世界の底流  
アラブ世界は燃えている(その9)イスラエル

2011年7月22日
北沢洋子

1.テルアビブに抗議デモのテント村

  ついに「アラブの春」は、イスラエルにもやってきた。あの「タハリール広場の革命」は、6カ月経って、イスラエルに飛び火したのだ。
  『ニューヨークタイムズ』紙の国政版である『インターナショナル・ヘラルドトリビューン』紙は、2011年7月21日号で、Ethan Bronner記者が、テルアビブ発の記事を書いている。
  それによると、テルアビブで最もお洒落なアベニューの芝生の部分に、先週、テント村が出現した。テント村の住民は、うらぶれた失業者、芸術家気取りのエリート、麦藁帽子の半裸の男、ミニドレスの女などといったさまざまな人種たちが集まった。
  テント村の外壁には、「我々に残された唯一の住まいは墓地だ」と記したポスターが貼ってあった。テント村の住民が煮炊きする場所や、インターネットに接続する部屋もあった。
  チュニジアとエジプトの革命は、砂嵐のようにアラブ世界を駆け抜けた。そして、重大な政治的な結末を生み出した。若者を先頭にした人びとは、フエイスブックの呼びかけに、街に出て、抗議の声を挙げたのであった。
  この「アラブの春」に囲まれたイスラエルだけは、例外と思われていた。しかし、都市の中にテント村の出現という形をとったのであった。瞬く間に、抗議のテント村は、テルアビブからイスラエルの各都市に広まった。

2.「民主化」ではなく住宅難、物価高への抗議

   イスラエルの抗議デモは、「民主化」ではない。彼ら市民は、住宅、食品、日用品など生活に関する不安を訴えていた。
  これまで、歴史的に、イスラエルでは、近隣のアラブは敵であった。今やそのアラブは、「Inspiration (示唆、激励)だ」と呼ばれている。
  赤ん坊を抱いてテント村にやってきた企業コンサルタントMoshe Gant (35歳)は、「これまでユダヤ教のラビは、アラブはイスラエルを模範とするべきだと説いてきた。しかし、今度起っていることは、ピープルズ・パワーが変化をもたらしたものだ」と語った。
  勿論、「アラブの春」のときも、経済問題は大きな争点であった。しかし、イスラエルでは、とくに住宅の価格や供給不足といった経済問題が全面に出ている。さらに最近では、コテージチーズやガソリンの値上がりが問題になっている。これらの問題は、伝統的な左翼と右翼の垣根を取っ払った同盟が生まれている。これは、ネタニヤフ政権の安定を脅かしている。
  イスラエル政府と議会は、大慌てに対策を講じた。数千戸の住宅建設を約束するとともに、官僚制度にもメスを入れ、さらに、地主に対して、「土地を売却すればボーナスを出すが、売らなければ税をかける」と脅した。Likud党の出身のYuval Stwubitz蔵相は、「イスラエルのマクロ経済がかってないほど好調であり、失業率も5.8%と25年来の低さで、ヨーロッパの失業率の半分だというこの時期に、新しく市民の抗議デモがたったのはなぜだ」と驚きを隠せない。イスラエルの輸出は輸入を上回っており、外国資本はハイテク部門に投資を増大している。またイスラエルの通貨シュケルは強い。

3.イスラエルの経済成長が抗議デモの根源

   エコノミストの中には、「イスラエル経済のこういった成功こそが、抗議運動をまきおこしている。イスラエルは発展しているかもしれないが、市民の多くは利益を受けていないからだ」と言う人がいる。エルサレムのヘブライ大学のAvi Simhon経済学教授は、「イスラエルの市民は、毎日、素晴らしい成長物語を聞かされるが、自分たちのところには届かない、というのが一般的な見方だ」「我々が経済成長を語れば語るほど、彼らはそのギャップを感じる」「もし失業率が9%台だったら、コッテージチーズの値段を気にすることもない」と語った。
  多くのイスラエル人は、何年もの間、若い、孤立したイスラエルでは、困難に耐える必要があると、信じてきた。彼らは狭いアパートに住み、贅沢をしないできた。しかし、いまやイスラエルの1人当りのGDPがスペインやイタリアに匹敵する、年間31,000ドルとなり、金持ちクラブのOECDに迎えられた。
  イスラエルの貧富の差は、OECD中最大である。多くの人が貧困ライン以下の生活を強いられている。
  イスラエルの抗議デモはテルアビブに住む25歳の女性Daphni Leefのフエイスブックで始まった。彼女は、国民劇場裏から始まるテルアビブの優雅な、歴史のあるロスチャイルド・アベニューにテントを張り、一緒にやろうと呼びかけた。それは7月14日にはじまった。そして、瞬く間に他の都市に広がっていった。
  イスラエルの消費者の不満は、生産が小規模であること、生産者の数が少ないこと、規制が厳しいこと、中間業者が多いことなど、多様な理由からきている。Steiitz蔵相は「輸入を増やして、競争力をつけさせる」と言っている。
  Face Bookの抗議デモの効用は顕著である。コテージチーズの価格は、25%も下落した。