世界の底流  
ロンドンG20サミットとIMF・世銀の春季会議
2009年5月4日


 IMF・世銀の春季会議

 4月24〜26日の3日間、ワシントンで、IMF・世銀の春季会議が開かれた。この春季会議では、4月2日、ロンドンで開かれた「金融危機に対するG20サミット」で採択されたコミュニケの中の、多国間金融機関に課せられた任務を明らかにし、執行することが期待されていた。
 それは、金融危機が深刻な影響を及ぼしている途上国(G20用語ではVulnerable Countries=脆弱国)に対する支援が必要なのだが、そこでIMFが果たすべき役割を明らかにした。G20は、IMFの資金の増加拠出と、これまでIMFが手を付けてこなかった早期警戒機能という新しい任務を与えた。
 一言でいうと、ワシントンの春季会議は、IMFが保有している金の売却とIMFの「特別引出権(SDR)」の拡大(2,500億ドル)などについて僅かな前進が見られたが、貧困国に対する無利子の融資の拡大など積極的な政策を打ち出すことに失敗した。
 IMFは、日本や米国が拠出金を増やすことを約束したのだが、問題はIMFの構造調整プログラムという「条件」の撤廃がなされなかったことである。
 世銀については、貧困国に財政援助する「脆弱国融資基金(Vulnerability Financing Facility)」に対して、英国だけが拠出金の公約を行なっただけに終わった。そして、この基金の性格はあいまいである。これではIMFが資金と機能が強化されたのに比べて、世銀は、大きく遅れをとったことになる。

2.ロンドンのG20金融危機サミット

(1)米国とEUの対立

 ロンドンで開かれたG20サミット前に、金融危機への対応策を巡って米国とEUの間に亀裂があると、盛んに報じられた。3月11日付けの『インターナショナル・ヘラルドトリビューン』紙によると、米国が「まず景気刺激策をとして財政出動」を主張しているのに対して、EUが金融資本に対する規制を厳しくすることを主張している、ということだった。
 3月13日の『フィナンシャル・タイムズ』紙は、日本が、金融市場への規制強化ではなく、米国の財政出動の刺激策を支持する、と報じた。
3月4日の『フィナンシャル・タイムズ』紙によると、EUの中でも、規制の強化を唱えているのは、フランスのサルコジ大統領であったという。サルコジは、これを「アングローサクソン資本主義モデルからの決別」と評していた。
 しかし、G20サミットでは、伝えられていたような対立は起こらなかった。事前にEUや『フィナンシャル・タイムズ』紙がキャンペーンしていたような「独立した国際規制機関の創設」などの提案は議題にもならなかったばかりか、1兆1,000億ドルの景気刺激策ばかりが大仰に宣伝された。
 G20サミットは、G8サミットに比べるとましだが、「危機の原因を明らかにする」「金融システムを改革する」などという昨年11月の最初のG20サミットでの申し送り議題は忘れ去られたようだ。
 
(2)ロンドン・サミット以前に開かれたサミット

 G20サミットに向けて、数多くのサミットが開かれた。その中で、最も重要なのは、2月13〜14日、ローマで開かれたG7の蔵相会議であった。G20とBRICの蔵相か合着は3月14日、英国のHorsham で開かれた。
 EUの会議は3月19〜20日、ベルリンで開かれた。EUサミットの声明では、「すべての金融市場、すべての金融商品、すべての投資家を対象とする包括的な規制枠組み」に合意した。この中に、ヘッジファンドも含まれる。これはフランスードイツ枢軸の勝利と言われた。しかし、ほとんどのヘッジファンドの本拠シティを抱える英国は、これに留保した。
 3月30日、G20サミットのコミュニケ草案がリークされた。
 ロンドン・サミットには、ホスト国首相の名前で、G20国首脳に加えて、スペインとオランダの首相、アフリカNEPAD議長、ASEAN議長、アフリカ連合(AU)委員長、EU委員長などが呼ばれた。

(3)ロンドン・サミットのコミュニケについて

 では、4月2日、ロンドンではなにが決まったのか。G20は鳴り物入りで「1兆1,000億ドルの景気刺激策に合意した」と宣伝した。これは目も眩む額ではあるが、実際には、ロンドン・サミットで、新規に、公約された額は、1兆1,000億ドルのうち、約半分に留まった。そして、これはほとんど融資であって、グラント(贈与)ではない。
 一方、根本的な経済改革には、コミュニケは全く触れていない。IMF・世銀に対して、これら国際金融機関を改革するというプランもなしに、ただ資金を注ぎ込むことになった。
 では、この1兆1,000億ドルはどこへ行くのか?
 最大の受益者はIMFである。IMFは、うち5,000億ドルを新しい資金として、また2,500億ドルをSDR用の資金として受け取る。IMFに対して5,000億ドルの中で拠出を公約したのはまだ半分に過ぎず、また、その多くはすでに発表されたものである。たとえば、日本が1月に1,000億ドル、EUが1,000億ドルの拠出を3月に、すでに発表している。
 ロンドンで新たに拠出額を公約したのは、中国の500億ドルでしかなかった。しかも、中国は多国間金融機関のガバナンス問題が解決するこという条件付きである。しかも500億ドルとは、1兆1,000億ドルという巨額から見れば、大海の1滴でしかない。
 IMFが受け取ることになっている5,000億ドルの残りの半分2,500億ドルは、G20政府が、十分な財政資金があるとき、また、4月のIMF・世銀春季会議で前進が見られえた時、という条件がついている。
 IMFのSDRとは、実体のないカネである。SDR用の2,500億ドルの中で、途上国・市場移行国に向けられるのは、1、000億ドルである。IMFの融資は、通常、「条件」がついているが、SDRにはない。しかし、SDRの受取国は利子を支払わねばならない。
 ちなみに、SDRは資金の拠出高に応じて投票権が決まるので、先進国が最も多く受け取ることになる。
 G20は、多国間開発銀行(MDBs)の年間融資額を1,000億ドルふやすことに合意した。MDBsとは非常に曖昧な言葉である。通常、これは世界復興開発銀行(世銀)と取られるが、そうでない。この中の一部が企業の貿易保険である国際金融公社に向けられることがすでに決まっている。また、アジア開発銀行の資本金を200%増やすことに使われる。このほか、米州開発銀行やアフリカ開発銀行の資本金の増額に向けられる。
 ロンドンで世銀は、脆弱国融資基金への資金拠出の公約を取り付けようとしたが、G20は、「これは拠出しようとする国と個別に交渉をするものだ」と拒否された。ロンドンで公約したのは、英国だけだった。だがそれも、ODAから2億ポンドをこれに拠出するということだ。
 G20は、世銀が人口が多い国に対する融資の上限を増やすこと、また低所得国に対して、持続可能な債務という条件付きで、市場利子で融資する、ことを求めた。

 貧困国に向けられる資金は?
 1兆1,000億ドルのなかで、低開発国49カ国に対して向けられる額は、その5%にあたる500億ドルにすぎない。コミュニケでは、その詳細は判らない。ブルセッルにあるEURODADによれば、IMFの金売却から3年間で600億ドルが当てられると推測している。またSDRから190億ドルの追加のソフトローンが向けられる。
 G20コミュニケでは、IMFの200億ドルのソフトローンを倍増するよう呼びかけている。
 コミュニケの草案にあった「向かう2年間に2,500億ドルを貿易に融資する」という文言は削除された。

IFIsのガバナンスと条件問題
G20コミュニケは、国際金融機関のガバナンスの改革については、一言も触れていない。少なくとも、IMFへの巨額の資金供与については、救済融資に際して、悪評高い緊縮政策を押し付けることを辞めるという明確なコミットメントが必要である。
 コミュニケには、途上国に対する採決権を増やすことについては、「より大きい発言権と代表権」という曖昧な表現で書かれている。
 多分、この採決権問題は、2013年に再検討されることになっているが、2011年に前倒しされるだろう。ここで、米国のように採決権を「新興国」に増やすのか、あるいはイタリアのように最貧国に増やすのか世銀は2010年の春季会議までに「世銀ガバナンス改革案」を出しているが、IMFのほうは明確にしていない。
 IMF、世銀ともに専務理事や総裁などの最高人事をヨーロッパと米国から出すという不文律があるが、これも「透明性の高い、能力を基にした」選考を検討していくことになった。

「タックスヘブン」について
 「タックスへブン」は廃止されるべきである。これは誰でも賛成するだろう。しかし、廃止するには、まず、個人や企業がタックスヘブンに資産を預けることを法的に違法としなければならない。そして、タックスへブンの機能を持つEUのオーストリア、ベルギー、英国、ルクセンブルグやスイスなどが銀行の秘密主義を禁止するべきである。
 しかし、G20は何らこのようなことに触れなかった。
 ヨーロッパのNGOと大陸ヨーロッパの政府は、ロンドン・サミットに向けて、「タックスヘブン」問題をキャンペーンしてきた。ケイマン島やジャージー島など有名なタックスヘブンを抱えている英国も口先だけのキャンペーンを行なっている。
フランスのサルコジ大統領やドイツのメルケル首相などは、この問題で満足な決議ができなければ、退場するとまで言っていた。しかし、会議の席上では、2人とも妥協的な態度であった、
 これについて、G20は、リクエストがあれば、脱税が疑われる個人、企業の情報を交換するというOECD案を追認するに留まった。これは、Tax Justice NetworkなどNGOがキャンペーンしている、「強制的、自動的な情報の交換」とは異なる。
 G20のコミュニケには、途上国政府が企業の脱税などを捜査するための手段、国別の金融情報の公開などは、全く触れていない。
協力を拒んでいるタックスヘブンのブラックリスト名の公開については、大宣伝がなされたにもかかわらず、G20が出した国名は、ウルグアイ、フィリピン、マレーシア連邦のラブアン、コスタリカの4カ国であった。これらは有名なタクスヘブンの国ではない。
 これでは、「銀行の秘密主義は終わった」「制裁を課す時が来た」などというレトリックは通用しない。
3月に開かれたG20蔵相会議では「金融安定化フォーラム」をG20国に拡大し、「金融安定化理事会(FSB)」と改名することになった。しかし、これは「調整を推進し」「金融システムに係る脆弱性を検討する」「ガイドラインを作成する」時助言する役割でしかない。
 G20サミットに向けて議論が沸騰していた「銀行の規制」問題は驚くほど僅かなことしか決まらなかった。「銀行のミニマムな資本規定」については、危機が解決するまで、変えることはしない。そして、評判が悪いBasel II、すなわち、銀行資本金の枠組みはそのままに置かれた。
 銀行が抱え込んでいる「毒入りの資産」については、大きな問題であるにもかかわらず、国内の規制に任された。サミット後のブラウン英首相の記者会見では、彼の言う「薄暗い銀行システム」は「ついにグローバルな規制がかけられることになった」と述べた。しかし、コミュニケには「制度的に重要な金融機関、市場、契約手段などは、適切な規制の対象となる」と言う極めて慎重な言葉で表現されている。
 FSBとIMFはともに、「制度的に重要な」手段なるものを決める役割を担わされた。多くのヘッジファンドや信用格付会社に対して、「登録制」にすることが提案された。しかし、ヘッジファンドをどのように規制するかについては、何も決まらなかった。
 信用デリバティブ市場は、「標準化」されることになった。しかし、その施行は企業に任された。

グリーン産業について
 G20は、「低炭素経済」へのコミットメントする絶好のチャンスを逃がした。コミュニケは、「回復力のある、持続可能な、グリーンの回復を実現するために」、財政刺激資金を「最も有効に使う」と言っている。しかし、そこには財政刺激資金の中からどれだけグリーン・プロジェクトや技術や雇用に振り向けるのかははっきりしない。
 この問題に関しては、12月に予定されているコペンハーゲンの国連気候変動会議に委ねられる。しかし、G20のコミュニケは、とくに先進国がグリーン政策に熱心でないことを暴露している。
自由化はまだ続く?
 コミュニケには、いまだに「市場原則にもとづく開かれた世界経済」を謳っているが、一方では「効果的な規制と強いグローバル機関」という表現を加えることによって、バランスをとっている。
 貿易については、「過去の保護主義の誤りを繰り返さない」としながらも、「ドーハ開発ライウンドn野心的、かつバランスの取れた終結」を謳っている。これは昨年12月、ワシントンで開かれたG20のコミュニケから全く前進していない。G20はドーハラウンドがもたらす経済効果を1,500億ドルと控えめな見積りを出しているのは、興味深い。

3.G20サミットに対する反対デモ

 ロンドンのG20サミットに対する反対デモは、インド、フィリピン、インドネシア、スペイン、ドイツ、フランス、オーストリア、イタリアなどで行なわれた。ロンドンでは、サミットに先立って、3月28日(土)、「雇用、正義、気候」のスローガンを掲げて35,000人がデモをした。これは開発、環境、宗教界、労働組合などで成る「160−plus Put People First Alliance」によって呼びかけられた。同時に、市民社会グループはG20のコミュニケと対照的な声明を発表した。
またロンドンのデモでは「G20はシステミックな危機を解決する正当なフォーラムではない」と述べている。
 1月にブラジルのベレンで開かれた世界社会フォーラムでは、600団体が「Let’s Put Finance in its place」というスローガンの声明を発表した。これには、G20がまったく無視した項目が書かれていた。すなわち、「資本の流れを規制」する、「銀行や金融機関の市民によるコントロール」などである。

4.国連の新しい役割

 ロンドンのG20サミットの1週間前、3月19日、ニューヨークの国連総会議長が任命した「国際通貨金融シツテム改革専門家委員会」の第一回勧告書が発表された。委員会のジョセフ・スティグリッツ議長は
「危機の救済策は、貧困国の保護を第一義とすべきである。そして、長期には新しい危機の再発を防ぐ措置をとると同時に、途上国の開発政策を強化する持続可能な金融を打ち立てるべきである」と言っている。
 また、勧告書には、「ルーズな通貨政策、不適切な規制、抜け穴だらけの監視体制、金融市場に対する不適切な評価などが金融の不安定化をもたらした」と述べた。
 勧告書が長期的な改革として提起している項目は、人びとを驚かせるものがあった。例えば、国際通貨としてのドル依存を止めるという要求に答えて、「新しいグローバル準備金制度」を提案している。
 スティグリッツ委員会は、また、国連に「グローバル経済理事会」を創設することを勧告している。これは、G20タイプの機構を国連の傘下に置くことを狙っている、3月23日付けの『フィナンシャル・タイムズ』紙と報じている。
 スティグリッツ委員会は、G20サミットよりもはるかに市民社会の参加については、オープンであった。ニューヨークの国連本部では、100団体以上のNGOが、委員会と対話を持って。
 国連では、先にドーハで開かれた「国連開発融資サミット」のフォローアップとして、6月1〜3日、Miguel d’Escoto国連総会議長の呼びかけで、国連サミットが開かれることになっている。国連事務局の開催でないというのは、一部の先進国が反対しているから。
 この会議にどれだけの国家首脳が参加するかは疑問である。なぜなら、G20が今年中にもう一回サミットを開催することになっているからである。

 次回のG20サミットの開催地として、イタリア、フランス、日本、韓国が名乗りを挙げている。