世界の底流  
ソマリア沖の海賊について
 『社会民主』09年01月号掲載


1.海賊事件の発生

 ソマリアは「アフリカの角」と呼ばれる地域にあり、貧しい国である。昨年9月以来、ソマリア沖の海域を航行する船舶に対する海賊の襲撃事件が多発し始めた。海賊が、船舶を乗っ取り、船員を人質にし、ソマリアの港に入港させ、身代金を要求するというやり口である。
 とりわけ、マスメディアの注目を集めたのは、次に述べる2件である。第1は、08年9月25日に発生したウクライナ船舶MVファイナ号の乗っ取りであった。船籍はベリーズになっているが、ケニア向けのウクライナ製T−72型戦車30台をはじめ重兵器を積んでいた。第2は、同年11月15日、サウジアラビアの世界一のスーパータンカー『シリウススター号』の乗っ取りだった。このタンカーは、アラムコ社の原油200万バレルを積んでいた。サウジアラビアは世界最大の石油輸出国であり、アラムコ社は世界最大の石油会社である。このタンカーが積んでいた原油200万バレルはサウジアラビアの1日の産出量の4分の1に当たり、当日の石油価格で換算すると1億ドル(約100億円)になる。
 このタンカーの身代金は、2,500万ドルと言われる。これは巨額の身代金である。これまでに船会社が海賊に支払った身代金の総額は、3,000万ドルにのぼると推測されるからである。だが、交渉が秘密なので、真相は闇のなかである。
 08年11月20日付けの『ルモンド』紙によると、2008年1月から11月までに発生した海賊事件は95件、そのうち乗っ取りに成功したのは39件にのぼり、世界中の海賊事件のほぼ半数を占める。この時点で、『シリウススター号』を含めて17隻、約300人の乗組員が拘留中である、と報じた。その中で127人がフィリピン人船員である。ちなみに、国際航路の乗務員総数120万人の中で、フィリピン人船員は5分の1を占める。
 事態の深刻化を対して、11月20日、国連安保理が開催された。しかし、国連としては、海賊事件の増加に対して、せいぜい「深刻な懸念」を表明することに留まった。一方、同じ日、エジプト政府が呼びかけて、カイロで紅海沿岸のイエメン、サウジアラビア、スーダン、ジプチ、ヨルダンの6カ国に、ソマリア暫定政府の代表が出席した対策会議が開かれた。6カ国会議は、共同の対策委員会の創設を決めた。そしてイエメンで実務者レベルの協議を行なっていくことになった。

2.ソマリアの内戦

 ソアリアは内戦の只中にある。有効な統治者が不在の「失敗国家」である。
現在、米国と国連が推す暫定政府が、かろうじて首都モガディシオを保持しているが、暫定政府のアブドゥラヒ・ユスフ大統領一派とヌール・ハッサン・フセイン首相一派とが対立している。大統領一派は、首相が「イスラム主義者と通じている」と非難している。
 反政府派は、マスメディアが単に「イスラム主義者」と呼ぶ武装ゲリラである。これは、以前は「イスラム法廷会議」と称していたが、現在は「ソマリア再解放連盟」と改名している。
 06年6月、当時のイスラム法廷会議がモガディシオを制圧した。彼らは軍閥による分裂国家を統一し、厳格なイスラム法による統治を掲げていた。治安の回復、経済の再建などを着手しようとしていたが、米国が彼らをイスラム原理主義者と決めつけ、アルカイダを保護していると非難した。
 06年12月、米国の暗黙の了解の下に、隣国エチオピアが、オガデン地域のソマリア系部隊でもってソマリアに侵入した。米国は、アフガニスタン、イラクと自ら地上軍を派兵したが、占領に失敗した。そこで、ソマリアではエチオピアを代理戦争に使ったのであった。
 エチオピアによる占領もうまく行かなかったようだ。モガディシオを追われたソマリア再解放連盟は、武装ゲリラとなって暫定政府を脅かした。
08年6月、暫定政府と反政府ゲリラとの間に停戦協定が成立した。そしてアフリカ連合(AU)の平和維持部隊3,000人(主としてウガンダとブルンジ)が派遣された。
 08年11月、ソマリア暫定政府のケニア駐在大使が、緊急の救援要請を行なった。モガディシオ南方100キロのところにあるメルカ港が、「イスラム主義者によって陥落し、首都が危ない」という。メルカ港を守っていた暫定政府の民兵は前夜のうちに逃げてしまった。
 これまでのところ、ソマリア再解放連盟はほぼ全土を手中に収めている。そして、南と北からモガディシオ攻撃の態勢を整えている。
 08年11月18日付けの『インターナショナル・ヘラルドトリビューン』紙によれば、大統領派の高官の言として、「エチオピア占領軍がひそかにイスラム主義者と交渉している」と報じている。

3.海賊問題解決は海ではなく、陸上にある

  地図で見ると良くわかるが、ソマリアでは、紅海の入口に当たるアデン湾とアフリカ大陸東部のケニアにいたる長い海岸線が3,000キロもある。これを国際的な海軍力でパトロールするのは不可能だ。
 海賊は元漁師である。彼らは、政府が崩壊し、外国漁船のトロール漁によって魚資源が枯渇してしまったので、海賊になった。
 とくに海賊事件が多発しているアデン湾では、対岸のイエメンの沿岸警備隊2,300人が取締りに当たっている。またインドの海軍がインド洋の西側(ソマリア沖)の警備に当たっており、海賊船を沈めたというニュースもある。
 現在、米国、ロシアなどが海軍を派遣して、ソマリア沖をパトロールしている。しかし、海賊事件の発生を抑えることができないし、むしろ増えている。
 第2次世界大戦時のような護送船団方式は現実的ではない。また船舶自体が武装することも、入港時に非武装であるという海事法に反するので不可能である。
 ソマリア沿岸6カ国の共同対策委員会を援助するなど、軍事派遣以外の海賊対策はさまざまある。それよりも重要なことは、海賊問題の根源に、ソマリアが内戦下にあり、「失敗国家」であるという点だ。解決すべきは、むしろ陸上である。平和を回復し、人びとの生活が安定することは、回り道のように見えるが、かえって早道である。