世界の底流  
EUは金融恐慌を食い止められるか?

2011年10月
北沢洋子

1.ギリシアの債務危機に対するEU、IMF、ECBの救済策とは?

今年7月21日、ヨーロッパ連合(EU)の「ユーロ圏17カ国」はギリシア政府の債務危機を救済するために、昨年5月に7,500億ユーロで創設された「ヨーロッパ金融安定化基金(EFSF)」から1,090億ユーロを追加融資することに合意した。

これは、EFSF、「ヨーロッパ中央銀行(ECB)」、「国際通貨基金(IMF)」のトリオが協調して、実施することになっていた。この追加融資分は、これまでの融資より低利とし、さらに返還期限も、これまでの7.5年から最長30年に延長された。

さらに、実はこれが本来の目的だが、格下げになったギリシア国債を保有する大銀行に対して、“自主的に”、より長期のギリシア国債に再投資する(絶対にありえない)、あるいは国債を市場で売らずに、EFSFの買戻しに応じることが“期待”された。この分は500億ユーロに上ると見込まれた。

実は、ギリシア政府に対する救済融資はこれがはじめてではない。昨年5月、すでにEFSFは、ギリシアに1,100億ユーロの救済融資をしている。しかし、これは焼け石に水のように効果なく、再びギリシアは債務不履行の危機に見舞われた。

IMF、EFSF,ECBによるこのような巨額の追加融資は、ギリシアの危機を解決するだろうか。それには、疑問がある。

2.労働者、市民を犠牲にして、大銀行を救う

ギリシア政府のように財政大赤字、国債の「債務不履行(デフォールト)」に陥ったケースは、先進国のユーロ圏ではじめてのことである。これまでは、途上国が債務危機に陥り、IMFが構造調整プログラム(先進国の緊縮政策)を押し付けて、債務を返済させてきた。そのため、途上国の経済は「失われた一〇年」と呼ばれるように停滞した。その結果、貧困が増大し、医療、教育制度が壊滅した。

主流派のエコノミストやIMFは、ギリシア政府が財政赤字を埋めるために、国債を発行し続け、その結果、債務不履行の危機に陥ったのだと解説している。

しかし、これは真実ではない。本来、ギリシアの危機は政府の債務危機でなく、銀行の危機であった。08年以来、巨大な多国籍銀行は、「デリバティブ(金融派生商品)」や「毒入り資産(サブプライム融資)」などに失敗し、債務不履行の危機に直面した。

ユーロ圏はパニックに陥り、緊急に首脳会議を開催した。そこで、一連の「銀行救済融資(Bail−Out)」を実施することになった。こうして銀行という私的な債務危機が「公的な債務危機」と変じたのであった。

マスメディアは、ギリシアの債務危機を盛んに報道したが、その原因については触れていない。ヨーロッパでは、債務不履行の危機はギリシア一国にとどまらず、より経済規模の大きいイタリア、スペインに飛び火する恐れが出てきました。これらの政府が債務不履行に陥れば、その国債を大量に買っている銀行は破産し、金融恐慌に発展するだろう。

そこで、EFSFの増資が緊急課題になった。現在の4,400億ユーロを7,800億ユーロに増やす、あるいは、2兆ユーロ必要だと言われている。最も強硬に追加出資に反対していたドイツ議会が、9月29日にやっと承認し、10月3日、ルクセンブルグでのユーロ圏17カ国財務相の会合では、EFSFの機能拡充で合意した。こうして、危ない国の国債を大量に持っている銀行の救済を先行させることになった。

なぜ、銀行が危ないギリシアの国債を大量に買ったのだろうかと誰もが不審に思うだろう。それは、ギリシア国債が、1年もので140%、2年もので80%と、サラ金も真っ青という高利なことが理由であった。銀行はたとえ債務不履行になっても、すでに元金を回収済みですから痛痒を受けない筈だ。

トリオは、ギリシア政府に対しては、3万人の公務員の首切りなど、実現不可能な処方箋をだした。最も残酷な解決の提案は、ギリシアをIMFの管理下に置き、さらに歴史的遺跡を含めた国家の財産を民営化しろ、ということである。これは間違ったアドバイスだ。しかし、ギリシア政府はIMFとEUに、「13年までに、150億ユーロを民営化でもって創りだす」と約束した。それは、約束した融資分1,090億ユーロを3年間に分割し、3ヵ月毎に、ギリシア政府に融資するということだ。現在ギリシア政府は、緊急にこの80億ユーロを必要としている。それには、要求された緊縮政策の第1項目を確実に施行したのか、トリオの審査をパスしなければ受取れないことになる。

しかしギリシアの労働組合や市民社会は、ヨーロッパでは最も戦闘的である。危機がはじまった昨年7月以来、毎日、ストとデモが続いている。緊縮政策を押し付けることは不可能だ。

3.ヨーロッパ連合が分裂する危険は、また日本への影響は

ユーロ圏の問題は、通貨はヨーロッパ中央銀行(ECB)によって発行されているが、経済、社会保障など国内政策は加盟国にまかせられている。ここに大きな矛盾がある。

ギリシアの危機は、もし、ユーロ圏から脱退して、旧ドラクマに戻ったら、通貨切り下げして、輸出を増やすなど自由な政策をとることができる。ギリシアのように、観光業が主要な産業の場合、通貨切り下げすれば、観光客が殺到するだろう。

しかし、このようなことは許されない。ヨーロッパ連合は、60年という長い時間をかけて創設してきた。その基礎になった思想は、ヨーロッパが2つの大戦の戦場となったことの反省にあるからだ。そして、最初のEUの構想は、フランスとドイツの和解にもとづいている。ユーロ圏の創設はこのような哲学をもとづいており、ギリシアの脱退は後退であり、またギリシアだけにとどまることがないからだ。

今のままでいけば、ギリシア、ポルトガル、アイルランド、イタリア、スペインというユーロ圏の南端、周辺の弱体な経済の国ぐにに債務危機が起り、その度に、銀行救済を優先するという誤った政策は、いずれ破綻するだろう。これは、労働者、市民の犠牲において、これからも銀行が利子の高い国債を投機的に買っていくからだ。

日本は、大震災、原発事故からの復旧、失業、高齢化少子化、経済不況などとマイナスの要因を抱えていながら、ドル、ユーロに比較して安定していると言われ、為替市場で円が買われ、歴史的な円高を記録している。どう考えてもこれはおかしい。円が安定しているなどはありえない。しかし、これを、金融機関による投機の対象になったと考えれば、納得できる。

とくに、サブプライムローン危機以来、米国、日本、EUは、不況対策として、金融緩和を行なってきた。金利をゼロに近くまで下げ、同時に通貨を市場に大量に投入してきた。一方、製造業部門は軒並み衰退し、投資資金を必要としなくなった。

その結果、市場にカネが溢れ、それが投機資金になって、より収益の良いところに流れている。この投機資金の総額は、3兆〜4兆ドルとも言われ、インターネットの発達によって、瞬時に世界を駆け巡っている。これは、製造、貿易部門など実体経済に流通しているカネの50倍にあたる。これは、税金も規制もかかっていない。

今日の危機が恐慌に発展することを止める根本的な解決法は、通貨取引に税金をかけること、税の天国の廃止、金融機関の投機に対する厳しい規制などである。これには、東京、ニューヨーク、ロンドンなどの先進国の都市はもとより、シンガポール、上海、香港、バーレーンなどの新興為替取引所などを含めた、グローバルな、一致した、強力な、協力した行動が必要である。それには、国連、IMF、EUなどを超えた国際機関が創設されねばならない。

なぜなら、これは資本主義の危機だからだ。

10月10日、新聞は、ベルギーとフランスに本拠を置く大手のデクシア銀行が取り付け騒ぎを起こし、破産したことを報じた。デクシア銀行は、政府や公的機関に対する融資を専門にしており、そのためギリシア国債を多く持っていた。

ベルギー政府は自国内の資産については、公的資金を注入して一時国有化することも考えているという。しかし、デクシアが多国籍銀行であるため、ベルギー一国の救済措置だけではことは済まない。

デクシア銀行は、ギリシア国債の最大の保有者ではない。他のより大きな多国籍銀行も大量にギリシア国債を持っている。さらに、ギリシアに次いで、危ないと言われているポルトガル、アイルランド、スペイン、イタリアなどの国債の保有量を考えると、デクシア銀行に続く多国籍銀行の破産の恐れが出てきた。しかし、EUの政府には、財政逼迫のために、大量の資本注入などは、期待できない。したがって、今日のデクシアの破産は、新たな金融恐慌の先触れではないか。