世界の底流  
IMF・世銀の2009年春季総会
2009年8月28日


 1.はじめに

 4月24〜26日、ワシントンで、IMF・世銀は2009年春季総会を開催した。この会議は、4月1日、ロンドンで金融経済危機について開催されたG20会議の直後であった。G20は、金融経済危機に対処するために、総額1兆1,000億ドルに上る財政出動に合意し、その中のかなりの額はIMFのチャネルを通じて、途上国と市場移行国(大部分は旧東欧)の金融経済危機に対する救済融資に当てられる。
 春季総会は、このG20の決定を実施に移し、同時に、必要な資金を確保するための最初の機会であった。同時に、春季総会は、G20コミュニケの「曖昧な部分」を明確化する重要な機会でもあった。
 しかし、それは必ずしも達成したとは言えない。なぜなら、この1兆ドルを越える巨額な資金の大部分は、G20の単なる宣言(アナウンスメント)に留まっており、実際に、メンバー国が拠出するという保証はない。また、仮に、全額拠出したとしても、途上国の開発に正しく使われるという保証もない。(表1参照)
またIMFは、依然として、融資の際、厳しい「コンディショナリティ」を課しており、また低開発国に対する融資額は非常に少ない。

2.春季総会のプログラム

 IMF・世銀総会では、主要24カ国からなる「開発委員会(Development Committee)」と「国際通貨金融委員会(IMFC)」という2つの会議が開かれる。これは、米、日、英、独、仏のG5に加えて、拠出金の額に応じて選出された、それぞれ24カ国によって成り、両機関の理事会のメンバーと重複している。
 開発委員会では、グローバルな経済危機の分析と国際金融機関の役割が主な議題であった。その審議の背景として、G20から依頼された世銀スタッフが「2009年グローバル・モニタリング報告」「世銀グループ内部のガバナンスのレビュー」「世銀グループ内での途上国と市場移行国の発言と参加を強めるために経過報告」という3つの文書を提出した。
 IMFCでは、まずグローバルなマクロ経済と金融市場の現状について審議された。それを受けて、IMFの危機に対する対応などが議論された。それには、中所得国、低開発国それぞれに対するIMFのプログラム、融資のメカニズムなどについての「改革」が議論になった。
 さらに、G20が提案した「IMFそのものの改革案」などについても議論された。これには当然IMFのガバナンス問題も入っている。しかし、南アフリカのトレバー・マニュエル蔵相の「IMFのガバナンスに関する報告書」は、なぜか、IMFの理事会が出した議題案の中から外されていた。
 ワーキング・ランチでは、IMFの新しい資金問題が議論された。それは、IMFの保有する金の売却、SDRの配分、など従来からあったメカニズムと並んで、新たな「新しい借り入れ枠(NAB)」の拡大についても議論された。
 IMFのスタッフが提出した資料は、シュトラス・カーンIMF専務理事の「IMFの危機に対する対応と改革案について声明」「2008年10月〜2009年4月22日間のIMFの政策の主要な発展」「独立評価機関の活動についての進行報告」の3本であった。

3.IMFがアップ、世銀がダウン

 G20ロンドン・サミットでのIMF関連の決議は、春季総会の重要な議題であった。
 とりもなおさず、それはIMFの資金の追加に関連して、危機対応能力の強化が議論されたことである。
 国連の「金融改革委員会」は、今回のIMFの危機対応に批判的である。それは、相変わらず、IMFが厳しい「コンディショナリティ」を課しているところにある。先進国では、危機に対処するために財政・金融の大幅な緩和政策が採られているのに対して、途上国や移行国に対するIMFの「コンディショナリティ」は非常に厳しいからである。
 総会では、IMFは新規の資金を約束された。しかし、IMFが十分に政策の改革を進めていないことについて危惧する向きがある。たとえば、中所得国に対する「コンディショナリティのない新しい基金(New Conditionality- free facilities、NCFF)」が準備されることになった。これは正しい方向である。しかし、すべての国がこの基金を受けることが出来るのではない。
 世銀については、どれだけ、いかにして、基金を増やし、融資を増やすのかの点では、G20コミュニケでは曖昧になっていた。G20は、一応、世銀のガバナンス改革の速度をはやめよとは言ってはいるが、G20の中の先進国メンバーは世銀のガバナンスの徹底的な変革を望んでいない。また、G20は、世銀の「弱小国に対する融資基金(VFF)」にどれだけの額を拠出するかについてのコミットメントを故意に避けた。本来は、先進国での財政出動の一部を貧しい国に拠出するべきだったのだが。これまでのところ、VFFへの拠出金をコミットしているのは英国1国に留まっている。
 このままでは、莫大な資金増額を約束されたIMFに比べて、世銀の地位が低下するのは目に見えている。世銀は新しい資金を保証されていないからである。

4.IMF増資の内容

 ロンドンG20では、危機に対策として、新たに1兆1,000億ドルの財政出動に合意した。この総額のうち、7,500億ドルがIMFに供与されることになっている。その中で新規の増額分は、5,000億ドルである。

 表1を見て明らかなように、今年7月8日現在で、実際にIMFへの拠出金の増資を決定したのは、日本1カ国に留まっている。日本とIMFは、2009年2月に2者間協定に署名した。そのほかの国は、単にアナウンス、もしくは、コミットメントに留まっている。なぜなら、IMFは公約を実現させるシステムもメカニズムも持っていないからである。
 IMFは、現行の割当(Quota)システムによる2,250億ドルに加えて、新規の資金として5,000億ドルが約束された。ここでは、今のところ日本の新規拠出分1,000億ドル分しか使えない。
 現行の2,250億ドルのうち、5月末までに拠出が明らかになっているのは、1,200億ドルに過ぎず、残りの1,050億ドルは、まだコミットメントもされていないので、使えない。 
 途上国、および「金融改革に関するスティグリッツ委員会」は、共に、IMFに対して、加盟国全般に割当額を増やすか、あるいは、選択的に割当額を増やすことを要求している。なぜなら、このほうが、長期的にIMFの融資額を増やすことになり、一方では、IMFでの先進国の優位を崩すことにつながるからである。
今年3月に開かれたG20の蔵相会議では、ブラジル、ロシア、インド、中国が、共同で、IMFの割当額の増加を要求した。割当を増加させることは、彼ら巨大新興市場国にとっては、巨額の外貨を保有しているところから、拠出を増やすことは容易だ。
 IMFに対する新規の拠出分は、「新しい柔軟なライン(FCL)」と「スタンダード・スタンバイ・アレンジメント(SBA)」の2つのメカニズムを通じて途上国融資に回される。FCLには「追加のコンディショナリティが付いていない」とはいえ、マクロ経済の安定、低いインフレ率、財政の黒字化、または僅かな赤字額、一定額の外貨を保有などという「健全な(Sound)政策」だとIMFが判断した国に限られる。
 これまで、FCLを受けた国は、メキシコ、ポーランド、コロンビアなど3カ国に留まっており、それぞれ、割当額の1,000%の融資を受けた。

5.IMFは途上国のニーズに対応できない

 第1の問題は、これまでにコミットメントされた増資分で、中所得国の資金ニーズを賄い切れないという点である。多くの中所得国が経済不況に陥り、FCLの融資を要請するという最悪のシナリオでは、IMFがコミットメントされた増資分のすべてを実際に受け取ったとしても、なお不足する。まして、低開発国向けには、もっと不足する。
 
 表2で明らかなように、中所得国がFCL融資を大幅に要求したとしても、先進国が公約通りに増資額を支払うならば、IMFは資金難に陥ることはない。
 しかし、多くの市場移行国が、突然、資本の国外流失と金融危機に見舞われた場合、IMFの資金はこれらの国のニーズを満たすことはできない。たとえば、韓国の97/98年救済融資パケージ総額は、現在、IMFのFCL総額の2倍であった。したがって、最近、東欧諸国で実施したように、IMFは、先進国政府と協調融資を行う必要があるだろう。
 去る3月、世銀は「途上国では2,700〜7,000億ドルの金融損に陥るだろう」と推計した。また4月に、国連は、途上国の危機に対処するためには、1兆ドルの資金が必要だ、と報告した。
 最近、世銀が発表した『グローバル開発金融レポート』によると、途上国・市場移行国97カ国で必要な融資額は、2009年1年間だけでも、3,520〜6,350億ドルにのぼると推計している。これは、IMFやG20がコミットメントした額をはるかに上回る。

6.IMFの融資のコンディショナリティとは

 第2の問題は、FCLにアクセスできないために、SBAによる融資を要求しなければならない途上国に対するコンディショナリティ政策についてである。
 コンディショナリティには「構造的」と「量的」という2つのタイプがある。
 去る3月、IMF理事会は、世銀が「構造的パーフォーマンス範疇(SPC)」と呼んでいるコンディショナリティのすべてのカテゴリーを廃止することを決定した。このわずか1年前には、IMFはコンディショナリティの一部の廃止要求さえ否定していた。
 SPCとは、IMFが、融資期間中、借り入れ国に対して経済政策、あるいは経済構造の変更を強制する時の「条件」である。しかし、このようなコンディショナリティを廃止するということは、必ずしも、構造改革の強制がなくなるということではない。
 IMFは、融資する以前に、これらの「条件」を実施していることを条件にする。また、法的な強制力はないが、政策の変更を強制している「構造的ベンチマーク」なるものを、依然として用いられている。IMFの構造的コンディショナリティは減ったのではなく、焦点と部門を移しただけである。
 量的なコンディショナリティも問題である。90年代、アジアで見たように、IMFは、借り入れ国に対して、グローバルな不況が終わり、調整が可能になる時間を与えるのではなく、即時に財政調整を行うことを要求した。
 たとえば、グローバルな不況の最中に、ハンガリアでは公務員の給与を15〜20%引き下げさせた。ラトビアでは、財政赤字をGDPの5%以下に減らすためと言って、IMFは同様なことを行った。ルーマニアでは公共投資を2009年、2010年ともにGDPの1%、2011年には1.5%に減らすことを強制した。同時に、東欧では、多くの国が通貨の切り下げがあった。通貨の切り下げと公共投資の削減は、グローバルな不況下で輸出が減ったため、一層不況を悪化させた。
 多くの人びとが「条件のない基金(Conditionality−free facilities CFF))」の設立を推進している。国連のスティグリッツ委員会は、もっと多くの資金を必要だと言っているが、一方では、ガバナンスに欠陥のあるIMF に基金を任せられない、とも言っている。また、豊富な外貨準備金を所有している国は、IMFのガバナンスに不満をもっている。
 これらの国は、「コンディショナリティのない基金(CFF)」を通じて融資されるならば、安心して増資に応じるであろう。この基金では途上国がより大きな発言力を持つ。
 市民社会は、IMFの金売却時の価格は、売却を決定した時点での予想額を上回っているので、その部分をコンディショナリティのない、債務支払いのモラトリアム(一次猶予)の資金に回すべきだと言っている。

7.SDRの援用

 もう1つの「コンディショナリティのない基金(CFF)」は、IMFの中にある「SDR(特別引出権)」である。
 G20で合意した2,500億ドルの中で、67%にあたる1,680億ドルが高所得国に融資されることになっている。中所得国や低開発国には、820億ドルしか充当されない。IMFの中では、SDRにはコンディショナリティが付いていない、唯一の基金であるが、SDRを使った場合には利子を支払わねばならない。
 820億ドルでは、あまりにも少なく、とくに中所得国のニーズに応えることは出来ない。中所得国では、資本の流入が突然停止した場合、GDPの20%の救済融資が必要となるからである。
 先進国は、経済成長を促進するために、大量の財政出動を行うが、低開発国では資金がないので、それが出来ない。低開発国には、160億ドルの救済資金がSDRに供与されている。
 世銀のチーフエコノミストのYifu Kinは「低開発国向けのSDRは、GDPの3〜5%の救済資金が必要だ」と言っている。
 低開発国向けには、SDRのほかに贈与、無利子の融資、税回避の取締り、債務返済のモラトリアムなどといったさまざまな救済融資のメカニズムを考えなければならないだろう。

表1

G20のIMFへの拠出金の公約と実施状況

表2

FCL融資を必要とする一部の中所得国