世界の底流  
大統領選挙をめぐるアフガニスタン情勢
2009年9月14日


 1.史上最悪の不正選挙

 去る8月20日、アフガニスタンの大統領選挙が実施された。選挙管理委員会は、9月13日になって、93%の投票所から届いた集計結果を発表した。それによると、カルザイ現大統領は54.3%と過半数に達し、2位のアブドラ全外相(28.1%)を大きく引き離したことになった。
 得票数から言うと、カルザイ氏が当選したことになる。しかし、今回のアフガニスタン大統領選ほど「汚い選挙」は世界でも例を見ない。すでに国連が任命した「不服申し立て委員会」に、カルザイ氏以外の候補から2,615件の訴えがあり、審査が続いている。同委員会は、このうち726件について「選挙結果に影響する可能性がある」として、再集計を行なうよう選管に命じた。
 不正選挙の内容は、到底信じられないものであった。通常、選挙違反は、票の買収などが主だが、アフガニスタンの例は、投票所のでっち上げや投票箱のハイジャックといった暴力的な手段であった。
 9月3日付けの『朝日新聞』によると、不正の方法は多岐に亘っていた。(1)投票箱が投票所から消え、のちに印が付いた投票用紙が一杯になって戻ってきた。(2)投票した人の指につける二重投票防止の特殊インクが薬品で消され、二重に投票した。(3)投票期間中にもかかわらず、有権者に選管職員が投票させなかった。(4)選挙権のない18歳未満の少年が投票した。(5)他人の有権者登録証を使って投票した。(6)有権者登録証が大量に偽造された。これらはすべてカルザイ候補の票であった。
 また9月8日付けの『インターナショナル・ヘラルドトリビューン(IHT)』紙は、カブール駐在の西側外交官が、匿名で「カルザイ派の選管職員が、800ヵ所もの偽の投票所をでっち上げ、ここから数十万票の得票が記録された」と語った。さらに、別の外交官が「投票日当日に閉鎖された投票所が全体の15%にのぼったが、ここでもカルザイ票が記録された」と述べた。また、「いくらかの州では、カルザイ候補の得票数が実際の投票者の10倍にのぼった」と報じている。
 これらの州は東部と南部で、カルザイ候補が所属するパシュトゥン人の多い地域である。とくにカルザイ候補の出身地カンダハルでは、カルザイ票が35万と数えられたが、実際に投票所に足を運んだ人は2万5,000人であった。
 カンダハル州議会のAhmed Wali Karzai 議長はカルザイ大統領の弟であり、同州で最も強い男と目されている。彼はカンダハル州のRahmatullah Raufi州知事を気に入らないというだけで、解任した。彼のあだ名は「南部のキング」である。
 カンダハル州のShorabak郡のDelaga Barriz郡長は、カルザイ派でないために投票日直前に逮捕された。彼は「カルザイ候補の手下どもがこの郡の45ヵ所すべての投票所を閉鎖し、投票箱を郡の本部に持って行った。そこで、国境警備隊が、カルザイ票として23,900票をでっち上げた。しかし、この郡では1人も投票していない」と断言した。 
 しかし、10ヵ月前までは、Bariz氏はカルザイ支持者であった。そのために彼が郡長に選出されたといういきさつがある。しかし、大統領選挙がはじまると、Bariz氏はShorabak郡の長老たちとともに、「これまでカルザイ政府はなにもしてくれなかった」として「これから5年間、カルザイを大統領にすることはできない」と言い始めた。実際、この5年間、郡内には1軒の学校も、クリニックも、道路も、貯水池も新設されていない。
 カンダハル州では、治安の悪化で、選挙管理委員や候補者の立会人が投票所に行かれなかった。カンダハル州Argestan郡の長老の1人Haji Abdul Majid氏(75歳)は「政府の治安部隊が町の投票所をガードしたにもかかわらず、誰も投票に行かなかったので、ここでの選挙結果はどうなろうとも無効だ」、そして「人びとはうんざりしている。政府を全く信用していない。カルザイが大統領に再選されたら、人びとは国を去るか、それが出来ない人は、タリバンに加わるだろう」と語った。
 カンダハル市から20マイル離れたところにあるZangabadでは、投票に行くものはいなかった。「なぜなら、投票所となったSulaiman Mako小学校はタリバンのゲリラの本部だから」と地元の住民は語った。しかし、この小学校からカブールに2,000票がカルザイの得票として送られた。
 カブールでも、驚くべき不正選挙があった。9月1日付けの『IHT』紙によると、ある小学校教師が、投票日の朝6時に一番乗りをしたのだが、すでに投票箱にはカルザイの名前が書かれた用紙で満杯になっていた。彼が、選管職員に抗議すると、「黙っていろ」と脅かされ、外に放り出された。10日後の今でも、かれは隠れている。
 カブールでは、カルザイ候補の選挙キャンペーン責任者であったWaheed Omar氏が記者会見で「いくらかの不正があったようだが、他の候補も不正投票をやった。不服申し立て委員会の結果待ちだ」と語った。
 同じくカブールでは、独立不服申し立て委員会のDaoud Ali Najafi副委員長が「誰が大統領に当選したかが判明するには、数ヵ月かかるだろう」と語った。

2.オバマ戦略とタリバン・ゲリラ

 カルザイ氏が大統領に再選されたら、オバマ大統領は「世界で最も腐敗し、不正投票で就任した政権を、大規模な米軍が支えている」ということになる。
 9年前、米軍はオサマ・ビンラディンのアルカイダを匿っているとして、アフガニスタンに侵攻し、タリバン政権を倒した。しかし、今日では、タリバンの武装勢力は南部、東部のみならず、北部や、首都カブールにも及んでいる。
 タリバンの影響力が、最も強いHelmand州のGarmser市では、本来、断食月のラマダンには賑やかになる筈のバザールが、タリバンの命令でほとんど店を閉めてしまった。
 タリバンは、8月20日の大統領選挙のボイコットを呼びかけた。タリバンは、投票所を攻撃する、あるいは、指に二重投票防止のインクを付けている人を罰する、などといった。たしかに、まだ検証中の不正選挙票を除いた投票数は、非常に低いと思われる。
 しかし、そのことをタリバンのせいにすることは出来ない。むしろ、人びとは、カルザイ政権の腐敗と無能ぶりにうんざりして、投票しなかったのだ。
 オバマ大統領は、イラクからの撤退を進めている。逆に、アフガニスタンでは、就任早々、21,000人の兵力を増強した。これは、イラク戦争は、「悪い戦争」であり、テロと戦うアフガニスタン戦争は「良い戦争」だからというのが理由である。
 9月2日付けの『朝日新聞』によると、8月31日、6月にオバマ大統領が任命した米・NATO軍のマクリスタル司令官が、アフガニスタンでの「評価報告書」を発表した。マクリスタル将軍は、武装テロ組織に対する特殊作戦に精通していると言われた。
 マクリスタル司令官は、7月に入ると、アフガニスタン南部で大規模な対タリバン掃討作戦を展開した。これにともなって、8月下旬の段階では、10万人(米軍が68,000人、その他NATO軍などが40,000人)を超える米軍とNATO軍の戦死者の数は、過去の年間記録を塗り替えるほどであった。
 マクリスタル司令官の基本的な考え方は、「状況は深刻だが、戦略を練り直せば成功は達成できる」というものだ。これは、掃討作戦よりもアフガニスタンの軍や警察の増強に重点を置くべきだという。
 米国のマスメディアによると、マクリスタル司令官は、さらに4万人の増派を国防総省に要請する見通しだという。
 一方、NATO軍はアフガニスタンでは「国際治安支援部隊(ISAF)」と名乗っているが、このNATO軍のスタブリディス司令官(米海軍大将)は「治安状況は極めて深刻」と語った。
イギリスは、9,000人の部隊をアフガニスタンに派兵している。イラク戦争でも米軍と連合軍を組んできたが、アフガニスタンでも米国と権益をシェアするために、オバマ大統領が撤退を決意するまで、イギリスも撤退出来ない。
 イギリスについで、ドイツは、これまでアフガニスタンの復興支援と治安強化を名目に4,200人の部隊を北部に派兵している。しかし、来る9月27日に総選挙の投票日を控えており、世論調査では「アフガニスタンからの撤退」派が74%にのぼっている。
 カナダはカンダハル州に2,500人を派兵しているが、すでに戦死者の数が125人にのぼっている。政府は、2011年に撤退するといっているが、世論は、撤退派が多数を占めている。
 このように、NATO軍の中核となっているイギリス、ドイツ、カナダなどで、撤退派の世論が高まっている。
 一方、スペインのサパテロ首相のように、かつてブッシュ時代にイラクから撤退して米国との関係が悪化していたのを挽回するために、これまでの780人に加えて、アフガニスタンに450人の増派を議会に提出している、という例もある。ちなみにスペインは来年前半のEU議長である。
 9月4日未明、北部のクンッドゥス州でとんでもない事件が起こった。カブールから北方約160キロのところにあるOmar Kheil 村で、米・NATO軍向けの燃料を運んでいたタンクローリー2台を、タリバンのゲリラが襲撃して、奪ったのだが、帰途クンドゥス川にはまってしまった。そこでタリバンは車体を軽くするためにタンクから燃料を抜き、住民たちに配った。これを聞きつけた人びとが遠くから集まり始めたころ、米軍の空爆が行なわれた。Ali Abad 郡のHaji Habibulla? 郡長によると、この空爆で少なくとも80人の死者とやけどの病人がでたと言う。その中に、15人のタリバン・ゲリラがいたという証言もあるが、犠牲者のほとんどが村びとであった。
 この村のタリバンのスポークスマンであるZabiulla Muhjahid は、AP通信に「2台のタンクローリーをハイジャックしたが、タリバン・ゲリラは1人も死んでいない」と答えた。
 これはこの地域を管轄するドイツ軍の要請によって、米軍の爆撃機の出動したのであった。
この空爆事件は、総選挙をひかえたドイツ国内に大きなショックを与えた。ドイツ国防相が「死者のすべてはゲリラだった」と述べたのに対して、野党が国防相の責任を追及し、「完全な調査」を要求している。
 これまで、米軍とNATO軍は、タリバンとの戦闘で多くの民間人の犠牲者を出してきた。これに対する批判に答える形で、マクリスタル司令官の評価報告書にあったように、アフガニスタン戦略の見直しを行なっている最中であった。
 空爆は、民間人を犠牲にするので、タリバン支持を増やす。しかし、空爆を止めることは、米軍とNATO軍に多大の犠牲が出る。これは、マクリスタル司令官の大きなジレンマである。タリバン・ゲリラは南部と東部だけでなく、カブールや北部にも浸透しており、今後、戦闘が全土に及ぶだろう。
 米国でも、この事件はオバマ政権が考えているさらなる増派に影響を与えている。9月1日にCNNが行なった調査では、アフガニスタン戦争に反対する票は57%と多数派になった。
 より深刻なことは、アフガニスタン増派をめぐって、オバマ政権内部に亀裂が起りはじめたことである。その筆頭がバイデン副大統領である。彼は、より緊急事は、パキスタンの安定だとして、アフガニスタンへの増派を保留している。ゲイツ国防長官も、アフガニスタン増派に反対である。彼は、米軍が「占領者」と見なされることを恐れている。
 このバイデン氏に対する反対派は、アフガニスタンとパキスタンの大統領の特別代表ホルブルク氏である。彼は、アフガニスタン民間人を保護し、究極的にはタリバンとアルカイダを殲滅するために、増派が必要だと言っている。
 クリントン国務長官はホワイトハウス内の議論では、増派に賛成であった。しかし、クリステル司令官の報告書以後は、態度を明らかにしていない。
 マクリスタル報告書は、オバマ大統領に手渡されたので、詳細な内容はわからない。しかし、クリステル将軍は、(1)1〜1.5万人の小規模な増派。これはリスクが高い。(2)中規模のリスクは、2.5万人、(3)低リスクは4.5万人の増派という3つのオプションを提案したと言われる。
 米議会内の民主党ハト派は、「米国のアフガニスタン戦略は、これまでの対テロ作戦から、長期の国家再建プログラムにシフトすべきだ」と言い出している。そして、オバマのアフガニスタン政策を支持しているのは、マケインやグラハムのどの共和党タカ派議員たちである。グラハム議員は「アフガニスタンは、9.11を計画し、実行した国である。これはベトナムとは違う」といった。