世界の底流  
イスラエルがイラン攻撃の引き金役に

2010年10月18日
北沢洋子

1.イラクに続く米国のイラン攻撃計画

  米国がイランを攻撃するという計画は、すでに2003年3月、イラク侵攻時からあった。当時、ブッシュ政権は、イランとシリアに対する攻撃を戦争のロードマップに入れていた。
  イランに対する攻撃の引き金は、イスラエルによる空爆であると考えられた。これは、1981年、イスラエルがイラクのオシラク原子力施設を空爆によって破壊したという歴史的事実から来ている。
  米軍のイラン攻撃のコード名は、「イラン長期近辺劇場レベル(Theater Iran Near Term―TIRANNT))」と呼ばれる。「劇場レベル」とは、米軍の用語で、「大規模な戦争のシナリオ」を意味する。これは、イラク戦争の初期に使われた「衝撃と畏怖(Shock and Awe )作戦」と同様に、イラン国内数百ヵ所を同時に爆撃するという作戦である。この大規模空爆の後、海兵隊が侵攻する。
  米軍と英軍は、シミュレーションを使って、「カスピ海戦争ゲーム」を行なった。この時は、ブッシュ大統領がこの作戦の最高司令官を務めた。その後、Fallon提督が総司令官となって、4年を費やして、空軍、陸軍、海軍、海兵隊が参加する「イラン自由作戦」を準備した。
  一方では、2004年、チェイニー副大統領が、TIRANNTのシナリオに基づいて、「米本土に対する新たな9.11タイプのテロが起こった場合に備えて」、米軍総司令部(USCENTCOM)に「緊急事態計画」を作成することを命じた。この計画によれば、イランに対して、通常兵器と戦術核兵器でもって大規模な攻撃を行うというものだった。ここでは、核兵器の製造の疑惑がある450ヵ所を戦略的ターゲットにしたものである。その大部分の施設は、強固に守られているか、あるいは、地下深いところにある。したがって、これらを攻撃するには通常兵器では不可能だということで、「核兵器」使用というオプションが出てきたのであった。
  イラクに続いてイランという「ならずもの国家」を攻撃するのは、米国の安全保障のためと、同時に石油資源の確保という2つの理由からであった。イラクに続くイランに対する攻撃は、その後、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダンなどと7カ国に対する攻撃へと続くと言ったのは、元NATO司令官Wesley Clark将軍であった。

2.イスラエルのイラン攻撃のニュース

イスラエルがイランを攻撃するというアドバルーンがあちらこちらから聞こえてくる。

  1. モサドのShabtai Shavit元長官が今年6月21日、テルアビブのBar Ilan大学で「なぜイスラエルがイランを先制攻撃しなければならないか」という問いに対して「すでに戦争は始まっていて、イスラエルに対する脅威が恒常的にあり、イランがイスラエルを殲滅する意図を持っている限り、正しいドクトリンは先制攻撃であり、報復攻撃ではない」と語った。しかし、現在イスラエルとイランは戦争状態にはない。この点についてモサド元長官は誤解している。
  2. 6月22日、イスラエルのネタニャフ首相の国家安全保障の顧問であるUzi Aradがエルサレムのユダヤ機関で「国際社会はイスラエルのイラン攻撃を支持するだろう。これが合法であることを疑う人はいない」と語った。しかし、国連総会では、イランに対する制裁決議について一致していない。さらにアラブ諸国を国際社会に入れないと言うのだろうか。
  3. イタリアのベルスコーニ首相は、6月26日、トロントで開かれたG8サミットでの記者会見で「イランは核の平和利用の原則を守ると言っていない。G8のメンバーはイスラエルが確実に先制攻撃をすると信じているはずだ」と語った。
  4. バネッタ米CIA長官は、6月27日、『ABC』テレビで、「イランは2012年までに2個の核爆弾を保有するだろう。つまりイランはすでに核爆弾2個を製造できる濃縮技術を持っているということだ。イランが核の製造能力を持っていることについては、議論の余地がない。このイランを外交的、文化的、政治的に変えることが出来るのはイスラエルだけだ」と語った。ここでイランを外交的、文化的、政治的に変えるということは政権転覆を論じているのだろうか。
  5. 英紙『タイムズ』は、「サウジアラビアはイスラエルがイランを攻撃する際にサウジの領空を通過する許可を与えた」と報じた。また『エルサレムポスト』、『イスラムタイムズ』、イランの通信社『Fars』などが「イスラエルの空軍がヨルダンとの国境付近のサウジ領内に武器を貯蔵している」と報じた。
  6. 『エルサレムポスト』紙によれば、これらの兵器は、今年6月18、19日に、サウジアラビアのTabukに貯蔵されたと言う。そしてこの2日間は、その付近を通過する民間機のフライトはすべてキャンセルされた、と報じた。『エルサレムポスト』紙は、さらに、米国防総省の匿名の高官が、「モサドのMeir Dagan長官がサウジアラビアと交渉に当たっており、彼はそれをネタニヤフ首相にブリーフィングしている」と言ったと言った、と報じている。

  サウジアラビアは、イスラエルを支援しているという報道を激しく否定した。しかし、イスラエルのRamat Ganにある「ベギン・サダト戦略研究所のEphraim Inbar所長は、「サウジアラビアとイスラエルはイランの核兵器に対する恐怖を共有している」、しかし、「サウジアラビアはイスラエルに協力していることを、否定するだろう」と語った。

  1. 6月26日付けの『Gulf Daily』紙は、「イスラエルが空軍機をグルジアやアゼルバイジャンに移動させた」と報じている。これによって、イラン北部のターゲットを攻撃する際に、かなり時間を短縮できる。

一方、米国は、「トルーマン号」と「アイゼンハウアー号」の2隻の空母をホルムズ湾に配備している。ここは、イラン湾への通過路である。

3.イスラエルの役割

  イラン攻撃には、イスラエルがはたす役割が大きいと言われる。「イスラエルが米・NATO軍によるイラン攻撃の引き金になる」という論議である。
  イスラエルには、独自の戦争計画があるわけではない。あくまでも、米国の戦争計画の1部である。すでに、2006年、USCENTCOMの対イラン作戦計画の中にイスラエルの役割が定めてあった。言い換えれば、大規模な対イラン戦争において、イスラエルが一方的に軍事行動を起こすことはない。イスラエルは事実上、NATOのメンバーである。イスラエルの攻撃には、米国の青信号が必要である。
  イスラエルのイラン攻撃が米軍の全面的な対イラン攻撃の「引き金」になるだろうし、イランがイスラエルの攻撃に反撃した場合も、米軍の攻撃の口実になるだろう。 
  しかし、実際には、米軍とNATO軍は、イスラエルと緊密に連携しているが、米国の世論に対しては、建前として「イスラエルの一方的な軍事行動」ということにするだろう。米軍とNATO軍は、イラン攻撃を開始するよりは、「イスラエルを守るため」という口実を使うだろう。
チェイニー副大統領は、「イスラエルはイランが米国にとってならずもの国家のリストの第1位にあることを知っているので、言われなくても、一方的に攻撃を開始するだろう」と言ったことがあった。また、イランは、「イスラエルの解体」を国家の政策にしている。
これもまた、イスラエルがイランに対して先制攻撃する理由がある。
  問題は、イランに対する米・NATO・イスラエルの共同の爆撃作戦である。ペンタゴンとイスラエルは、慎重にイラン国内の攻撃目標を検討してきた、これは2004年頃から始まった。ブッシュからオバマに交代しても、変わることはない。
  イスラエルのイラン攻撃には、米・NATO軍の後方支援が必要である。これはイスラエルに対する米軍の武器供与がともなう。たとえば、2009年、米国は、イスラエルに、海上配備型Xバンドレーダー・システムを供与したが、これはイスラエルのミサイル・システムを、米国のグローバルなミサイル・システムに統合したことになる。それは、地中海、ペルシア湾、紅海に配置された米軍のイージス艦や、地上配備のパトリオット・レーダーや迎撃ミサイルなどである。空の防衛システムをコントロールしているのはイスラエルでなく米軍である。2009年1月9日付けのイスラエルの『ナショナルニュース』は、ペンタゴンのスポークスマンGeoff Morrellが「我々がイスラエルに武器を売っているのではない。これらの武器を操作できるのは米軍だけだ」と言ったと報じている。
  米下院に共和党のLouie Gohmert議員が46人の議員と共同で提出した『下院決議1553号』は、米軍の「青信号」を法的に認めるものであつた。この決議案には、「イスラエルが、軍事力を含めて、あらゆる手段を持って、イランを攻撃することを認める」と書いてあった。これらの「青信号」は、イスラエルではなく、むしろホワイトハウスやペンタゴンに向けられたものである。
  このような情勢の下では、イスラエルはハマスやヒズボラによる攻撃を口実にして、レバノン国境沿いに攻撃を開始するだろう。やがて、この小さな事件は大規模なイラン攻撃に発展するだろう。

4.米国の戦争戦略

  米軍が保有する通常兵器の中で、最も重要なものは、「全ての爆弾の母(Mother of All
Bombs MOAB)」である。これは、重さが21,555ポンドもする化け物爆弾で、最も
巨大な通常兵器である。MOABの最初のテストは2003年3月で、その後、イラクで使
用された。
  2009年10月9日、『ABCニュース』で、Jonathan Karl記者が「ペンタゴンはイランに対してMOABを使うことを認めた。彼らはMOABがNatansやQumなど地下深いところのイランの核施設を攻撃するのに最も適している」と報道した。MOABは大きな殺傷力を持っており、多くの民間人に被害を与える。MOABは、核兵器と同じく、きのこ状の雲を出す「通常殺人兵器」である。
  ペンタゴンが4個のMOABの製造を発注したのは、2009年10月であった。その予算は5,840万ドルで1個あたり1,460万ドルであった。これには、開発費、テスト、B-2型ステルス爆撃機に搭載するなどのコストが含まれている。
  これらことから、イラン攻撃には、戦略核兵器やMOABのような巨大な通常兵器が使用される。イランの民間人殺戮、インフラ破壊など多くの犠牲を与えるだろう。

5.イランの軍事力

  イランは中距離、長距離のミサイルを保有している。これはイスラエルやトルコ、サウジアラビア、アフガニスタン、イラクなどの湾岸諸国に届く能力を持っている。米・NATO・イスラエル軍がイランを攻撃すれが、確実にイランの報復を受けるだろう。
  2006年11月、イランのShahab3型ミサイルのテストが行なわれた。これは、米・NATO・イスラエル側にとって、まさに不意打ちであった。このミサイルは、2,000キロの距離を飛ぶことが出来、当然イスラエルも含まれる。
  イランは米・NATO軍の基地に取り囲まれている。しかし、これらの基地は、イラクやアフガニスタン国内の反乱軍の鎮圧に忙殺されている。
  一方、イランはかなりの地上軍を持っている。まず、職業軍人が130,000人いる。これに220,000人の徴兵軍と350,000人の予備兵がいる。イランの海軍は18,000人であり、52,000の空軍がいる。それに革命警備隊が125,000人いると推測される。革命警備隊は、それぞれ陸軍、海軍、空軍、それにQudsと呼ばれる特殊部隊を持っている。また、革命警備隊は、90,000人の制服の常備兵と300,000人の予備兵がいるとも言われている。いずれにせよ、イランは緊急時には、1,100万人を動員出来ることになる。
  イラン軍は、イラク、アフガニスタン、クエート国境沿い数キロの地点に配備されている。イランの海軍は、ペルシア湾のアラブ連邦首長国の米軍基地に近い地点に配備されている。
  すでに2009年12月、イラン陸軍と戦車がイラク国境を突破して、侵入し、紛争地帯であったEast Maysan油田を占領するという事件が起こっている。
  一方、NATOに比較すると小規模だが、ロシア、中国、旧ソ連諸国などが加盟している上海協力機構(SCO)がある。これが、どう動くのか予測が出来ない。
  これまで見てきたように、一旦イランに対する米・NATO・イスラエルの攻撃がはじまれば、核兵器の使用の可能性もあり、また戦争の範囲は、中東、中央アジアに留まらない。グローバルな戦争に発展する可能性がある。