世界の底流  
ガザ支援船に対するイスラエル軍の攻撃
2010年6月25日

1.ガザ支援船がイスラエルに攻撃される

  さる5月31日未明、パレスチナ自治区のガザに向かって航行中の6隻の貨客船団の旗艦「マルマラ号」に対して、イスラエル海軍が包囲し、同時に特殊部隊がヘリからロープを使って降下し、武力攻撃を加えた。その結果、イスラエル海軍の発表によると、乗船者の中から9人の死者と多数の負傷者を出した。そして船団はすべてイスラエル領のアシュドッド港に強制入港させられるという事件が起こった。
  5月30日午後9時、ミサイルを搭乗したイスラエルの軍艦3隻が、ガザ支援船団を迎え撃つためにハイファ港を出発した。そして支援船団に遭遇すると、まずの船長たちの身元を誰何し、さらに「イスラエル領のアシュドッド港に行く先を変更するか、あるいは引き返すか」と命令した。「アルマラは号」がこれを拒否したため攻撃を開始したということが、後になって明らかになった。
  「自由船団」と呼ばれるこのガザ支援船団は、キプロスに本部を置く、国際組織「自由ガザ運動(Free Gaza Movement)」(2006年9月に設立)と、トルコの慈善団体「人権・自由・人道支援団体(IHH)」、(1990年代に設立)が組織した。3年に及ぶイスラエルのガザ封鎖を突破して、10,000トンの救援物資を届けようとした野心的な計画であった。
  しかし今回が初めてではなかった。これまでに6回にわたって発動機付きのボートやヨットをキプロスからガザに向けて航行させたが、いずれもイスラエル海軍の妨害にあって、目的を遂げることが出来なかった。しかし、「自由ガザ運動」は、これらの活動によって国際的に知られるようになり、寄付が集まり、6隻の支援船団を組むことが出来たのであった。
  救援物資は、ガザの民間人に向けた人道援助物資、すなわち医薬品、車椅子、食料品、建設材などであった。欧米や中東40カ国からの750人の乗船者の中には、1976年ノーベル平和賞の受賞者であるアイルランドのMairead Corrigan−Maguire氏、ホロコーストの生存者であるHedy Epstein(85歳)、イスラエルのアラブ系国会議員Haneen Zoubi女史などがいた。イスラエル政府は、彼ら全員を取り調べ、うち630人を南部のBeersheva市の拘置所に拘留した。ジャーナリストや弁護士が彼らに接触することを禁じた。
  イスラエル軍は、この軍事攻撃について、「ヘリから降下した際、活動家たちが“ナイフや棍棒のような軽武器”でもって“攻撃”してきたので、“リンチ”される前に、“自衛のため”に“暴動制圧手段”を使った」のだと言い、その時のビデオを発表した。当然のことながら、「自由ガザ運動」側も共同創立者でスポークスウーマンのGreta Berlin(在キプロス)はイスラエル海軍の武力攻撃のビデオを発表した。彼女は「そもそも非武装の民間人が強大なイスラエル軍と闘おうとする筈がない」と述べた。
  さらに、6月5日、今度はアイルランドのガザ支援団体が送った「レイチェル・コリー号」が、地中海のイタリア沖を航行中、同じくイスラエル海軍に拿捕された。今回はイスラエルが国際的な非難に懲りて、武力行使に至らなかったが、武装したイスラエル海軍のコマンドが船をアシュドッド港に強制入港させた。イスラエルは、積荷を検査した上で、イスラエル当局の手でガザに搬入すると言っている。このコリー号にはアイルランドやマレーシアの人権活動家35人が乗船していた。
  6月7日、イランの赤新月社が、ガザに向けて支援船団2隻がトルコのイスタンブールから出航する計画だと発表した。イラン赤新月社がチャーターする1隻目には、食糧や医薬品など約1、000トンの支援物資を積み、第2の船には医師、看護婦など約70人が乗り込むと発表した。しかし、これは多分にアフマディネジャド大統領の選挙対策であると見られている。

2.国際的非難が高まる

  この事件に対して、幅広い国際社会の非難の声が挙がった。
  まず、事件発生から1時間以内に、トルコの要請により、国連安保理の緊急会議が開かれた。安保理は、15カ国全員一致でイスラエルの行為を非難する声明を採択した。これは「国際法違反」であり、イスラエルは船と乗組員を即時釈放するよう求め、ガザ封鎖をただちに止めることを求めた。また、真相を解明する中立の国際調査団を設けることを盛り込んだ。イスラエルは国連の調査団を拒否した。
  ガザ支援船団の活動を非公然のスポンサーであったトルコ政府は、「理由は何であれ、平和的市民に対する暴力は許されない」と発表した。そして、6月3日、4人のトルコ人の遺体と負傷者がアンカラに帰還すると、人びとの怒りは爆発した。
  6月7日、折からイスタンブールで開かれていたアジア・中東20カ国から成る「アジア信頼醸成会議(CICA)」で、トルコのエルドリアン首相は、イスラエルを「うそつきマシン」と呼び、ガザは「天井のない牢獄」であり、「こんなことは許されない」と演説した。 
  そして、トルコ外務省は「イスラエルは、この行為の結果についての責任を負うべきである。これは明らかに国際法違反である」という声明を発表した。そして抗議の意思の表明としてイスラエル駐在のトルコ大使を本国に召還した。
  さらに、トルコは、ギリシャと共に計画していたイスラエル軍との共同軍事演習をキャンセルした。イスラエルは、このガザ支援船団攻撃でもって、トルコという中東の一角にあり、イスラム世界では、重要な親イスラエルの国を失ったことになった。
  イスラエルのネタニャフ首相は、計画していた6月1日の米国訪問を急きょ取り止めた。オバマ大統領は、前任者のブッシュ政権と同じくイスラエルのがザ封鎖を支持しているので、正面からのイスラエル非難を避けたが、「悲劇的な事件」を「深く憂慮」という表現で、イスラエルの「正当防衛」説を退けたのであった。
  米国は、(1)ホロコーストの被害者であるイスラエルに道義的、倫理的な感情を持っていること、(2)米国と同じ、民主主義の国であると信じていること、(3)中東地域の戦略的同盟国として、これまで無条件にイスラエルを支持し、毎年、30億ドルの援助を行なってきた。1人あたりの米国の援助額ではイスラエルは第1位である。
  オバマ大統領は、「東エルサレムの新たなユダヤ人入植地の建設を凍結する」ことを、中東和平プロセスの第1歩と位置づけ、イスラエルに実行を迫っていた。イスラエルがこれを拒否したため、米・イスラエル関係は緊張状態にあった。今回の事件は、それをさらに悪化させるだろう。
  ヨーロッパもまた非難の声を挙げた。ヨーロッパ各国に駐在するイスラエル大使たちは事情説明を要求された。EUの外交安全保障委員会のCatherine Ashton上級代表は、第三者によるこの事件の国際調査団を組織することを呼びかけた。
  『エルサレム・ポスト』紙によると、フランスとドイツが、ガザの沖合いにヨーロッパ海軍を送ることを提案している。
  国連の中東和平プロセスとガザの人道支援の責任者であるRobert Serry氏と Filippo Grandi氏の2人は、公海上で行われたイスラエルの攻撃を非難する共同声明を発表した。
アラブ世界の首脳たちからの非難は最も激しかった。アラブ連盟は、即座にカイロで会合を開き「イスラエルによる国家テロ行為」と非難した。
  パレスチナ自治区のアバッス議長はこれを「虐殺」と呼んだ。アバッス議長は6月14日以降、オバマ大統領と会見する予定であった。レバノンのハリリ首相は、「危険で、狂った行為であり、中東の緊張を高めることになる」と言った。イランのアハマディネジャド大統領は、「反人道的」と語った。
  「アルマラ号」に乗っていた『アルジャジーラ』放送のAmal El−Shayyal記者のビデオには、イスラエルのコマンドの攻撃によって乗客が死傷したことが写っている。

3.イスラエルの不法行為

   問題は、イスラエル海軍がガザ支援船団を攻撃したのが、イスラエル沿岸から115キロも離れた公海上であったという点である。これは明らかに国際法違反である。
  トルコ国会の外交委員会のMurat Mercan委員長は「イスラエルはこの攻撃を公海上で行い、しかも船団は非武装であることを示す白旗を掲げていた。これは国際法の違反行為である。」と、トルコのNTVテレビで述べた。
  さらに、攻撃を受けた「マルマラ号」はトルコ籍であり、トルコの国旗も掲げていた。ということは、海洋法に照らすと、船は「トルコ領」ということになる。つまりイスラエルがトルコ領土を攻撃したことになる。
  また、船団を乗っ取り、アシュドッド港に連れ去ったのは、明白な「海賊行為」である。
Gerard Arayd前イスラエル駐在フランス大使は、ガザ支援船団が蒙った死者の数から見て、「イスラエル海軍の行為は、過剰防衛であり、イスラエルはこの暴力を正当化することは出来ない」と語った。
  米国内の最大のイスラエルロビーAIPACは、「ガザ封鎖は合法」と称して、その理由を「第2次世界大戦中の日本とドイツに対する封鎖と同じである」と言った。さらにイスラエルのMichael Oren駐米大使も第2次大戦時の例を挙げて、ガザ封鎖を正当化した。
  しかし、これは誤りである。ガザはイスラエルと戦争状態にある「独立国」ではない。ガザはイスラエルに占領されており、全く異なった国際法を当てはめねばならない。
  05年のイスラエル軍とユダヤ人入植者のガザ地上からの撤退は、占領の終わりではなかった。イスラエル政府自身の言葉によれば、ガザは「イスラエルの有効なコントロール下」にある。つまり遠隔占領である。依然として、イスラエルはガザの領海と空のスペースを常時パトロールしており、国境を規制している。ガザへの電力、燃料の搬入を規制している。
  国連、米政府、国際赤十字社は「ガザはハマスに支配されている」しかし「イスラエルはガザを支配している」ことを認めている。(1)占領下の住民の必要品を規制するのはジュネーブ第4条約に違反している。条約は占領下の民間人を保護する義務があるとしている。
  さらに、集団懲罰をおこなうことは、同じくジュネーブ第4条約33条に違反する。イスラエルは「封鎖はがざの経済を弱体化し、ハマスへの支持を防止することが目的」であると言っている。これは政治的目的であり、軍事目標ではない。国際法は、非軍事目標を達成するために民間人をターゲットにした軍事行動を認めていない。

4.オバマ大統領の中東和平のゆくえ

  第2次ガザ支援船がイスラエルに拿捕された時に、「自由ガザ運動」のGreta Berlinは「ガザ封鎖が終わるまで、支援船団を送り続ける」と語った。多くの犠牲を伴ったが、「自由ガザ運動」の戦術は成功したようだ。
  なぜなら、米国もヨーロッパも中東和平プロセスではイスラエルと西岸のパレスチナ自治政府だけを相手にして、ハマスが支配するガザを除外してきた。しかし今回の事件は、ガザに住む150万人のパレスチナ人の悲惨な状況を明らかにし、イスラエルによるガザ封鎖問題を和平プロセスの中に入れなければならないことが明らかになったからである。
  米国もイスラエルもハマスを「テロ組織」と呼ぶが、事実は、2006年、パレススチナ評議会選挙で、ガザで圧倒的に勝利し、選出されたということを忘れているようだ。
  そして、イスラエルのガザ封鎖は、2009年1月、イスラエルの3週間に及んだガザ戦争に際して、国連安保理が全員一致で採択した「イスラエルは直ちにガザ封鎖を解除すること」という1860号決議に違反しているだけではない。ピレイ国連人権高等弁務官は、「国際人道法では、市民への集団懲罰は禁止されている」、したがって、ガザ封鎖を「違法」として、封鎖解除を要求した。
  イスラエルは、ガザ封鎖解除の条件として、(1)ハマスがイスラエルの存在を認めること、(2)イスラエル南部に対する砲撃を止めること、(3)ハマスが捕虜にしたイスラエル兵士Gilad Shalitの引渡しなどを挙げている。
イスラエルの支援船に対するイスラエル海軍の攻撃、拿捕事件によって、イスラエルに対する国際的非難の声は高まった。またガザを置き去りにして中東和平を進めてきたオバマ大統領の戦略は変更されるだろう。すでにハマスは、アッバス自治政府議長に対して、中東和平交渉を打ち切るように要求した。パレスチナ自治政府内にも同様の声が出ている。

5.その後

  6月18日、1948年、イスラエル誕生にいたった第1次中東戦争以来、パレスチナ難民を支援している国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)のグランディ所長は、「イスラエルのガザ封鎖は、経済から心理面にいたるまで、住民の生活一般に影響を与えている 」として、封鎖の全面解除を求めた。
  このように国連をはじめとして、反イスラエル国のみならす、親イスラエルの国までもが、ガザの封鎖解除を要求しはじめた。
  6月20日、これをかわすために、イスラエルは一部の封鎖緩和を発表した。これまで焦点となってきた禁輸項目の中のセメントなど建築資材について、「国際監督下」で行なわれる自治政府の公共工事や国連による住宅建設に限ってガザへの搬入を認めることになった。また病気の治療をガザ以外で受ける必要性や「人道的理由」からガザを出る場合の手続きを簡略化すると発表した。しかし、ガザに向けた支援船のガザ入港は阻止するという。
  1947年、ナチの迫害から逃れたユダヤ人難民を満載した「Exodus号」を、当時パレスチナ保護領としていた英軍が入港を禁止したため、ユダヤ人難民たちは、抗議の自爆をした事件があった。この事件は「ユダヤ人の国家」建設に対する当時の国際世論を動かすきっかけとなった。今回のガザ支援船「ナルマラ号」に対するイスラエル海軍の襲撃事件は、かってのExodus号事件と同じような結果をもたらすだろうか。