世界の底流  
「コロンビア計画」について

2010年9月29日
北沢洋子

1.「コロンビア計画」とは?

 米国が、コカの栽培とコカインの取引を対象とした“対麻薬戦争”の名の下に、「コロンビア計画」を開始してから、今年7月で10年となる。クリントン大統領は、2000年7月13日、コロンビアに対する13億ドルの「パッケージ軍事援助法」に署名したのであった。
 「コロンビア計画」とは、同国のコカイン生産を5年間で半減することを目指していた。しかし、米国が支払った援助額は73億ドルに増加しているにもかかわらず、明らかに目標に達していない。
 しかし、「コロンビア計画」は、その過程で左翼のFARC(コロンビア革命軍)ゲリラの勢力を著しく弱め、10年前に比べると、勢力は半分になっている。また、コロンビア国家、とくに軍隊は2倍に膨れ上がった、などという“成果”を挙げている。たしかに10年前のコロンビアは、「破滅した国」に近かった。FARCが農村部を押さえ、大都市を脅かすほどであった。
 現在、FARCは、弱体化しており、守勢に立っており、多くのリーダーを失った。10年前にFARCは16,000人のゲリラを抱え、6〜7つの戦線で活動していた。現在では勢力はかつての半分になったが、FARCが消えたわけではない。
 9.11以後、FARCはテロ組織のリストに含まれることになった。しかし、1964年に創設されたFARCは、9.11事件とはかかわりがない。
 しかし、これらの“成果”には大きな犠牲を払わねばならなかった。大地主とエリート政治家たちと組んだ右翼の民兵が、何千人もの人びとを虐殺した。これらの民兵組織は数年前に、公式には解散させられたが、現在では、再編されたようだ。そればかりか、これら民兵と政府の高官との間のスキャンダルには終わりがないようだ。つまり、コロンギアが支払った“価格”は、腐敗であり、捜査逃れであり、人権侵害であった。
 今でも戦争は続いている。この10年間で、双方の戦闘員合わせて20,000人と民間人14,000人が殺された。そして、依然として、農民はコカを栽培しており、麻薬密売人はそれをコカインに加工し、北米、そしてヨーロッパに売っている。
 米国とコロンビアの政策立案者たちは、「コロンビア計画」を“成功”だと称えているが、
本来の目的を達していないばかりか、この“成功”には巨額の費用がかかった。コロンビアの治安は良くなっていないばかりか、かえって悪くなっている。大量虐殺、人権侵害、民主的制度は弱体化している。
 農村部のコカの栽培は、何年もの間、枯葉剤を空中散布してきたにもかかわらず、執拗に残った。そして、昨年、やっとコロンビア政府が空中散布から人間の手で焼き払うように変えてから、コカ栽培は、68,000ヘクタールまで減った。
 しかし、コロンビアでのコカ栽培の減少は、ただちに、ペルーとボリビアでの増産によって、帳消しになってしまった。つまり、この3カ国のコカ栽培面積は、2003年以来、15万ヘクタールを維持している。また、「コロンビア計画」はコカインの末端価格の値下がりを招いた。1998年に比較して、2007年には23%も安くなっている。これは、理解しがたいところである。

2.コロンビアの米軍基地条約

  今年7月24日、チャベス大統領は、建国の父シモン・ボリバルの第227回誕生日の祝典で、米国から送られてきた匿名の手紙を披露した。そこには、「米国がベネズエラを攻撃して、チャベス政権を打倒する計画がある」ことが書かれていた。その信書には、「ベネズエラの西方の国境に注意しろ」とあった。
 7月15日、コロンビア政府は記者会見を開き、「ベネズエラ政府がコロンビアの反政府ゲリラを匿っているという証拠がある」と発表した。次いで、7月22日に開かれた米州機構(OAS)の会議では、Luis Alfonso Hoyos コロンビア大使が、「ベネズエラ領内に80ヵ所のキャンプがあり、総計1500人のゲリラが駐屯していること」を示す高解像度の写真を披露した。そして、これらテロリストのキャンプを30日以内に閉鎖するよう最後通知を行なった。
 これに対して、ベネズエラのチャベス大統領は、ただちに外交関係を断絶すると共に、1、250マイルのベネズエラ・コロンビア国境に20,000人の軍隊を配置した。
 この出来事が始まる直前までは、両国間は雪解けに向かっていた。Juan Manual Santos
大統領の就任式には、チャベス大統領を招待したし、また、チャベスはベネズエラの外相とコロンビアの新任外相間の会合を承認した。
 チャベス大統領にとっては、コロンビアよりむしろ、コロンビアに対する米国の影響力の高まりが気がかりだった。7月12日、「コロンビア軍が侵入してくることが確実であり、米国がそれを後押ししている」と語った。
 ベネズエラにとって、米国は最大の石油輸出相手であるにもかかわらす、チャベスは、「コロンビアからの攻撃があれば、米国への石油輸出を停止する」と語った。
 ただちに、米国務省は、「ベネズエラを攻撃する意図はない」と反論した。これに対して、チャベスは「コロンビアが米国に主権を譲ったことが問題だ」と再反論した。
 チャベスの言う「主権の譲り渡し」とは、昨年10月に締結された「米・コロンビア協定」を指す。この協定は、米国がコロンビアの空軍・陸軍基地7ヵ所の使用を認めるというものであった。しかし、チャベス大統領だけが声高く非難しているわけではない。コロンビア国内では、労組、野党、人権団体、地方政府などが反対している。反対派の主な理由は、とくに2010年度の、4,600万ドルにのぼるパランケロ基地のための「ペンタゴン予算」が暴露されて以後、この協定が、「地域の緊張を高める」ことにつながるということである。そこには、これは、コロンビアのパランケロ空軍基地が、反米の脅威に対する米軍の「南米全体に対する包括的特別作戦」に使用される、と記されていた。
 この協定の批准について、当時のウリベ大統領は議会に対して、これは「これまでの協定の単なる延長に過ぎないので、議会の承認を必要としない」と主張した。そこで、憲法裁判所が、この協定を「違憲」と宣言した。
 コロンビアの市民社会は、「コロンビア・ノー基地連合(Colombia No Bases Coalition)」を設立した。これには150のコロンビアと米国の団体が参加している。これは、75の国際組織から成る「外国軍基地に反対する米州規模のキャンペーン(Continental Campaign against the Free Trade Area of the America)」に加盟している。これはかつて、米国が意図した自由貿易地域構想を打ち負かした「米州自由貿易地域協定に反対する米州キャンペーン」をモデルにしている。
 この地域の緊張を高めているもう1つの要因は、今年8月6日、ウリベからサントス前国防相に大統領の座が交代したことである。彼が国防相であった2008年、エクアドルのFARCゲリラのキャンプを攻撃している。チャベス大統領は、この事件を念頭に置いているのであろう。
 チャベス大統領は、コロンビア政府の非難を否定しているが、一方では、以前は支持を表明していたFARCからも一定の距離を置いている。「君たち、今は60年代ではない。ゲリラは武装闘争の戦略を再検討すべきだ」と発言したという。
 しかし、現実には、国境越しに行き交うゲリラの動静を把握するのは難しい。