を見直す考えはない。BERSIH2.0は登録していないので非合法団体であり、治安を乱す組織である。したがって、デモの許可を与えない」と対決姿勢を強めた。これに対して、BERSIH2.0は、「新しい組織ではなく、これまで存在してきた合法組織の連合体である」と主張した。しかし、警察は、BERSIH2.0の事務所を家宅捜査し、6人のスタッフと、 100人近い活動家、野党の国会議員、それに単にBRERSIH2.0 の黄色のTシャツを着ているだけのことで、総計225人を逮捕した。7月7日の段階では、多くの人は釈放され、6人が拘留されている。
 ラザク首相は、BERSIH2.0が街頭デモをやらないなら、メルディカ・スタディアムでの集会を認めるといった。
 マレーシアは、立憲君主国である。国内の緊張が高まるにつれて、ミザン国王が「対話による解決」を訴える異例の政治介入を行なった。7月5日、BERSIH2.0 のスリーニワサン代表が国王と会見し、街頭デモを取り下げた。一方、ナジブ首相が提案した競技場での集会を開くという政府の折衷案を受け入れた。しかし、警察はメルディカ・スタディアムでの集会の許可を「非合法組織」だという理由で許可しなかった。BERSIH2.0は首相の裏切りをののしった。さらにスタディアム側も政府の行事に限る場所だといってBERSIH2.0の集会の許可を下ろさなかった。
 7月9日、BERSIH2.0はついにメルディカ・スタディアムで集会を強行した。その数は、当初BERSIH2.0が予想した1万人を大きく上回って、2万人に達した。この日、警察はスリーニワサン代表を含む1,600人を逮捕した。