世界の底流  
中東の新たな同盟と米国

2011年9月25日
北沢洋子

1.トルコとイスラエルの不和

  長い間、トルコはイスラエルと同盟関係にあった。そして、トルコは、イスラエルばかりでなく、アサドのシリアとムバラクのエジプトとも同盟関係にあった。このNATOのメンバーであるトルコが結んでいる2つの同盟は、米国の中東における最も重要な支配の柱であった。
9月18日、トルコはイスラエルの大使を追放し、イスラエルとの軍事同盟を破棄した。現在、トルコとイスラエルの関係は、最悪の状態にある。その理由について、トルコとイスラエルとでは、説明が違う。
  トルコ側の説明は、「イスラエルがパレスチナ人を抑圧し、さらに、昨年、イスラエル軍がトルコ国籍のガザ支援船団を攻撃し、トルコ人活動家を殺害したことについて、イスラエルが謝罪を拒否した」と言う。一方、イスラエルは、「トルコが中東での覇権を目論んでおり、それにはイスラエルが邪魔になった」と説明している。
  これら2つの理由は、それぞれ根拠がある。しかし、第3の説明がある。それは、トルコもイスラエルも、この20年間に似たような政治的変化を経験している、と言う点である。それは、両国とも、西欧化したエリートによる強引な世俗政治から、ポピュリストによる排外主義的宗教政治に移行したことを指す。
  たとえば、いまから2年半前、イスラエルのガザ空爆の最中、スイスのダボスで開かれた「世界経済フォーラム」で、トルコのエルドガン首相は、パネリストとして同席したイスラエルのペレス大統領に対して、「貴方は殺戮について、どうやって殺すかよくご存知だ」とあざ笑った。その結果、エルドガン首相は、帰国した際、英雄として迎えられた。
  その1年後、イスラエルのアヤロン副外相が、事務室にトルコ大使を招待したことがあった。その部屋には、低い椅子、テーブルには飲み物もなく、さらにトルコ国旗も飾ってなかった。高い椅子にふんぞり返ったアヤロン副外相は、テレビの記者たちに、「ゲストが低く、私が高い、それに国旗のない、という構図を放映して欲しい」と告げた。

2.トルコとイスラエルの宗教的民族主義の台頭

  トルコとイスラエルの関係は、それぞれ建国の頃まで遡ることができる。近代トルコの建国の父アタチュルクと、イスラエルの建国者で、ベングリオン初代首相は、大きな共通点を持っている。ベングリオンは、イスタンブール大学で法律を専攻し、自らをアタチュルクになぞらえていた。ベングリオンは、アタチュルクのように近代社会を築くには、宗教と民族性は邪魔になると考えた。したがって、トルコの西部に住んでいるクルド人や、イスラエルの僻地に住んでいるモロッコやイエメンのユダヤ人は完全に無視された。
  しかし、宗教を無視し、少数民族を抑圧することは民主主義と相容れない。建国の父の末裔たちは、選挙を通じて、世俗主義を葬った。イスラエルでは1977年以来、トルコは2002年以来、宗教的民族主義が政治を支配している。
  今日、宗教的民族主義が政治の中心的役割を演じている。イスラエルでは、ナタニャフ首相が率いるリクード党、トルコではエルドラン首相の正義開発党が与党である。両国ともに、世俗エリートは影響力を失っている。
  トルコは、EU加盟の申請を引き伸ばされていらだっている。イスラエルは、中東と旧ソ連から移住したユダヤ人に政治的基盤を置き、古いヨーロッパからの移住したエリートたりの「親パレスチナ感情」を憎んでいる。
  トルコとイスラエルは、ともに中東では非アラブの外様として、同盟を結んできた。現在、まさに外交政策において、隔たっている。イスラエルは西を向き、トルコは東を向いている。
トルコはNATOのメンバーであるにもかかわらず、ヨーロッパに拒否され、アラブ諸国に接近している。エルドガン首相は、最近「アラブの春」の国ぐにーエジプト、チュニジア、リビアを訪問した。イスラエルは、中東での孤立から、ポーランド、ルーマニア、ブルガリアなどに接近している。これら「新しいヨーロッパ」は、オトマン・トルコ時代以来の反トルコ感情を持っている。
  米国は、トルコとイスラエルの関係の修復を願っている。そのため、イスラエルに、パレスチナ問題で、柔軟な政策を採るように圧力をかけている。これは、国連総会で「パレスチナ国家加盟」で孤立を避けるためでもある。一方、トルコに対しては、イランとシリアとの外交関係を弱めるように圧力をかけている。さらに米国は、NATOの対イラン・レーダー・ステーション建設をトルコに迫っている。これは、イスラエルを利するものである。

3.トルコの「アラブの春」との接近

  「アラブの春」に対するトルコの反応はすばやかった。これまでのトルコとイスラエル・シリアとの関係は、エジプトとの関係強化に取って代わった。これは、中東における新しい秩序の確立につながる。
  トルコの外交が、イスラム圏での重要なプレイヤーに仕立てたのは、ダブトグル外相である。ニューヨークで、国連総会を前にして、彼は、「中東は現在、変革の只中にあり、トルコはその中心的役割を果たしている」と語った。同外相は、「イスラエルはトルコとの外交悪化の責任がある。シリア大統領は、一刻も早く反政府派に対する野蛮な弾圧をやめるべきだ」と述べた。
  トルコとエジプトは、ともに軍事的に強大であり、人口も多く、影響力を持っている。中東での米国の影響力が失われているとき、トルコとエジプトは新しい枢軸勢力となる。ダブトクル外相は、ムバラク退陣後、すでに5回もカイロを訪問している。「この枢軸は、イスラエルやイランを敵にするものではない。これは中東の2つの大国による民主主義の枢軸である。これは、黒海からナイル川にいたる広大な地域をカバーする枢軸である」と語った。