世界の底流  
ペルーで左派のオランタ・ウマラ大統領の就任

2011年6月21日
北沢洋子

1.ウマラが大統領選で勝利

 6月5日、日曜日、ペルーの大統領選挙で、左派で民族主義者の退役陸軍中佐オランタ・ウマラが勝利した。就任式は7月28日である。
 左派の大統領候補が勝利したことは、ペルーでは始めてのことであった。ウマラは農村部で圧倒的な票を獲得し、都市部に強かった保守派のケイコ・フジモリ候補を破った。しかし、その差は51%対49%という僅差であった。
 フジモリ派は、選挙キャンペーン中、「ウマラが大統領になったら、民主主義は危機に瀕するだろう」と非難した。そして、ウマラがフジモリ大統領に対して軍事クーデターを企てたこと、並びにウマラが反米・左派のベネズエラのシャベス大統領に近いことなどをあげた。
 ウマラは、2006年、大統領選に出馬し、アラン・ガルシア候補に敗れた。その敗因は、ウマラがシャベス大統領に近いと宣伝された結果である。
 2000年10月、彼のクーデターは未遂に終わり、ウマラは投獄された。しかし、その後、フジモリの失墜後、議会による恩赦になったという経緯がある。軍隊時代のウマラは、左翼ゲリラの「輝ける道」と戦い、またエクアドルとの国境紛争でも戦った。
 ウマラは、資源や外資の国有化などといった、社会主義者のレッテルを貼られた2006年の失敗に懲りて、今回の大統領選では、ウマラは「外資導入、経済成長などと貧困根絶を同時に行なう」「ペルーの資源の収益を平等に分ける」などといった、中道左派の政策をとった。
 また、ウマラは、チャベス大統領と距離を置く立場をとった。しかし、これは、無為なことであった。なぜなら、ブラジル、アルゼンチン、ボリビア、エクアドル、ウルグアイなど主要なラテンアメリカの国はチャベス大統領の同盟国であり、緊密な関係にある。したがって、ペルーの大統領選挙には、チャベス問題は争点にならなかった。

2.米政府はフジモリ候補を支持

 「フジモリ」の名は、ペルーの保守派にとっても「悪夢」であった。多くの保守派政治家がウマラ候補支持を表明した。第一回大統領選挙の保守派候補者の1人Alejandro Toledoもウマラ支持にまわった。また、ノーベル文学賞の受賞者で、南米では左翼嫌いで有名だったバルガス(Mario Vargas Llosa)などの文化人もウマラを支持した。
 ではなぜ、米政府はフジモリ候補を支持したのか。それは、米国が、ラテンアメリカというかつての「裏庭」で、影響力と権力を失っているからである。現在、ラテンアメリカは左派、または中道左派の政権が絶対多数派である。これらは、西半球問題はいうまでもなく、アフガニスタン、イラクなど中東問題でも、一致して、米政府と意見を異にしている。南アメリカはもはや米国の「裏庭」ではなくなっている。たとえば、2009年、ホンデュラスで、民主的な選挙で選ばれた中道左派のセラヤ大統領が軍事クーデターで倒された時、オバマ政権は新しい軍事政権の正統化を図ろうとしたが、いずれの政府も承認を拒否した。
 昨年8月の段階では、南アフリカで米国の同盟国は、チリ、ペルー、コロンビアの3カ国であった。その後、コロンビアのサントス大統領はベネズエラに接近しており、もはや頼れる同盟国でなくなった。
 したがって、今回のペルーでのウマラの勝利は、米国にとっては大打撃である。
 これまで、米国にとって、ペルーは、麻薬とテロとの闘いにおいて、重要な同盟国であった。なぜなら、最近ペルーではコカの生産が増えており、また「輝ける道」のゲリラが復活している。最近、アンデス山脈のクスコでは、数人の政府軍兵士が「輝ける道」に殺された。コカの生産を撲滅し、左翼ゲリラの封じ込めは、米国にとって重要な課題である。

3.ウマラ大統領の課題

 最近のペルーは経済ブームにあった。2000年以来、ペルーのGDPは、年率平均5.7%と高い成長を記録し、昨年は年率9%というラテンアメリカで最高の成長を記録した。 
 この好調な経済によって、フジモリ以後のトレド、ガルシア両政権は、公式な統計では、貧困率が2001年の55%から2009年には35%に、平均寿命が70.5%から73.5%に、幼児死亡率は35.1%から19.4%に改善されたことになっている。
 しかし、ペルーには、一日3ドル以下で生活している貧しい人びとが62%もいる。ペルーは、ラテンアメリカの中で、最も貧しい国である。
 ペルーの石油、ガス、銅などの豊富な天然資源は米資本にとって魅力のある投資対象になってきた。このようなペルーの鉱物資源の輸出は全輸出額の65%にのぼっている。
 一方、米資本による先住民の権利や環境破壊は目に余るものであり、最近、しばしば暴動が起っている。富の配分が、都市部のエリート層に偏り、貧しい農村や先住民には行き渡っていない、ことを示している。
 ウマラ大統領の課題としては、ボリビア、エクアドル、ベネズエラ、ブラジルなどで成功した先例がある。ボリビアでは、定年を65歳から58歳に引き下げ、公的年金制度を拡張し、社会福祉予算を増やし、炭化水素産業を国有化した。エクアドルは、社会福祉予算、とくに保健衛生予算を増額した。ベネズエでは、健康保険を無料にし、社会予算を3倍に増やし、大学を無料化するなど教育予算を増額した。ブラジルでは、最低賃金を60%増額し、反貧困政策を執行した。しかし、ペルーのトレド、ガルシア政権ともに、これらの課題を実施してこなかった。

4.ラテンアメリカの米国離れ

 今年7月5日、ベネズエラのカラカスで西半球の首脳会議(サミット)が開催される。これは、米国とカナダを除いたすべての国が参加する。このサミットの目的は「ラテンアメリカとカリブ海共同体(CELAC)」の創設である。
 これは、これまでの「米州機構(OAS)」に代わるものとなる。OASは米国が完全に支配しており、最近のホンデュラスのセラヤ大統領やハイチのアリスティード大統領の例のように、大統領をすげかえるなど乱暴なことをしている。ラテンアメリカ・カリブ海地域では、こうした米国の横暴にうんざりしている。