世界の底流  
脱ドル化について
2009年5月6日
 
1. 中国人民銀行総裁のホームページ

 ロンドンで開かれたG20サミットの直前、3月23日、中国人民銀行の周小川総裁の論文が掲載された。
 論文には、「金融危機の拡大は、現在の国際通貨システムの欠陥に由来する」として、「基軸通貨としての米ドルには限界がある」と書かれていた。3月28日付けの『朝日新聞』は、周論文を「中国の外貨準備は約2兆ドルで、1兆2,000億ドルに上る米国債保有高している。これは世界一だ」として、「4月2日のロンドンでのG20サミットや米中首脳会談を前に、米国に揺さぶりをかけたものだ」と評した。
 周論文は、3月上旬に、北京で開かれた全国人民代表大会の際に、温家宝首相が「中国は、巨額の資金を米国に貸しており、その資産の安全には関心がある。正直に言えば、私は少し心配している」という発言を受けたものと思われる。
 周論文は、「基軸通貨を発行する国家は、国内経済の安定と基軸通貨への国際的な需要を満たすという矛盾した目標を同時に抱える」と分析している。
 そこで、周論文は、ドルの代わりにIMFの「特別引き出し権(SDR)」を提案し、「SDRの使用範囲を拡大し、今後基軸通貨として活用していくこと」を提案した。
 これに対して、3月24日、オバマ大統領は、「ドルは現在、極めて強い。なぜなら米国が世界最強の経済で、政治システムも最も安定していると投資家が考えているからだ」と述べ、「新たな機軸通貨の必要はない」と反論した。しかしガイトナー財務長官は3月25日、「ドルは支配的な準備金である」としながらも、「米国は、SDRの使用範囲の拡大には、極めてオープンである」と述べた。この発言を受けて、ニューヨーク為替市場では、ドルが急落した。
 ロイター通信は、3月31日、ロシアのメドベージェフ大統領が、ドイツでの記者会見で、「通貨システムも含む新たな体制を作らない限り、これから10年の繁栄はない」とまで言った。またロシアのAndrei Dnisov外務副大臣も、新しいグローバルな通貨と金融秩序について国際協定を草案するために政府と専門家の会議を提唱した。
 フランスのサルコジ大統領とともにロンドン・サミットに出席したラガルト財務相も、ロイター通信に対して、「これから別の会議の場で、話し合う必要がある」と語った。
 フランスは中国の動きに追従したようだ。しかし、ドル問題をG20サミットで取り上げることはなかった。
 3月27日の『フィナンシャル・タイムズ』紙は、国連が任命したスティグリッツ委員会が、「米ドルに代わるグローバルな準備金システムの創設」を提案した、と報じた。同委員会は、現在の危機の下では、ドル基軸通貨制度は「貧しい国が、国内の経済を刺激するために使うのではなく、ほとんどゼロ金利で金持ち国に貸していることになる」と述べた。そして、「現在のシステムは、世界的な不安定性を作り出している。なぜなら、米国の連邦準備金のバランスシートと米国の巨額の債務がその不安定性の原因だからだ」と述べている。
 米国の対外債務は10兆ドルを超えている。これは途上国の対外債務総額の75倍である。4月1日の『フィナンシャル・タイムズ』紙は、「米国は、最後には、ドルを切り下げるか、破産宣告をせざるを得ないだろう」と書いている。これでは、合わせて1兆6,000億ドルの公的ドル債権を持っている中国、日本、インドなどのアジア、そして石油取引をドル建てにしきた湾岸の産油国は一体どうなるだろう。
 G20サミットのコミュニケ第19項では、「我々は、グローバルな通貨の流動性を増やすために、SDRに2,500億ドル追加することに合意した」とある。
 4月3日付けの英紙『テレグラフ』は、「SDR は、世界通貨のウエイティング・リストに載ることになった。これによってIMFの力は増し、しかも、これは国家の主権の外で行われる。多分陰謀史観を喜ばせるに違いない」と報じた。
 そして、「新たに創設された金融安定化評議会は、グローバルな金融規制、あるいはグローバルな中央銀行創設の第1歩であろう」とまで評している。

2.SDRとは何か

 1969年、IMFが加盟国の外貨準備を補助するものとして、IMF内に創設された。
 SDRは、米ドル、ユーロ、円、英ポンドの通貨バスケットで価値が算出されるが、ハードな紙幣ではない。5年毎に、その構成内容は検討されることになっている。加盟国は引き出し権を持っている。その割り当ては、国のGDPの大きさによる。しかし、しばしば、緊急時に例外がある。例えば、97年のアジア危機では、韓国は引き出し権の2,000倍のSDRをIMFから引き出した。
SDRをハード通貨にするためには、(1)IMF加盟国間で任意にSDRとハード紙幣と交換する。(2)IMFから多額の外貨を持っている国を指名してもらい、SDRを買ってもらう、という2つの方法がある。
 SDRとハード紙幣との交換には、IMFのスタッフは介在しない。したがって、IMFの条件はつかない。しかし、SDRをハード紙幣と交換する時、比較的高い利子を相手国に払わねばならない。
 これまで、SDRの引き出しには、IMF加盟国の85%が賛成しなければならない。そして、引き出し権を持っている国は194か国中144カ国に過ぎない。1981年以降にIMFに加盟した中欧、東欧、中央アジア諸国にはSDRは与えられていない。
 したがって、SDRを世界通貨にするには、多くのプロセスが必要である。グローバルな金融危機に対処することが出来るようにするには、SDRそのものを変えねばならない。
08年末、世界の中で外貨保有国が持っている外貨の総額は6兆7、000億ドルであった。IMFは、これに見合う額のSDRを準備しなければならない。

3. 浮上する地域紙幣

 基軸通貨としてのドルは、米国政府によって発行されている米国の紙幣である。その米国が資本主義崩壊の瀬戸際にあり、それに代わるべきSDRも世界通貨としてふさわしくない。としたらどうしたらよいのか。
 EUの成功が先鞭を付けたのだが、現在、南アメリカ、湾岸、アジア、アフリカなど地域レベルで共通紙幣の発行を模索している。
 
(1) ヨーロッパ連合(EU)
 1999年1月、EUは加盟国の紙幣を廃止して、ユーロを発足させた。ここ数年間、ユーロは地域紙幣として定着したようだ。

(2) 南アメリカ諸国連合(UNASUR)
 2008年5月23日、南アメリカ諸国連合(UNASUR)は発足した。その本部はエクアドル、南アメリカ議会はボリビア、南銀行はベネズエラに置かれることになった。2008年5月23日付けのBBCテレビは、「南アメリカ諸国は域内の経済・政治的統合をめざして、地域機構を創設した」と報道した。UNASURの加盟国はアルゼンチン、ボリビア、ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドル、ガイアナ、パラグアイ、スリナム、ウルグアイ、ベネズエラの12カ国である。
 2008年5月26日付けの『China View』誌は、 UNASUR創設の1週間後、ブラジルのルラ大統領が、「南アメリカ諸国は、地域の統合の一環として、共通の中央銀行と共通紙幣を模索していくと語った」と報じた。

(3) 湾岸協力理事会(GCC)
 湾岸協力理事会(GCC)とは、バーレーン、クエート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長連合による地域的な貿易圏である。このGCCは、2005年、「2010年までに単一の地域紙幣を創設する。共通紙幣は、加盟国間の貿易を促進するだろう」と発表した。
 GCCは「加盟国の中央銀行総裁たちは、EUモデルの通貨同盟に賛成している」と述べた。2008年6月、「湾岸の中央銀行総裁たちは、すでに共通の中央銀行の創設に合意している。これは、GCC加盟の個々の政府から独立したものだ。さらに、「2010年までに湾岸共通紙幣を流通させることにも合意した」と発表した。そして「EUの中央銀行にヨーロッパの通貨同盟の経験を聞くつもりだ」と言った。
 しかし、2008年2月、オマーンが「湾岸通貨同盟に加盟しない」ことを宣言した。そして、2009年3月には、サウジアラビアのMuhammad Al Jasser中央銀行総裁は、「EUが単一紙幣を発行するまでに45年を費やした。したがって、我々も急ぐべきではない」とGCCの動きをけん制した。湾岸諸国の中で占めるサウジアラビアの経済のサイズを考えると、この発言は注意すべきである。

(4) アジアのACU(アキュ)案
 1997年、アジア金融危機の経験をもとに、日本がIMFのアジア版である「アジア通貨基金(AMF)」を提案した。しかし、これは、IMFや米国の強い反対を受け、日本政府はたちまち撤回した。また中国も、当時巨額の外貨準備を保有していた台湾がAMFに入るということに、反対したと言われる。
 日本は、代わりに、ASEAN10カ国と日本、中国、韓国(ASEAN+3)の間で、2国間で互いに外貨を融通し合う(スワップ協定)という代案を出した。これを話し合ったところにちなんで、「チェンマイ・イニシアティブ」と呼ばれる。
 2009年4月6日の時点で、スワップ協定に参加した国は8カ国、16件、総額900億ドルに達した。
 5月6日付けのASEANウエッブサイトには、「ASEAN+3が、2国間の通貨スワップ協定のネットワークを拡大するとともに、事実上のアジア通貨基金にすることに合意した」と書いてあった。これは、イスタンブールで開かれたアジア開発銀行の年次総会の際に、ASEAN+3の蔵相、中央銀行総裁が集まって議論した結果である。
 今度は、日本に代わって、中国が「アジア通貨基金」創設に乗り出してきた。2008年春、中国に「アジア通貨協力検討会」が設けられた。これには中国外務省、財務省、中国中央銀行のほかに、研究機関や大学の専門家も入っている。
この検討会では、AMFの設立、また円、人民元、韓国のウォンなどを組み込んだ「アジア通貨単位(ACU)の活用、アジア中央銀行の創設などを議論している。
 97年、アジア危機に際して、日本が「アジア通貨基金」を提案したとき、中国は反対した。しかし、現在では、世界一のドルを溜め込んだため、ドルの一極支配を恐れる中国は、地域共通紙幣の創設に積極的になった。
 一方、日本のイニシアティブで、2005年、クアランプールで「東アジア共同体」の創設に向けた第1回首脳会議が、2007年北京で第2回首脳会議が開かれた。これには、東アジア諸国に加えて、オーストラリア、ニュージーランド、インドが参加している。中国の影響力を恐れるASEAN諸国が賛成したのだが、インドの参加に中国は反対である。したがって、東アジアの言葉の定義さえ確立されていないとにかく、2年毎に首脳会議を開くことになった。
 いずれにしても、東アジア共同体が通貨同盟を締結することは困難である。東アジアは経済、人口の面ではずば抜けて大きいが、政治制度や文化、歴史などあまりにも違いすぎ、主権意識が強い。したがって、EUのような通貨同盟は当分期待できない。

(5) アフリカ通貨同盟
 アフリカ大陸すべての国53カ国が加盟するアフリカ連合(AU)は2002年に設立された。通貨同盟については、AUは、地域共通紙幣の発行に向けたプロジェクトをもっているし、またアフリカ中央銀行の創設も視野に入っている。
AUの全身である「アフリカ統一機構(AIU)」や「アフリカ経済共同体」時代にも、共通紙幣の発行を視野に入れていた。1991年のアブジャ協定では、アフリカ経済共同体が単一紙幣を創設するために6段階のアウトラインが記されている。
その中には、アフリカ中央銀行(ACB)は2020年までに創設されないが、どこに置かれるかについては、いまから検討されねばならない、とある。
 また、2008年8月、Kigali で開かれたアフリカの中央銀行総裁会議では、AUの中に、アフリカ通貨基金(AMF)、アフリカ中央銀行(ACB)、アフリカ投資銀行(AIB)を創設することを議論した。これらは、アフリカ共通紙幣の発行に欠かせないものだ。
 2009年3月、AUはナイジェリア政府との間で、アブジャにアフリカ中央銀行の本居地にするという覚書に署名した。
 AUのMaxwell Nkwezalamamba経済問題相は、「アフリカ中央銀行設立の一歩として、3年以内に、アフリカ通貨機構を創設しなければならない」と語った。
 また、アフリカには、すでに複数の通貨同盟のイニシアティブがある。その中にはすでに通貨同盟が成立しているものもある。
 その中のイニシアティブには「西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)」の通貨同盟プロジェクトである。これには、ベニン、ブリキナファソ、象牙海岸、ギニア、ギニアビサウ、マリ、ニジェール、セネガル、シエラレオネ、トーゴ、カップベルデ、リベリア、ガーナ、ガンビア、ナイジェリアなど西アフリカ15カ国が参加している。