世界の底流  
TPPとは何か

2012年11月7日
北沢洋子

 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の誕生は、2005年6月3日、シンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、チリの4カ国間での調印に始まった。
 そして、6年後の2011年、米、オーストラリア、マレーシア、ベトナム、ペルーの5カ国が、加盟交渉国として「拡大交渉会合」に加わった。この9カ国による交渉は、2011年11月12日、大枠に合意した。現在2012年内の最終妥結を目指している。
 ちなみに、日本は、2011年11月、野田首相が、「交渉参加に向けて関係国との協議に入る」と表明したが、拡大交渉会合への参加は許可されていない。

1. 貿易自由化の歴史
 1944年、連合国、主として米・英の間で「ブレトンウッズ協定」が締結された。これは、通貨の「IMF」と復興開発(この時は戦火に見舞われたヨーロッパの復興)を援助する「世界銀行」の創立が決まった。しかし、貿易の自由化に関しては、米・英間で合意できなかったため、協定は成立しなかった。 
 これまで貿易自由化の国際条約の締結を目指して、いくつかの試みがあった。

(1) GATT ブレトンウッズ協定に入らなかったが、その代り、1947年、GATT(関税および貿易に関する一般協定)の交渉(ラウンド)が始まった。GATTは先進国間の交渉であったが、1986年ウルグアイ・ラウンドが始まった頃には125カ国に達していた。この段階で、先進国間の工業製品の関税はほぼゼロになった。

(2) WTO 1995年、ウルグアイ・ラウンドが終了した。そこで、「世界貿易機関(WTO)」を設立することになった。モロッコのマラケシで、第1回のWTOラウンドが開かれ、「マラケシ協定」が締結された。この協定は、1000ページを超え、難解な用語で埋め尽くされている。協定を批准した国の議員が1人も協定文を読んでいないという珍しい例だ。日本の国会では「WTO批准」と題して一括承認された。もちろん議員の中で条文に目を通した人はいない。
 この時の原加盟国は51カ国であった。現在は157カ国、申請中は26カ国である。WTOのラウンドの最高意思決定の場は閣僚会議だが、交渉は難航を極めた。そして、1999年11月、シアトルで開催された第3回閣僚会議では、街頭では反グローバリゼーションを掲げる労組、農民、市民などの7万人の大規模デモが繰り広げられ、会議場内では、米・EU間の対立、途上国の抵抗などによって、流会に追い込まれた。
 これに懲りて、WTOは第4回閣僚会議をカタールのドーハで開いた。ここには、一部のNGOしか入国できない。市民社会から隔絶した会場で開いたにも関わらず、しかも2001年11月という9.11直後で、世界中に「反テロの風」が吹き荒れていたにも関わらず、また途上国を宥めるために、わざわざ「ドーハ"開発"ラウンド」と名付けたにも関わらず、ラウンドに入ることが出来なかった。ドーハ以後の閣僚会議は流会を繰り返し、現在にいたるまで本格的な交渉に入ることが出来ず、開店休業の状態にある。
 WTOは、国連並みの1国1票制、マラケシ協定を批准すれば加盟できることなど、"国際民主主義"に基づいていた。WTO方式は、唯一の超大国となった米国(米多国籍企業)にとって、不利だ。

(3)
地域協定 WTOが難航するなかで、南米、東南アジア、南アジア、アフリカなどが地域協定を結び始めた。やがては、EUのような地域連合が誕生するだろう。この動きは、米国にとってヘゲモニーを失う危険がある。また、日本にとっても世界の孤児になってしまう危険性がある。

(4)
MAI 米国、すなわち米多国籍企業は、WTOの失敗に懲りて、MAI(多国間投資協定)草案をパリのOECD(経済協力開発機構)という先進国クラブで、1995年から、秘密裏に議論していた。OECDの狙いは、まず先進国間でMAIを発足させ、その後、途上国を各個撃破し、押し付けようという戦略であった。
しかし、1998年、カナダのNGOがMAI草案を手に入れ、インターネットに載せた。そしてフランス政府が、市民社会の圧力に屈して、MAI交渉から撤退してしまった。カナダで秘密交渉のテキストがすっぱ抜かれたのは、NGOと政府の区別が曖昧なことが理由である。たとえば、国連会議で、NGOの人材が、ある時は政府代表団に入っている。またその逆のことがしばしば目にした。
 ラルフ・ネーダーが主宰するワシントンの「Public Citizen」のLori WallachがMAI草案をパラグラフごとに誰でも理解できるように解説を付けて、インターネットに載せた。Wallachは、これを「ドラキュラ作戦」と名付けた。なぜなら、太陽に当たると死んでしまうからだ。

(5)
TPP NGOが容易に政府の文書にアクセスできるカナダや、強い市民社会のフランスなどが入っているOECDでの失敗に懲りて、TPPでは、米国は黒子となり、まずシンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、チリの間でTPPを立ち上げた。  
 この4カ国は、いずれも経済の規模は小さく、国際政治においても影響力を持っていない。つまりこれら4カ国は単なる目くらましに過ぎない。TPPの原草案は、20章からなる膨大な協定文だが、この草案を書いたのは、多国籍企業から送り込まれた600人の企業弁護士、ロビイストたちであった。
 2005年、4カ国による協定の調印、発効から6年後、米国、オーストラリア、マレーシア、ベトナム、ペルーなど環太平洋地域の大物が参加し、拡大交渉会合を始めた。TPP交渉に参加するには、9カ国の全員の承認を取り付けねばならない。
しかし、WTOから始まる自由貿易・投資の協定すべての草案は多国籍企業が送り込んだ企業弁護士、ロビイストによって書かれたものであることには、違いがない。
 日本の例では、カンクンで開かれた第5回WTO閣僚会議に、100人を超える経団連の企業のビジネス代表が政府代表団に加わった。

2.Public Citizenのバージョン

 これまでの失敗を踏まえて、TPP交渉は慎重にことが運ばれている。すでに2年を経過したにも関わらず、TPP交渉の内容は極秘である。その草案は、マスコミ、市民社会はもとより、議会の議員ですら手に入れることが出来ない。しかし、600人の企業"アドバイザーたち"は、テキストにアクセスできる。
 2012年5月、TPPを法的に取り扱う米上院金融委員会の「国際貿易、関税、グローバル競争力小委員会」の議長であるRon Wyden上院議員(民主党、オレゴン州選出)が、TPP交渉の情報公開を提起した。議員と彼のスタッフがTPP草案はもとより、米代表の交渉での提案でさえもアクセスを拒否された。これに対するRon Kirk米通商代表は、秘密主義の理由は、「公開すると交渉が難しくなる」と答えた。
 今年6月13日、Public Citizenは、TPP交渉の中で最も議論を呼んでいる「投資」の章をスクープした。これは、恐るべき内容であった。
 第1に、企業が他国に投資した場合、相手国の法律や規制を守らなくてもよい。これは、米国内に投資した外国企業についても同じことが言える。この点、米国内で左、右からTPPに対する怒りの声が高まった。第2に、米国企業が安い賃金の国に投資することに厚い保護を与える。第3に、外国企業は、相手国政府を、直接に外国の法廷に訴えることが出来る。第4に、外国企業は、相手国政府の金融および環境規制によって生じた損害の賠償を相手国政府に要求できる。
 TPPは、「貿易」交渉だと言われているが、「投資」の章を読むと、NAFTAタイプの協定であることが判る。TPPは、オバマ政権にとって、最初の多国間交渉である。しかし、彼にとっては、あまりにも過激な内容なので、選挙中は、PTTについて口をつぐんでいる。頭の痛いことである。