世界の底流  
ギリシアで何が起っているのか―官公労のゼネストをめぐって
2010年3月
1.ギリシアで官公労がゼネスト

 さる2月10日(水)、ギリシアの官公労(ADEDY)が24時間ストに入った。ADEDYは全人口1,100万のギリシアでは、50万人のメンバーを擁している最大の労組である。このストによって、官庁をはじめ、鉄道やバスなどの公共交通機関、学校、郵便局、病院、新聞、テレビにいたるまでギリシア国内のすべての機能が停止した。
 ストは、政府が、2012年までに財政赤字をGDPの3%以内、債務国債をGDPの60%以内に収めるというEUの規則を満たすために打ち出した「緊急事態法」を発表した翌日に始まった。ギリシアの09年までの財政赤字はGDPの12.7%、ユーロ圏16カ国では最大の数字である。2010年度の赤字はGDPの125%に跳ね上がると予想される。
 経済を観光に依存しているギリシアでは、このストのために空港や港が閉鎖されたため、何千人もの観光客が足止めになった。また、ギリシア観光の目玉であるアテネのアクロポリス神殿遺跡も封鎖された。
 ゼネスト中、議会前に、数万人の労働者が集まり、「裏切り者!」や「労働者に危機の付けを回すな」などと書かれたプラカードを掲げて、デモをした。最初は平和的なデモであったが、デモ隊がSyntamga広場に到着した時、20人ぐらいの青年が、火炎瓶、敷石などを投げて、議会に侵入しようとした時、機動隊が催涙弾を発射する騒ぎになった。まるで市街戦さながらの様相であった。
 2月10日付けの『ロイター通信』のインタービュで、ADEDYのリオポウロス書記長は、「このストにはADEDYの加盟労組の80%が参加している。そしてパパンドレウ首相に対して、12%の賃金切り下げ、2ヵ月のボーナスの30%削減、年金の凍結、5人に1人の解雇、そして付加価値税の2%(19%を21%に)、アルコールに20%、煙草に7%を引き上げる、といった「緊急事態法令」を直ちに廃止することを要求するものだ」と言った。
 パパンドレウ首相は、この緊縮政策で、24億ユーロを削減、24億ユーロを増税、計48億ユーロの増収を見込んでいる。
 実際、これは財政緊縮政策であるばかりでなく、「劇薬を飲ませるショック療法」である。リオポウロス書記長は、「緊急事態法令は正義にもとるものであり、政府が態度を変えない限り、闘争を続ける」、さらに「2月24日のゼネストには、民間企業の労組連合(GSEE、45万人)もストに参加する」とた。この中には、農業補助金削減に抗議する農民もいた。彼らは、ギリシア国内の高速道路やブルガリアとの国境を封鎖する予定であった。

2.EUの財政援助

 ギリシアの財政危機は、はからずもEUの通貨ユーロの持つ脆弱性を暴露した。
 ユーロ圏の財務相会議が開かれ、ギリシア財政危機について協議した。フランスの『ルモンド』紙は、フランスとドイツがギリシアを支援するだろうと報じた。しかし、フランスを訪問中のパパンドレウ首相は、サルコジ大統領に対して「資金援助を頼むつもりはない。ギリシアは緊縮財政を執行する意志があることを理解して欲しい」と語った。
 実際、パパンドレウ政権の支持率は下がっていない。しかし、ギリシアの国債は、ユーロが導入されて以来、1日で最大の下落を記録した。今年、ギリシア政府が発行する国債については、EUは、現在の利子率を2倍にすることを要求している。
 ギリシア政府は今年530億ユーロを借り入れなければならない。それでも4月末までの支出をカバーするだけである。6月末には200億ユーロの国債の返還日がくる。これを払えば、政府は公務員の給料や年金を支払えなくなる。多分、現在の失業率9.6%だが、これは16%に跳ね上がるだろう。人びとの本格的な反乱が予想される。
 スタンダードアンドプーア、ムーディースなど格付け会社は、ギリシア国債の格付けを大幅に落とした。そこへ、ヘッジファンドが、ギリシアの債務国債を買いに出るというスペキュレーションが始まった。
 ギリシアの危機がヨーロッパ通貨同盟に波及する恐れが出てきた。パパンドレウ首相が発表した一連の緊縮財政政策は、野党のND党に支持されているが、実はEU、そしてその後ろにいるIMFが命じたものである。しかし、この政策は、市民の購買力を弱め、不況を深化させる、というジレンマがある。

3.ユーロの内在的弱点

 ギリシアは2001年、ユーロ圏が誕生した時、加盟した。ところがこの時、PASOK政権は、ギリシア政府の赤字を隠した。単に、支出の一部を翌年度に繰り越したのであった。
 しかし、ギリシアのようなEUの貧乏国は、ユーロ高が続いたため、輸出が低迷した。ユーロ高で得をしたのはフランスやドイツなど域内貿易率が高い国であった。ユーロ圏では、ギリシアと同様、イタリア、スペイン、ポルトガル、アイルランド(PIGSと呼ばれる)など周辺の後進国にとって、ユーロ高はマイナスであった。なぜなら、これら経済的に弱い国は、ユーロ圏外に輸出しなければならないが、ユーロ高がそれを阻んだ。
 通常、輸出を伸ばすためには、通貨切り下げをするのだが、ユーロ貨を発行しているのはヨーロッパ中央銀行であって、ギリシア中央銀行ではないので、出来ない。
 ギリシアのように、債務危機に陥った場合、債務不履行を宣言することも出来ない。ユーロ圏は集団としてギリシアの危機に対処しなければならない。
 加盟国政府はそれぞれ国内政治に責任を持っているが、通貨の発行権はヨーロッパ中央銀行にある、という政治と経済の2重権力になっている。これはユーロに内在する矛盾である。ギリシアの財政危機(債務危機)は、はからずもこの矛盾を暴露したのであった。
 ギリシア危機が他の周辺国に飛び火しないためには、フランスとドイツが大規模な財政援助をしなければならないだろう。

4.パパンドレウ全ギリシア社会主義運動政権の誕生

 ゼネストにもかかわらず、パパンドレウ政権の支持率は58%であった。なぜなら、2009年10月の総選挙で、それまでの右派の新民主主義党(ND)から中道左派の全ギリシア社会主義運動(PASOK)に政権交代をしたがばかりであった。PASOKは、300議席のうち、160議席を獲得しており、2013年まで選挙の予定はない。
 現在のヨルゴス・パパンドレウ首相は、1967年、軍事クーデタが起るまで3度にわたってギリシアの左派政権を率いたヨルゴス・パパンドレウ首相の孫である。パパンドレウ2世首相は、米国で生まれ、教育を受けた。現在は「第2インターナショナル」の議長を務める。
 ギリシアの政治は、1967〜1974年の間の軍事政権を挟んで、右派のNDと左派のPASOKの2大政党の間で政権をやり取りしてきた。一方、ギリシアの市民社会は、これまで華々しい闘争の歴史を持つ。
 第2次世界大戦中、ギリシアはナチスドイツの占領下に置かれた。このとき、ギリシア共産党が率いた反ナチ抵抗闘争は、華々しい戦果を挙げたことで知られる。
 また、1973年11月17日、アテネ工科大学で当時の軍事政権に対する武装蜂起が起り、これが74年の民主化につながった。その後、この蜂起を記念して「11月17日運動」の名を冠したアナキストのグループが生まれた。彼らは、軍事政権が米国のかいらいだとして、米大使館、それに政府官庁、警察署などを武装攻撃している。
 2008年12月、アテネ郊外で15歳の少年が警察に射殺された事件をきっかけに、高校生、大学生が抗議デモをはじめた。これに、彼らの親たちの年代が加わり、闘争が全土化した。これが、その翌年、2009年10月の選挙でカラマンリスの右派ND政権が敗北し、PASOK政権の誕生につながった。
 しかし、パパンドレウ首相は政権の座についた時、前政権が「財政赤字は3%以内」だと報告していたが、実際には12.7%であったことを知った。ギリシアの国庫は空っぽだったのである。
 現在、パパンドレウ政権はPASOKのほかにギリシア共産党(KKE)、ラジカル左派連合などとの連立政権である。したがって、人びとはPASOK政権を打倒する気はないようだ。彼らが反対しているのは、政府の緊縮政策である。

5.ギリシア危機のバルカンへの波及

 ギリシアは周辺のバルカン諸国の最大の投資国であるばかりでなく、援助国であり、さらにバルカンからの移住労働者の受け入れ国でもある。このことはあまりしられていない。 
 たとえば、アルバニアやブルガリアなどは、ギリシアへの移住労働者の送金に依存しており、その額は年間それぞれ7億7,800万ドルと4億ドルに上る。ギリシア居住のアルバニア人の数は50万人を超える。
 冷戦後、すぐにギリシアの銀行はバルカン諸国に進出し、支店網を張り巡らせた。これが経済進出の先頭に立った。政府も2002年、バルカン諸国の経済開発を目指した「ヘレニック計画(HiPERB)」を発足させ、政府開発援助として1億6,340万ユーロを支出し、インフラ整備をした。翌年度にはこの援助額を5億5,000万ユーロに増額することになっていたが、今回の危機で、これはご破算になるだろう。
 ブルガリアには、ギリシアの豚肉加工工場、食料品小売業、繊維や縫製工場などが進出した。また建設、通信、エネルギー部門が、ルーマニア、ブルガリア、セルビア、マケドニア、コソボ、アルバニアなどに進出している。2005年には、バルカン諸国に対するギリシアの投資総額は35億ドルに達した。2007年には、ギリシア7大銀行が1,900の支店を持ち、23,500人を雇用している。
 ギリシアの金融危機が始まると、中央銀行は、銀行に対してバルカン諸国での貸付け制限を命じた。また、企業もバルカンから撤退を始めた。

5.ゼネストは続く

 IMF、EUの代表団のギリシア訪問にあわせて、ギリシアの2大労組ADEDY とGSEEは、2月24日、再びゼネストを決行した。農民がブルガリアとの国境を閉鎖したため、ギリシア向けのトラックは入ってこられなくなった。
 2月10日のストと同じく、今回も3万人が街頭に出て、デモをした。「組合旗」のほかに、「資本主義に反対する」プカードが多く見られた。今回もSyntamga広場で、敷石や、赤ペンキ、火炎瓶を投げて、議会内に突入しようとするデモ隊と機動隊とが衝突した。
 EUとIMFは、ギリシア政府の緊縮政策が実施されているかを監査するために代表団を派遣した。そして、ギリシアの悪名高い金持ちたちの数十億ユーロにのぼる脱税の摘発を点検した。
 さらに3月9日のワシントンでの米・ギリシア・サミットに続いて、3月11日、ギリシア本国では全土にわたり、300万人が24時間のゼネストを行なった。