世界の底流  
G20サミットに対するトロントの抗議デモ

2010年8月14日
北沢洋子

 トロントではG8と続くG20サミットに対する大規模な抗議デモがあった。しかし、これは、内外のマスメディアにまったく報道されなかった。せいぜい、燃えている警察車輛の写真や「暴力的なデモ」があったという短い記事で終わった。
 トロントのデモは、活動家たちによって、何日も前から周到に準備された。6月21〜24日の間は、移民、雇用、ジェンダー、同性愛者、気候変動、環境、先住民の闘争といった個別のテーマでの抗議行動に費やされた。そして、6月25〜27日になると、特に26日の土曜日には、G20サミットに対する大規模抗議デモが繰り広げられたのであった。
 カナダでの大規模な反グロバリゼーションのデモと言えば、2001年のケベックでの「米州サミット」デモを思い出す。これはほぼ1週間続いた、今回のトロント・デモと比較すると、大きな差異がある。ケベック・デモの場合、当時、労働組合、NGO、市民社会などの間で、グローバリゼーション、自由貿易地域協定、ネオリベラリズムなどに対する闘争の情報も多く、活発な議論が交わされていた。しかも、ケベック・デモでは、長期にわたって準備がなされた。穏健なNGOや労働組合までが、情報を流し、動員をした。
 しかし、今回のトロント・デモでは、そのような経済情勢についての情報も議論も組織的動員もなかった。むしろトロント・デモ自身が、それ以後の抗議行動の高揚の契機となった、と言うべきだろう。そして、ここでは、反資本主義の声が主流になった。それは、2001年ケベック・デモ後に組織され、一時衰退していた「資本主義に対する闘争コンバージェンス(CLAC)」が活動を再開したということである。
 デモの規模、戦闘力、多様性については驚くべきものがあった。これは多分にトロントという市が、暴力、環境破壊、政治的抑圧などから逃れてきた移民が多く、多文化の市であるところから来ているのだろう。そして、G20サミットに集まった国ぐにの政府に彼らの抑圧の責任があるからだろう。
 そして、これまで多様なテーマで闘ってきた人びとは、G20に集まった「国家指導者」たちの政策や決定が、自分たちの日常の闘いに直接つながっていると判断した。それが、トロント・デモに多くの人が参加した理由であった。
 彼らは、このような「悪のリーダー」をトロントの市内に入れないと、宣言した。
ハイライトは、6月26日、土曜日のデモで、7万人が参加した。そのほとんどのデモは平和的であった。しかし、顔を隠した1〜2,000人が、デモの行程を変更して、「メトロ会議センター」を囲むフェンスに向かった。ここで、ショーウィンドを壊したり、警察車両に火をつけたりする事件が起こった。マスメディアが報道したのは、この部分であった。1,000人の逮捕者が出たのは、この土曜日の夜と日曜日にかけてであった。
 カナダの最大労組連合「カナダ労働会議(CLC)」とグリーンピースのような大きなNGOは、直ちに「バンダリズム(野蛮な行為)」だと批判した。しかし、CLCに加入していない教員組合、郵便労組などは、過激派を支持し、逮捕された人びとを支援した。
 不思議なことに、サミットが始まる以前に、警察は1,000人を逮捕するとアナウンスしていた。そういうことは、1,000人になるまで、逮捕を続けたのであろうか。この中の、900人は72時間以内に釈放されたが、17人が共謀の容疑で起訴された。
 警察の弾圧は土曜日の夜に限らなかった。日常的に、街頭で尋問したり、家宅捜査をしたり、バスを止めたりした。とくにトロントはフランス語地域であるのだが、警察はフランス語を話す通行人を目の敵にした。フランス語を話す人はすべて過激派というのだ。
 6月25日のデモには、「コミュニティの正義」というテーマで、5,000人の不法滞在者が集まった。このデモは出発の時から警官に囲まれ、デモ隊の身体検査をしたり、旗を没収したりした。デモは終わりまで、警官に包囲された。
 今日、ヨーロッパでは、サミットに対する反グローバリゼーションのデモは下火になっている。カナダでこのような大規模デモが実現したのは、

(1)、警察の「馬鹿げたな治安対策」が理由の1つになった。政府は、財政危機を理由に、軒並み予算を削っているのに、サミットをトロントの市の中心部で開催し、その治安対策に約10億ドルも使った。ピッツバーグで開かれたG20サミットでは記録破りの1億ドルを治安維持に使ったが、トロントの費用はその10倍にのぼった。
警察はこの予算を流用して、警察のインフラの近代化をはかった。最新型の放水車、最新型のラウドスピーカー、最新型監視カメラ、それに各種のデモ鎮圧用の最新兵器を購入した。また、警官の訓練所、通信網、司令部などにより多くの予算が充てられた。さらに、何千人もの警官の残業代も馬鹿にならない。いくらかのショーウィンドウが壊されたことに、10億ドルも使ったとになった。しかも、警察車両が燃えていた時、デモ隊の姿はなく、また制服の警官もいなかったという目撃情報もある。
警察は、その権限を逸脱して、市民にあっちに行け、こっちに行くな、何をしろ、何をするな、と命令した。それにマスメディアも便乗して、『トロント・スター』紙のように、
「市民のサバイバル・ガイド」といった記事を掲載した。例えば、警察には近づかない、警察の前ではおとなしくする、いま何をしているのかを警察に静かに説明する、などといったふざけたガイドブックであった。

(2)、多くの市民がサミットをトロントで開くことに反対していた。最初、政府はG8をトロントから車で1時間半のHatsvilleで開く予定だった。しかし、G20が加わったので、Hatsvilleでは狭すぎる、ということで、サミット1ヵ月前に、突然トロントに変更した。
これに対して、多くの市民が、生活が乱され、費用がかかる、と言って反対した。これらの人びとがデモに参加したのは、このような理由と、政府の無能ぶりに怒っているせいで、反グローバリゼーションというような政治的な理由でなかった。
 今日、北ヨーロッパでは、「反グローバリゼーション」から「気候変動」に運動の焦点が移っている。たとえば、1年前の2009年3月24日〜4月2日、ロンドンで開かれた第2回G20サミットのデモでは、大部分が、金融街で警官と衝突することを避け、Bishopsgateのカーボン取引所の前に、抗議の座り込みをした。
 トロント・デモでは、気候変動と環境問題は一連の議題の一部にしかすぎなかった。とくに、現在のハーパー政権の政策はひどい。多くの市民が、「タールサンド」開発や、露天掘り鉱山に対して闘っている。だが、北ヨーロッパのように「気候変動」が中心的な運動のテーマになっていない。
 カナダでは、一般的な反資本主義の闘争が主流であり、もし焦点をあげるならば、移民、ジェンダー、障害者、先住民などの複数の問題になる。
 トロント・デモの中心的組織は、「トロント・コミュニティ動員ネットワーク」であった。彼らは、毎日、テーマを決めて、デモをした。

21日(月曜日);貧困、経済正義、戦争と占領に反対、移民の正義
22日(火曜日);ジェンダー正義、同性愛者の権利
23日(水曜日);環境正義、気候変動
24日(木曜日);先住民の主権と自決権
25日(金曜日);「我々のコミュニティに正義」集会
26日(土曜日);「フェンスを取り除こう」集会とデモ
27日(日曜日);自発的行動
28日(月曜日);警官の弾圧に抗議する警察本部前のデモ

  トロント・デモの特徴は、デモ参加者自身が、それぞれウェッブサイトを立ち上げ、デモの報告やその後の逮捕者の救援活動などを載せていることである。「雑誌」を発行するという提案もあったが、ウェッブサイトの読者数に比較すると、印刷物の配布には限りがある。そこで、「メディア・コープ(Media Coop)」という名の共同ウェッブサイトの設立につながった。これは、トロントだけではなく、バンクーバー、モントリール、ハリファクスなどの都市からも、記事が送られている。将来、テレビや新聞などのマスメディアにとって代わる日がくるだろう。