世界の底流  
2つのサミット − G20とAPEC

2010年11月26日
北沢洋子

 昨年11月、ソウルで11〜12日に「主要経済20カ国(0G20)」と、横浜で13〜14日に「アジア太平洋経済協力(APEC)」という2つの首脳会議(サミット)が、韓国と日本で立て続けに開催された。と言うことは、ソウルのG20に出席した首脳の多くが横浜のAPECに移動しただけだった。大まかに言って、G20は為替と貿易収支の不均衡問題、APECは貿易の自由化問題が議題であった。
 いずれも、今日、世界が直面しているグローバルな経済・金融危機の解決にとって重要な課題であった。だが、決議の実効性については期待できない。なぜなら、G20、APECともに、世界中の192カ国が加盟する国連のような公式の国際機関で選出されたわけではなく、恣意的で、アドホックな集まりにすぎないからである。しかし、G20がGDPでは世界の90%、APECでは57.6%を占めているところから、ここでの合意は世界経済の帰趨を決める。その意味では、注目しなければならない。

1.ソウルのG20サミット

 G20には、従来の主要先進国のG8に、ヨーロッパ連合(EU)とオーストラリアを加えた先進国9カ国・1地域に、中国、インド、ブラジルなど新興経済国10カ国が加わり、計20カ国、それにIMF、世銀、WTO、OECDなどの国際機関が参加した。
 そもそもG20は、1999年に、20カ国の財務相・中央銀行総裁の会合として出発した。G20の首脳会議が始まったのは、08年、ワシントンの会合以降のことである。したがって、サミットに先立って開かれる財相会議の合意のほうが重要である。
 ソウル・サミットは、貿易収支の不均衡を是正することや、「通貨安競争」を回避することなどを盛り込んだ共同声明を発表した。
 まず、貿易収支については、巨額の赤字に悩む米国が「2015年までに赤字額、黒字額を対GDP比で4%以内とする」という提案を行なった。
 これに対して、人民元安でもって昨年10月末で2兆6,5000億ドルという世界一の累積黒字を溜め込んでいる中国や、円高で輸出が減ったとはいえ、依然として世界第2位の日本(1兆1,160億ドル)などの輸出依存型経済国が反対したため、「4%」という数値目標は声明文に盛り込まれなかった。
 一方、米国は未曾有の不況で消費が落ち込んだとはいえ、昨年10月の月間赤字額は450億ドルと世界一を記録している。

2.貿易不均衡の是正

 このような貿易の不均衡は、単なる現象に過ぎない。G20がこれを是正することに合意すれば、解決できるという問題ではない。
 第1に、貿易の不均衡は、主として米国に問題がある。個人のクレジットカードなどの借金、財政赤字のため国債を発行し続ける政府、多くの製造業が海外に移転してしまったため、競争力を失い、工業製品の輸入に依存している米国産業界などに原因がある。これはトリプル赤字と呼ばれる。米国経済の根本的な構造改革なしには解決されない。
 第2に、世界中がカネ余りの状態だということにある。これは、米国が巨額の軍事費を賄うために国債を乱発し、あるいは自国の巨大銀行を救済するために巨額の金融緩和をしているために、市場にドルがあふれ出たためである。
 現に、G20開催直前に、デフレを回避するために、米連邦準備制度(FRB)が、低利の600億ドルを市場に放出することを決定した。その結果、だぶついたドルが新興経済国に資本流入し、その国の通貨を上昇やインフレを招くことになる。ここから、「通貨安戦争」始まった。
 これには、ヘッジファンドや多国籍銀行などの巨大な投機資本が介在している。したがって、これら金融資本に対する国際的な規制が必要である。この規制は強制力を持ったものでなければならない。市民社会は、95年コペンハーゲンの国連社会開発サミット以来「金融取引税」の導入を唱えてきた。
 第3に、米政府が巨額のトリプル赤字を平然と続けていられるのは、ドルが世界の基軸通貨であるためである。これは、第二次世界大戦終了直前の1944年、ブレトンウッズ会議で米英が決めたことであった。
米国が軍事・経済ともに世界一の大国であった時代のことである。現在、米国は、その地位になく、また1971年以降、ドルは金兌換制度を廃止したため、ただの紙切れにすぎなくなった。
 FRBはドル紙幣を増し刷りし続けている。やがて、ドルが暴落するときがやってくる。その時、米国債を買いまくった日本や中国、ドル建ての石油代金を溜め込んでいる湾岸産油国などが破産する日が来るだろう。
 G20会議では、中国はドルに代わる基軸通貨として、IMFの「特別引き出権(SDR)」を提案している。SDRはドル、ユーロ、円などの主要な通貨の平均値であり、貨幣ではなない。しかも、IMFの最大出資国は米国であり、ドルの優位性は変わらない。
 ドルの基軸通貨制度に対抗するものは、EUをモデルにしたさまざまな地域連合の共通通貨構想である。アジアには、すでに「チェンマイ・イニシアティブ」と呼ばれる通貨基金構想がASEAN+3(日・中・韓)の間で発足している。またベネズエラが提唱する「南米諸国連合」や、「アフリカ連合(AU)」などでも共通通貨創設の動きもある。
 米国のトリプル赤字、絶え間ないドル紙幣の放出などをやめ、根本的に米国のネオリベラルな金融・経済体制を変革することなしに、新たな基軸通貨を創設することで解決できない。
 今回、G20は、現在の経済・金融危機の解決に、IMFの役割を強化することを決めた。これは間違いである。なぜならIMFはむしろ危機をもたらした元凶である新自由主義政策を推進してきたからだ。その結果、現在のグローバルな危機をもたらした。
 現在IMFがやっていることは、危機に見舞われた国に救済融資をし、それをテコにして緊縮財政を強制する国際金融機関に変質してしまった。このIMFの改革は、いくらかの新興経済国(ブラジルやインドなど)の出資比率を高めることで、終わるのではない。
 IMFはこれまでのような融資機関であることをやめ、経済・金融危機を未然に警告するという、本来の業務を遂行すべきだ。その場合、米国のトリプル赤字や日本の借金財政などが、真っ先に警告の対象になるだろう。

3.貿易の自由化

 第18回APECサミットは、21カ国・地域が参加して、横浜で開催された。サミットを頂点として、事前にさまざまな分野での閣僚会議が開催された。
 APECは「アジア・太平洋」と名乗っているが、アジアではインドなど、また太平洋では島嶼国が参加していない、一方ロシアなどのヨーロッパが参加しており、非常にアトランダムである。むしろ「環太平洋」と言うべきである。またAPECの性格も緩やかなフォーラムであるため、「会議」と呼ばれないし、決議や宣言などは、参加国に拘束力を持たない。
横浜APECでは専ら域内の貿易の自由化が議論された。これは、94年、インドネシアで開かれたAPECサミットで「2010年までに、先進国は域内の貿易を完全に自由化」という「ボゴール宣言」を、「超えて」という表現を使って、APEC加盟の先進国は事実上無視したのであった。
 貿易の自由化をめぐっては、WTOなどでの議論が進展しないところから、米国や日本などの先進国は、APECに大きな期待をかけたのであった。
 APECサミットは「横浜ビジョン」という宣言を採択した。これには、「環太平洋地域」の貿易・投資の自由化の達成手段として「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)」構想なるものが盛り込まれている。しかし、FTAAP構想には、さまざまな思惑があって実現には遠い道程がある。なぜならば、この地域には、すでにASEAN、ASEAN+3、東アジア共同体構想ASEAN+3にインド、オーストラリア、ニュージーランドを加えた)など、さまざまな地域協定がある。これらに共通しているのは、米国が入っていない。したがって、米国、そしてその意を汲んだ日本などがFTAAP構想の推進に熱心であり、中国などが、これに留意を示している。
 APEC開催前、菅首相は、「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)」に加盟しないとバスに乗り遅れると言って、参加の方針を打ち出した。
 これは、日本が、二国間の「自由貿易協定(FTA)」の達成率が非常に低いことから、危機感を抱いたことから来ている。しかし、日本が提案した「20年にGTAAPを実現する」という文言も採り入れられなかった。
 また、途上国にとっては、貿易の自由化は、工業製品などの輸入関税の撤廃を意味し、発展途上にある自国の脆弱な産業、とくに中小企業に打撃となる。
 さらに議長国として、菅首相は、環太平洋地域の共通の成長戦略を提案し、これにGDPに占める研究開発費、エネルギー効率の改善度などに具体的な数値目標を設定することを提案した。これも中国など新興経済国が「服のサイズが1つだけしかないと全員の体には合わない」といって、反対したため「宣言」に盛られなかった。