世界の底流  
戦争で儲けるチェイニーのハリバートン
2008年5月

 
 Kellogg Brown & Root(KBR)社は、ハリバートン社の子会社であった。この関係はKBRが、2007年イラク人大量殺戮の罪で米高裁に起訴されるまで、続いた。ハリバートン社はKBRの持ち株を売ることによって、手を引いた。これまで戦争の歴史順にKBRの死の商人振りをたどって見よう。

1、ベトナム戦争とKBR

 KBRはジョンソン大統領の政商であった。それは1940年代からのことで、彼が副大統領の座に着くまで続いた。そして1963年、ケネディ暗殺とともに、ジョンソンは大統領となり、ベトナム戦争を「トンキン湾事件」をでっち上げで戦争をエスカレートさせたのであったが、この時KBRも“おいしい”契約を得たのであった。それは50万にのぼる地上軍の派遣することであった。それには、米軍基地、空軍飛行場、港湾、橋などの建設であり、そのため何十億ドルもの特需が拠出されたのであった。
 ジョンソンが大統領に就いた翌年1965年、KBR(その頃は、Brow & Root社と名乗っていた)はRaymond International、Morris−Knudsen、J.A.Jonesなどとともに、軍事工事の建設グループを結成した。これは、民間では史上最大の軍事基地建設のコングロマリットとなった。この4社グループはRMK-BRJと呼ばれたが、文字通り、ベトナムの地図を塗り変えた。ジャングルを切り開き、飛行場の滑走路とし、船舶が航行するために川を浚渫し、ダナンからサイゴンにいたる道路沿いに多数の米軍基地を建設した。
 このグループの1員であったKBRは、75年前にフランスが建てた“恐るべき非人道的な”刑務所に代わる“新しい”刑務所の建設を請け負った。

2.ルワンダ虐殺とKBR

虐殺以前のかかわり
 ルワンダでは、1990年、フツ族のハビャリマナ政権の打倒を目指してPaul Kagame(カガメ)率いるツツ族の反乱軍「ルワンダ愛国戦線」が第1回目の侵攻を行なった。これがルワンダ内戦の引き金となり、以後内戦は3年続いた。この間、ハビャリマナ大統領は、世界銀行の融資で大量の斧を輸入していたと言われる。この斧は、1994年の虐殺の武器となった。
 1990年のルワンダ愛国戦線の侵攻を軍事的に支援したのは第一次ブッシュ政権であった。その時の国防長官はディック・チェイニーであった。1992年、チェイニー国防長官は、Brown & Root社に、民間に兵站部門を下請けにするメリットについて極秘の報告書を提出するように命じた。そしてこの報告書にもとづいて、国防総省は海外の米軍の兵站について5年の契約という前例のない工事の契約を37社に対して発注した。そして、国防総省はBrown & Root1社を選び、独占契約した。つまりBrown & Root社は、ペンタゴンの海外軍事工事を独占したのであった。
 1993年、クリントンが大統領に就任しても、ルワンダ愛国戦線に対する支持政策には変更がなかった。でもクリントン大統領は、用心深く、国連を隠れ蓑に使った。オルブライト米国連大使や国連平和維持部隊(PKO)の責任者であったコーヒ・アナンに任せた。2人とも、愛国戦線が米軍の訓練や武器援助を受けていたことや、さらに愛国戦線が1994年4月6日の飛行機墜落事件の真犯人であることを、巧みに隠した。
 この時、近隣諸国の仲介で、ルワンダ内戦の停戦協定が成立し、これを受けて、ルワンダのハビャリマナ大統領とブルンディの大統領、それに多くのフランス人を乗せた飛行機がタンザニアからルワンダに向かう帰路、撃墜されるという事件であった。この事件を契機に、ルワンダの大量虐殺事件が起こった。
 愛国戦線の指導者であるポール・カガメは、米国の米軍基地でゲリラ作戦の訓練を受けた。彼はペンタゴン、国務省、CIAなどに強い人脈を持っている。さらに、米軍は愛国戦線にミサイルを供与した。このミサイルが、ハビャリマナの飛行機を撃墜した。
 多数のフランス人が乗っていて犠牲者を出したフランス政府が調査したところによれば、この時、ミサイル発射機を組立に使った倉庫は、CIA絡みの会社であった。そして、KBRはルワンダで「Operation Support Hope」と呼ばれる630万ドルの契約を取っている。
 ルワンダ大量虐殺事件の終結とともに、カガメはルワンダの大統領となり、アナンは国連事務総長に、オルブライトはクリントン政権の国務長官に就任した。関係者それぞれが昇給していることになる。1年後の1995年、チェイニーは、2000年に副大統領になるまで、ハリバートン社の社長になった。

3.コンゴ内戦とKBR

 コンゴ(ザイール)は長い間、モブツ軍事独裁下にあった。1997年、コンゴ東部にいた反政府ゲリラのローラン・カビラが、ルアンダのカガメ大統領、ブルンディ、ウガンダの支援を受けて、モブツを倒した。この時、KBR社は、コンゴとルワンダの国境沿いにルワンダ軍を訓練するための軍事基地を建設した。さらにベクテル社は、モブツの軍隊の動向をモニターできる衛星写真の地図をカビラに提供した。ベクテル社の取締役には、シュルツ元国務長官、ワインバーガー元国防長官などがいた。勿論、KBRの親会社ハリバートンの社長はチェイニーであった。
 モブツを倒して大統領に就任したカビラは、コンゴの豊富な地下資源を狙う米企業においしい開発契約を与えた。American Mineral Fields (AMF)は広大な鉱物資源の開発権を獲得した。これはビル・クリントンの親友のMike MoMurrooughがAMFの会長であることも無関係ではない。カナダの鉱山会社であるBarrick Gold Corporationも巨大な開発権を得たのだが、同社にはカナダのMulroney首相やクリントンのアドバイザーのVernon Jordanなどが取締役会におり、ブッシュ大統領の父も同社の顧問をにいる。

4.ボスニア、コソボとKBR

 民族紛争が続いたボスニアとコソボでも、1995年12月、KBR社は両国で、うち捨てられた麦畑の中にそれぞれ軍事基地の建設工事を受注した。ここでは、郵便局、24時間稼動の食事とラウンドリーの施設も備わっている。建設期間は1995〜2000年に及び、総工費は20億ドルに達した。
 KBRの自慢のプロジェクトはコソボのBonsteel基地である。これはベトナム以来、最大規模で最も高価な軍事施設であり、現在も使用されている。道路、発電機、宿舎、衛星設備、ヘリ用基地、そしてベトナム型の刑務所もある。さらにこの基地はアルバニアマケドニア、ブルガリアを通過するトランス・バルカン・石油パイプライン(AMBO)沿いにある。これはカスピ海の油田をヨーロッパに運ぶものである。
 いうまでもないことだが、AMBOのフィージビリティ・プロジェクトを受け持ったのはKBRである。そして、KBRの工事中、チェイニーはKBRの親会社ハリバートン社のCEOであった。
今となっては、米国とNATOがユーゴを空爆したことも、KBRのBondsteel基地を完成させるためであった、という説さえ考えられる。

5.アフガニスタン、イラクとKBR

 米軍がアフガニスタンに侵攻した際、同時にKBRもアフガン入りをした。そして、バグラムとカンダハルに総額1億5,700万ドルを米国防総省から受け取って軍事基地を建設した。1説によると、KBRは米軍の侵攻以前に現地入りをすると言われる。さらに2002年には米国務省から1億ドルを受注して、カブールに米大使館の建設工事を行なった。
 さらに、2004〜2006年の間、KBRはイラクとアフガニスタンで総額160億ドルの軍事施設建設工事を受け取った。これは他の会社より抜きん出た金額である。このことは、イラクとアフガン戦争がKBRにはかりしれない利益をもたらしたが、親会社のハリバートン社のCEOで、のち副大統領となったチェイニーにも利益をもたらした。チェイニーは副大統領に就任するとき、ハリバートン社の株を売ったが、CEOとして持っていた800万ドルに上るストック・オプション(会社の取締役などが定まった金額で株を買うことが出来る権利)を持っている。さらに、2003年3月12日付けの英紙「ガーディアン」によれば、KBR社はチェイニー副大統領に年俸を支払っているという。
 2005年12月27日付けのシカゴ『トリビューン』紙によると、2004年夏、ペンタゴンは強制売春や強制労働の人身売買に関係した業者との取引を規制する草案を作った。しかし、ペンタゴン出入りの5人のロビイストたちが、「原則としては正しいが、実行は現実的ではない、と反対した。これらロビイストは何千もの業者の利益を代表している。その中には、DynCorp International やハリバートンの子会社KBRのような巨大企業も含まれる。この2社も海外で人身売買に関係している。
 テキサスのヒューストン出身の22歳のJamie Leigh Jonesはバグダッドのグリーン・ゾーンのKBR社で働いている時、男性同僚たちから輪姦された。KBR社と米政府は、この事件をもみ消そうとした。彼女は輪姦された後、会社が彼女をベッドつきの船舶用コンテナーに監禁し、「もし治療を受けようとイラクを離れたら、首にするぞ」と脅かされ、24時間水も食事も与えられなかった。コンテナーの外には、武装した警備員が立っていた。Jonesは、「コンテナーの中にはベッドのほかにはテーブルとデスタンドしかなかった」と述べた。

6.強制収容所とKBR

 2003年4月11日付けの『ニューヨークタイムズ』紙によると、9.11以後、KBR社は連邦政府と国防総省からかなりの追加契約を獲得した。まず、キューバのグアンタナモ基地内に刑務所を3,000万ドルで建設した。さらに、海軍と陸軍に対して、厨房、建設、発電機、燃料運送などのサービスについて独占権を獲得した。
 2006年4月24日、KBR社は国土安全保障省から緊急時の大量移民流入に備えて移民関税捜査局(ICE)の施設の建設を受注した。その請負額は3億8,500万ドルにのぼった。これは5年契約で、1年ごとに更新された。KBR社はこれをUS Army Corp of Engineersに下請けに出した。これは2003〜2005年までの期間であった。
 2007年には、KBR社は、新たにそれまでのICEの施設に加えて6,700個の強制収用所のベッドを建設する契約を獲得した。そのための予算は4億ドルであった。

7.終わりに

 これまでの歴史を見ると、米国では政権は変わるが、企業が戦争に関与し続けたことは間違いないことがよくわかる。KBR社(親会社のハリバートン社を含めて)は、ジョンソン大統領の時代から、民主党、共和党を問わず、時の政権に結びついて、戦争の利権にあずかってきた。