世界の底流  
グローバルな「土地争奪」をめぐって

2010年10月6日
北沢洋子

1.日本政府の土地取引の国際ルール案

 今年9月6日付けの『朝日新聞』によれば、「日本政府は、11月10〜11日、横浜で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)で議論するために、国際的な土地取引の透明性や公正性を担保する国際ルール案をまとめた」という記事が載った。
 これは、途上国の農地や森林をめぐる「土地争奪(Land Grab)」にともなう混乱や摩擦を避けるためだと報じている。
 将来的に水や食糧が不足するとの懸念から、新興国や産油国が他国の農地や森林を購入したり、長期リース契約をしたりする例が目立っている。投資の受け入れ側であるアフリカや東南アジアでは、クーデターや地元住民とのトラブルに発展する例もあり、「新植民地主義」との批判もではじめている、という。
 私はすでに2009年1月、「世界の底流」のコーナーでアフリカの肥沃な土地をめぐる「土地争奪」について書いた。

 日本政府は、09年のG8サミットで「責任ある農業投資の促進」を提唱し、各国、世銀、国連食糧農業機関(FAO)などと話し合いを重ねてきた。その結果、以下のような「行動原則」案がまとまった。

責任ある農業投資への原則(案)

土地及び資源に関する権利:既存の土地及び天然資源に関する権利は認識・尊重されるべき。
O 食料安全保障:投資は食料安全保障を脅かすものではなく、むしろ強化するものであるべき。
O 透明性:グッド・ガバナンス及び投資を促進する環境:土地の評価と関連投資の実施過程は透明で、監視され、説明責任が確保されたものであるべき。
O 協議と参加:著しく影響を被る人々とは協議を行い、合意事項は記録し実行されるべき。
O 経済的実行可能性及び責任ある農業企業投資:投資事業は経済的に実行可能で、法律を尊重し、業界のベスト・プラクティスを反映し、永続的な共通の価値をもたらすも
のであるべき。
O 社会的持続可能性:投資は望ましい社会的・分配的な影響を生むべきであり、脆弱性を増すものであってはならない。
O 環境持続可能性:環境面の影響は計量化され、負の影響を最小化・緩和して持続可能な資源利用を促進する方策が採られるべき。
以上

2.中国資本の日本の土地買い占め

 この日本政府の提案の根拠となったのは、北海道で複数の森林、計23ヘクタールが、中国資本にすでに買われたという記事にあるしかしよく調べると、中国資本ではなく、香港籍のフランスの不動産業者であった。この会社は、太陽光発電に依存した、「エコなリゾート地の開発を手がけていることがわかった。
 9月30日付けの『インターナショウナル・ヘラルドトリビューン』紙は、鳥取県三朝町の例を挙げて、「中国人が日本の土地を買いしめている」という記事を経済した。
 人口7,000人の三朝町は、ラジウム温泉として知られ、一時は年間60万人の観光客が訪れた。町は巨大なアミューズメント・パークを建設したが、これは17億円の赤字となった。90年代、バブルがはじけて以来、日本人観光客の数が減り、寂れてしまった。そこへ、中国上海の開発業者が金持ち中国人のためのリゾート地として、土地を買いはじめたという記事であった。
 地元は、外国資本が入ってくるのは大歓迎で、中国人観光客がカネを落としてくれることを期待している。しかし、一般世論は、中国が日本を抜いて米国に次ぐGDP大国になったというニュースと重なりあわせて、「中国脅威論」が再燃している。新聞やテレビは、「地域の森林や水源が脅かされる、あるいは、国家の資源である土地の争奪が起こっている」といった報道を行なっている。
 日本の国土の70%は山であり、森林である。しかし、日本には、安い外国産木材であふれているため、日本の森林業は衰退の道を辿っている。持ち主が山や森林を放棄した状態になっている。そこで、底値になった森林を中国資本が買っている。あるものは、これは「国家の安全保障」の問題だ、とまで言っている。しかし、日本では、外国人が土地を買うことは自由である。
 一方、中国資本が日本経済を活性化していることも事実である。今年上半期で、1億2,000万ドルもの中国資本が、日本の中小企業を安く買い叩いた。この投資額は前年同期に比較すると6倍である。中国は日本の最大の貿易相手国であり、同じく今年の上半期の対中貿易額は30%増を記録した。また最近、中国は日本の国債を大量に買った。これについて、野田財務相は中国にその真意を確かめた。
 この「土地争奪」の問題は、以下に述べる「水」と「食糧」の問題と密接に結びついている。

3.国連「水の権利」宣言

 今年7月28日、国連総会は、「安全でクリーンな飲み水と衛生はすべての人にとって人権である」という決議を採択した。これは、現在、8億8,400人もの人びとが水へのアクセス、26億人が衛生へのアクセスを奪われている、さらに、毎年150万人の子どもが安全でクリーンな水と衛生へのアクセスを奪われているために死んでいる、という事実から来ている。すべての国と国際機関は、資金、人材開発、技術移転などを提供うるべきである、と書いてある。
 この決議はボリビアが提出したもので、122カ国が賛成し、日本、米国、英国、オランダ、韓国、カナダなど41カ国が留保した。先進国の中では、フランス、ドイツ、イタリア、ノルウエイ、スペインなどが賛成に回った。
 今年9月9日、スイスに本拠を置く「自然保護国際連合(IUCN)」は、このほど、歴史上はじめて、アフリカ大陸の淡水生物のレッドリストについての包括的なレポートを発表した。
この報告書は200人の科学者が、5年間を費やして、5,167の淡水生物種を調査したものである。アフリカでは、淡水生物種の21%が消滅している、と報告している。消滅の理由は、農業、水の強制的くみ上げ、ダム建設、外来種の侵入などによるものである。川、湖、水源地などの淡水は、1%の面積でしかないが、地球上の生物の種の7%もの生物の生息地になっている。このなかの生物1種でも消滅すれば、人類の生存にとって大きな脅威になる。
 例えば、マラウイ湖では、土地の人びとがChamboと呼ぶ魚が生息しているが、これは村人にとって貴重な食べ物である。しかし、この魚を取り過ぎたので、過去10年間で、70%も消滅した。

 ビクトリア湖では、水質の悪化とナイルパーチという外来種の導入により、過去3年間で伝統的な魚の191種が消え、45%が消滅の危機にある。
 カメルーンの火山湖Barombi Mboでは、11種の魚が消滅の危機にある。これは、森林の伐採が大きな原因になっている。
 また湿地もかになどの生物の生息に欠かせない。コンゴ川の下流には11の生物種が消滅の危機にあることが判った。「ラムサール条約」は湿地を護るたねに重要な取り決めである。
 アフリカ5大湖周辺に住む約750万人にとって淡水魚は重要な蛋白源である。したがって、IUCNの報告書は、サハラ以南のアフリカの食糧を守るために、非常に役に立つ。

4.国連、EUの食糧政策を批判

 国連のOlivier De Schutter「食糧の権利についての特別報告者(Special Rapporteur)」は「EUが2008年のグローバルな食糧危機の再発を防ぐために特別の措置を講じていない」ことを非難する報告書をまとめた。
 とくに、米国以外では最大の農産物取引市場であるロンドンは、何の規制もしていない。例えば、2010年7月、ロンドンに本拠を置くヘッジファンド「Armajaro」 のAndrew Wardマネジャーは、241,000トンのココアを10億ドルで先物取引を行なった。これは世界中のココア生産の7%にのぼり、ドイツの1年間の総消費量に匹敵する。これは9月24日に開かれた国連農業食糧機関(FAO)の緊急会議で報告された。幸いなことに今年は、ココアの収穫が良かったので、ヘッジファンドが狙った値上がりはなかった。
2008年の食糧危機の再来を防ぐためには、根本的に「グローバルな金融システム」
の改革が必要である。