世界の底流  

チリの学生運動家カミラ

2011年9月10日
北沢洋子

  チェ・ゲバラは、67年、ボリビアの山中に消えた後も、今日に到るまで、ラテンアメリカのすべての人びとを魅了するゲリラの英雄として生き続けている。そして、90年代に入ると、ラテンアメリカのゲリラの英雄は、サパチスタのマルコス副司令官であった。
 今、ラテンアメリカを魅了している英雄は、青い目、スキー帽、パイプではなく、鼻に銀のピアスをつけたチリの女子学生活動家カミラ・バレーオ(Camila Vallejo23歳)である。
 8月末、カミラは「より良い、そして安価な教育のために立ち上がろう」と呼びかけた。これに応えたのは学生ばかりではなかった。国中が2日間、ゼネストに突入した。彼女は、チリの民衆蜂起の顔となった。
 今日、チリで起っていることを、「チリの冬」と呼ぶものもいる。「アラブの春」にならったものだが、南半球のチリでは、今は冬の最中である。
 カミラが記者会見をすると、大臣の首が飛ぶ。カミラが街頭デモを指揮すると、首都サンチャゴ全市は氷漬けになった。
 6ヵ月前までは、カミラ・バレーオを知る人はいなかった。彼女のゼネストの呼びかけは、大金持ちのセバスチィアン・ピニェラ大統領だけでなく、チリの支配階級全体を揺るがした。世論調査では、大統領の支持率は26%、その政府は16%になってしまった。
 8月24、25日の2日間、チリ全土がゼネストに入った。学生のデモに運輸労組や公務員労組が加わった。カミラは記者会見で、「これは、人びとの怒りである。比較的自由な立場の学生が最初に立ち上がったが、我々は孤立していない。これは心強いことである」と述べた。
 カミラは、105年の歴史を持つチリ学生連合では、2人目の女性議長である。同時にカミラはチリ共産党の党員でもある。昨年、カミラが議長に選ばれるまで、80年代、ピノチェット軍事政権が倒されて以来、学生連合は全く活動していなかった。
 高校生や大学生は、少数の金持ちと多数の貧乏人とに分ける新自由主義の教育制度の2層化に反対している。カミラは、なべや釜を叩きながら行進するというCacerolazosデモを呼びかけた。デモ隊の中で、暴力を振るおうとするものに対して、カミラは、「我々の相手は警察でもないし、商店を破壊することでもない。我々は、教育の権利を求めているのだ」と応えた。同じく、大統領官邸前の広場で、彼女は演説した。
 政府は、デモの広がりを恐れて、急いでいくつかの提案をした。たとえば、憲法を改正して、「教育権」を加えることや、学生のローンの利子を6.4%から2%に引き下げる、といったことであった。教育費を1.9兆ペソ増やすというのもあった。
 しかし、このようなことで、民衆の蜂起を押しとどめることは出来ない。学生たちは、大勢の警官の前でも、退くことはなかった。平和のVサインをする学生たちに向かって、カミラは、空になった催涙ガス爆弾を拾いながら、「サンチアゴでは、5,000万ペソの催涙ガス爆弾が使われた。全土ではいくらになるか、莫大な額になる。こんなことは許されない。我々は内務大臣の即時辞任を求める」と語った。
 チリの文化省の高官Tatiana Acune は、「カミラの暗殺だけが、デモを封じ込めることが出来る」と発言して、解雇された。
 8月13日、チリの最高裁は、警察に対して、カミラを警護するように命じた。彼女のもとに、「死の脅威」が送られてきたからだ。
 YouTubeなどSocial Networkでカミラの写真が掲載されるとともに、カミラは、ラテンアメリカの美人カリスマになった。
 ボリビアのAlvaro Garcia Linera副大統領は、「我々は皆カミラを愛している」と言った。最近ボリビアで青年のリーダーの集まりで、Linera副大統領は、「我々は、チリ、ブラジル、アルゼンチンなどで起っていることを、もっと議論すべきだ。どこでも青年が大闘争を指導している」と語った。
 カミラは、「私は美人と呼ばれることは、お世辞だと思っている。しかし、人びとが私の話を聞くのは、私の話に同調するからだ。今日起こっていることは、歴史的事件である。我々は、根本的な改革を求めている。たとえば、教育は、消費材ではなく、権利として、国家が保証すべきである。なぜ教育なのか。利益やビジネスのためではない。社会を発展させ、差別をなくすためだ」と語った。