世界の底流  
反緊縮のデモとストに燃えるヨーロッパ

2011年1月16日
北沢洋子

1.ヨーロッパ全土のストとデモ

  昨年9月29日(水)、ヨーロッパ全域で、政府の緊縮財政政策に抗議するストとデモが繰り広げられた。これは日本のマスメディアにはほとんど報道されなかった。
抗議デモとストに参加した国は、数える時の基準によるが、少なくとも14カ国にのぼった。これはかつてないことであった。
  同時に各国の労働組合はゼネストに入った。ギリシア、イタリア、スペイン、ポルトガル、アイルランド、スロベニア、ポーランド、イタリア、セルビア、アイスランド、ルーマニア、リトアニア、ラトビアなどでストとデモが報じられた。このなかで、スペイン、ギリシアのストの規模、デモの戦闘性は群を抜いていた。
  しかし、デモの中でも、EU本部があるブルッセルでのデモは最大規模だった。ヨーロッパ各地から10万人という人が集まった。主催者側は、ヨーロッパ30カ国の労働者が参加した、と発表した。警察の発表でも、6万人という数字が出ている。
  ブリュッセルの街は組合旗で埋め尽くされ、「緊縮ではなく、仕事と成長を」というバナーが揺れていた。デモの中には、黒服を着て、黒色のマスクをかけ、黒い傘とブリーフケースを持ったグループがいた。これは、銀行マンが「ヨーロッパの死」の葬式をしているという意味だった。

2.労働者が抗議しているもの

   労働者は、「銀行こそが、財政赤字のつけを支払うべきだ」として、「金融取引税」を導入すべきだ、と言っている。しかし、政治家たちは、これに反対している。
  フランスのカトリック系労組「労働者の力(FO)」のJean-Clude Mailly委員長は、「金融危機を招いたのは、銀行、金融市場、格付け会社などの失敗である。これに対して、政府は、金融のメルトダウンを防ぐためだと言って、巨額の公的資金を援助した。これで、銀行やその他の金融機関は救われた。こうして、私企業の債務が見事に政府の公的債務に転換された。この債務は労働者によって支払われている」と語った。
  フランスの共産党系「労働総同盟(CGT)」のBernard Thibaut書記長は、「我々は、政府やEUの一連の緊縮政策にノーというためにここに来た」と語った。
  全ヨーロッパのストを組織した「全ヨーロッパ労組連合(ETUC)」のJohn Monks書記長は、ブルュッセルで記者会見を開き、「今日は、ヨーロッパにとって決定的な日だ」と語り始めた。そして、「大幅に予算を削る各国政府の財政緊縮政策は、経済回復にとって非常に危険な措置だ」述べ、さらに「私は1つのオルタナティブを提案したい。それは、政府が巨額の債務を一挙に返済するのではなく、長期にわたって返済していく。これは、経済成長を促すことになる。民間セクターに新しい学校を建設することを奨励する。あるいは、グリーン技術に予算をつける。ヨーロッパの産業に投資する。政府は若者には特別な援助をすべきである。ヨーロッパは豊かな地域だ。政府は、明日、すべての債務を返済する必要なない」と語った。

3.なぜ緊縮政策か

  今日、ヨーロッパを襲っている金融危機は1930年代以来最悪である。
  そもそも、EUには、財政赤字を出した加盟国に対して、緊縮財政、つまり福祉と雇用の民生予算を削って、赤字を埋めなければならないという罰則規定がある。
  昨年3月、財政危機に陥ったギリシアは、EUから巨額の救済融資を受けた。福祉予算は削減され、その結果、今日ギリシアの失業率は11%を超え、過去10年間で最悪水準にある。
  ギリシアにつづいて、アイルランドが財政危機に陥った。そして、同じくEUから同様の条件つきの巨額の救済融資を受けた。アイルランドの財政危機は、政府がアングロ・アイリッシュ銀行を破産から救うため“国有化”し、970億ユーロにのぼる世界中の投資者の利益を守った。これがそのまま、アイルランドの納税者の肩にのしかかったのである。
  次はEUの第4位の経済大国であるスペインだった。スペインの社会労働者党(PSOE)政府はEUから救済融資を受け、緊縮財政政策を採っている。その結果、失業が増加した。スペインの失業率は20%、500万人にのぼり、EU内で最も高い。

4.各国のストの模様

  9月29日、マドリッドのデモとストは午前1時からはじまった。労働者はバスに卵を投げ、市のごみ清掃車の出入口に座り込んだりした。市内のゴミは回収できず、鉄道もバスを止まった。国際線の航空機の50%はキャンセルになった。バルセロナでは、デモ隊と機動隊は衝突した。
  このようなスペインのゼネストとデモは、2002年以来、8年ぶりのことであった。
アイルランドでは、29日早朝から「銀行に抗議」する横断幕をたらした1台のセメントミキサー車が、ダブリンの議会の入口を塞いでしまった。この日の午後は、労組が議会に向けてデモをした。
  ヨーロッパ全域で、この緊縮政策に抗議して、国立病院の医師や公共運輸機関の運転手を含めて、すべての労働者がストを行なった。
  イギリスの労働者はストに入り、ブルュッセルのデモに参加した。「イギリス労働組合会議(TUC)」のBrendan Barber書記長は、「全てのヨーロッパの政府は、赤字を直ちに解消しなければならないという脅迫観念にとらわれている。そのために予算を大幅に削減している。これが経済の回復を阻んでいるのだ。政府は、赤字の即時解消という声を無視すべきで、今は経済の成長と雇用に重点を置くべきだ」と語った。

5.年金問題をめぐって

   緊縮財政政策に反対するストやデモの対立事項の中に年金問題がある。
  スペインのサパテロ政権は、退職と年金受領年齢をこれまでの65歳から67歳に引き上げる、また、年金支払い年月も15年から20年に延長する法律を提起した。これに公務員の賃下げ、年金額の凍結、公共工事の中止などが含まれていた。これは、民間企業の労働者をも怒らせた。訪日中だったサパテロ首相は、「この法案は後戻りできない。私は29日のゼネストの翌日に、国会を通す予定だ」と挑発的に語った。これを聞いた労組側は直ちに29日以降の闘争計画を準備した。同じくフランスでも、9月29日、サルコジ大統領の年金改革案に対して大規模なデモが起こった。フランスでは、これ先立って、すでに大規模なデモが3回も起こっていた。中でも9月7日のデモにはフランス全土で100万人が参加した。
  フランスの財政赤字は年間予算の6%に達している。EUの規則の3%をオーバーしている。これに対するEUの圧力に加えて、金融市場がフランスの「トリプルA」の国債の格付けを下げると脅かしている。しかし、サルコジ大統領は、市民社会の反撃が恐ろしくて、これまでのところ緊縮財政に踏み切れないでいる。
  ポルトガルでも首都リスボンでは5万人、工業都市ポルトでは2万人の労働者がデモを
した。
  ギリシアでは、すでに6回にわたって、政府の緊縮財政に反対して、大規模なゼネストが続いてきたが、同じく9月29日には、大きなデモが行なわれた。「全ギリシア社会主義運動(PASOK)」のパパンドレウ首相は、「民主主義は議会にあって、街頭ではない」という主張を繰り返した。
  しかし、「民主主義は議会にあり、その他のすべての手段に優先し、かつ正統性を持っている」と言うヨーロッパの首脳たちは間違っている。そして、このような政府の頑なな態度は、人びとを絶望させる。これは、社会的な対話をしりぞけ、社会的な対決に走る。
  サパテロ政権は、金融危機に際して、銀行や他の金融機関に対して900億ユーロという巨額の資金援助を行なった。銀行は不動産バブルの元凶である。そして金持ちに対する増税や、年間800億ユーロに達する軍事費の削減を拒んでいる。政府はカトリック教会に60億ユーロ、スペイン皇室に90億ユーロも支払っている。
  一方、失業者、パート労働者、仕事のない青年、女性労働者、下級公務員などが、家族を含めて団結し、無慈悲な緊縮政策に対して立ち上がった。彼らは政府に切り捨てられたと感じている。彼らが怒っているのは、緊縮政策が、EUやIMFによる指示だということ、またスペインには投資をしないぞという金融市場の脅迫に屈していることである。
  本来、金融危機が起った場合、輸出を増やすために通貨を切り下げる。しかし、共通通貨ユーロなので、切り下げが出来ない。そこで、競争力を挙げるために、労働者の賃金を切り下げた。
  悪いことに、これらの誤った措置は、成功していない。昨年8月の統計でも新規雇用の93.4%は臨時雇いであった。労働市場は改善の兆しはない。ただ、企業が労働者を解雇しやすくなった。
  スペインの社会主義政府は、ますます右翼に近づきつつある。これはドイツ、英国、そしてスエーデンも同じ動きである。

6.9月29日以降

  イタリアでは、10月2日(土)、ローマで、ベルルスコーニ首相に「ノー」というデモが行われた。これには10万人が参加した。このデモは、イタリアの2大ナショナルセンターである「イタリア労働総同盟」と「イタリア労働組合連盟」が共同で組織した。各地の労働者たちには、5台の列車、3機の航空機、1,000台のバスが用意された。このデモに先立つ10月1日には、何万もの学生と教員が教育改革と予算の削減に抗議するデモが行なわれた。
  10月12日に、再びヨーロッパ全域にわたるストとデモが行なわれた。
  年金改革をめぐって、政府・議会と市民社会が対立しているフランスでは、10月19日、110万人にのぼるデモが起った。さらに続いて23日にも、デモがあった。
  そして改革法案が議会を通過した後にもかかわらず、10月28日(木)、第9回目のゼネストとデモが行なわれた。サルコジ大統領は、デモに参加するものはいないだろうと言ったが、560,000人が参加した。フランス国内270ヵ所で同様なデモが展開された。
  CGTのチボー書記長は「議会で法案が採択された後でも抗議活動が続いているのは、フランスの歴史上始まって以来のことだ」と語り、サルコジ大統領に対して「法案を発効させるな」と要求した。サルコジの支持率は29%に落ち込んでおり、2012年の大統領選での再選は難しくなっている。
  ベルルスコーニ首相が議会で信任投票に勝利した12月13日には、ローマでデモ隊と衝突が起った。しかし信任投票に勝ったとはいえ、12年に予定されている総選挙の勝利することは難しくなっている。
  12月9日(木)、ロンドンで学費値上げに抗議する学生が抗議デモした。これによって、チャールズ皇太子夫妻の車が立ち往生したというハップニングがあったので、マスメディアが報道した。
  ギリシアでは、12月15日、全土でゼネストに入った。首都アテネのデモでは、火炎瓶が飛び、機動隊と衝突した。同じような経済状況のアイルランド、ラトビアなどで諦めムードが出てきている中で、ギリシアの市民社会は戦闘力を失っていない。
  今年に入って、EUサミット前日の1月4日に、ギリシアでは再び、ゼネストとデモが起った。このゼネストによって、ギリシア全土は完全に麻痺してしまった。そのため、新聞も、テレビ、ラジオ、ケーブルテレビなどが完全にブラックアウトになった。
  同じ日、フランス、スペイン、ベルギー、ルクセンブルグ、デンマーク、チェコなどでもでも同様のデモが展開された。とくにチェコでは、20年以来の大規模なストが起った。10万人の公共部門の労働者が職場放棄をした。
  EUの本部があるブルッセルでは、ヨーロッパ委員会のビルを人間の鎖で包囲した。これは、人びとがベルトをきつく締めた状態を表したものである。
  EU首脳の間では、ドイツとフランスにたいする批判が高まりつあり、亀裂が生まれたようだ。メルケル首相はヨーロッパ共通の債権を発行することに、強く反対している。それには、ドイツだけが財政危機に見舞われていないので、ユーロ圏の国が財政危機に陥った時に出す救済資金を支払うのは、ドイツだけだという不満があるからだ。
  EUも一枚岩ではなくなってきた。