世界の底流  
IMF・世銀年次総会2009について
2009年11月20日


 今年10月3〜6日、トルコのイスタンブールで、IMF・世銀の年次総会が開かれた。IMF.世銀側はこの会議を「回復への道」と呼んだ。これは、国連が言う「1929年の大恐慌以来最大の金融と経済危機」が生み出した膨大な失業と貧困と闘っている人びとにとっては、あまりにも楽観論だと映った。
 しかし、IMF・世銀自身にとっては、たしかに「回復への道」だと言えよう。なぜなら、この危機によって、4月のロンドン、9月のピッツバーグ両G20サミットでの合意にあるように、IMFにはG20政府から5,000億ドルが拠出される。だが、この全額が貧困国の救済パケージではない。その多くは先進国の銀行の救済に当てられる。
 通常、救済パケージはグラント(無償)であるが、IMFの場合、ローンである。
また世銀は、これまでにない巨額の融資計画をアナウンスするという、かってない繁盛ぶりだからである。
 IMF・世銀が今回の危機を解決できるわけがない。なぜなら、この危機は米国発であり、しかも米国は両国際金融機関で最大の議決権と拒否権を持っている国だからである。
 本来、IMF・世銀総会は、その年7月に、イタリアのラクイラで開かれたG7サミットの合意をプログラム化して執行することにあった。しかし、IMF・世銀は、さまざまな抜け穴を設け、あるいは骨抜きにしてきた。
 典型的な例は、95年3月のコペンハーゲンでの国連社会開発サミット、さらにその年の6月、カナダのハリファクスで開かれたG7サミットで再度確認された「国際金融機関(IMF.世銀など)に対する最貧国の債務を帳消しにする」という決議の実施をめぐるIMF、世銀の対応であった。彼らは最貧国の多国間債務(IMF・世銀などへの債務)を即時帳消ししなければならないのだが、これを途上国に計6年以上もの過酷な構造調整政策の執行を条件とし、しかも、「持続可能な債務」というふざけた範疇を設けてほんの一部の債務帳消ししかしないですむ「貧困国の債務帳消し(HIPC)イニシアティブ」という悪名高いスキームを考え出した。その結果、その後、5年後の2000年になっても、このHIPCイニシアティブによって、多国間債務の削減を受けた貧困国はなかった。
 今年、イスタンブールでのIMF・世銀総会では、最後にいくつかの決議が採択された。しかし、これらは、すでに医療、食糧などについて、すでに合意しているイニシアティブの繰り返しにすぎなかった。そこには、何も新しい内容はなかった。
 IMF・世銀の「ガバナンスの改革」はそれぞれにとって大きな議題であった。しかし、これはピッツバーグG20サミットでの合意を再確認したにとどまった。
 とくに世銀は、途上国に3%の投票権を増やすと述べただけだった。この3%増についての詳細は2010年春の総会までに交渉が行われるということであった。このことによって、投票権が縮小するのはヨーロッパである。ヨーロッパは途上国が要求している投票権の平等化を阻もうと必死である。また米国は、これまでの拒否権を主張している。投票権問題が片付かないかぎり、他の問題の議論には入れないだろう。
 IMFでは、ガバナンスの改革のタイムテーブルは2011年に持ち越された。G20サミットでは少なくとも投票権の5%を新興国、途上国に移譲されることに合意しているが、貧困国にとってはその比率には変化がないことが保証されているだけである。これらの結果、先進国が両機関の多数票を持ち続けることになる。
 地球温暖化問題では、2010年の『世界開発レポート』は気候変動をテーマにしている。ここでは、貧しい国が最も被害を受けること、先進国は世界人口の6分の1であるにもかかわらず、温室効果ガスの発生では3分の2を占めていることなどが記載されているにもかかわらず、世銀は、石炭など化石燃料のエネルギー開発に対する融資を続けると言っている。
これまで、気候変動枠組み条約など国連の指導的役割を世銀が奪おうとしていることについて、激しい非難があるので、世銀はこの問題については低姿勢である。しかし、気候変動融資に関しては、指導的な役割を演じるべく、水面下で工作している。とにかく、世銀は12月、コペンハーゲンで開かれる気候変動COP15サミットが終わるまで、政策や計画の変更はしないだろう。

イスタンブールのこぼれ話

1.篠原氏の任命について
 イスタンブールでは、山のようなプレス・レリースが出されたが、その中でひときわ目立つものがあった。
 IMFのドミニク・シュトラウス=カーン専務理事がこれまで加藤隆俊専務理事代理に代わって篠原尚之元財務省国際局の事務次官が後任に任命されたことについて異を唱えたものであった。
 シュトラウス=カーン専務理事は「篠原氏は有能な公務員であり、彼に対して何も含むことはない」と言いながら、「しかし、4月、ロンドンで開かれたG20サミットでは決議の第20パラグラフで国際金融機関の長や上級職員の任命は、透明性と有効性に基づいて選考がなされるべき」だと合意した、と述べた。
 もちろん、IMFの上級職員には、専務理事代理も含まれる。
日本人が占めていたポストに同じ日本人を任命するG20の合意に違反する。このことを許せば、これまでの習慣どおり、次のIMF専務理事は同じヨーロッパ人、世銀総裁はアメリカ人ということになる。これは、これら国際金融機関の正当性を傷つけることになる。
 疑いなく、篠原氏を専務理事代理に据えるべく、日本と同盟国であるG7はIMFに圧力をかけるだろう。しかし、一方では、このことは新興国を馬鹿にしている。
 たとえば、中国の資格のある官僚をこの地位に任命したならば、途上国にとって、良い例となるだろう。
 IMFのガバナンス改革については、いまのところゼロである。篠原氏問題はG7サミット、G20サミットなどのレトリックが空っぽだということだ。

2.シュトラス=カーンにたいする靴投げ事件
 IMF・世銀の年次総会のためにイスタンブール入りをしたIMFのシュトラス=カーン専務理事は、イスタンブールのBilgi大学の大ホールで学生に対して演説をしたときのことであった。演説中、IMF専務理事をめがけて、1人の学生が靴を投げた。この学生は「IMFはトルコから出て行け」と叫びながらシュトラウス=カーン氏に向かって走りより、白いスポーツ靴を投げた。しかし、狙いは外れた。
 靴投げ事件は、昨年末、ブッシュ米大統領がイラクを訪問したとき、イラクのジャーナリストが行った抗議方法であった。以来、そのマネをするものが後を絶たない。
 トルコの靴投げ者はすぐに治安警察に取り押さえられ、連行された。
 その直後、同じ大学で、横断幕を広げた学生がいたが、これも即座に捕らえられた。
 また多くの学生が「IMFとトルコ政府の癒着」を非難した。これは、トルコ政府がIMFと新たな融資の交渉を行っていることに抗議したものであった。