世界の底流  
石油価格暴騰のカラクリ
2008年5月14日

 
1. 石油価格の高騰

 最近、ニューヨークの原油価格の高騰は、信じられないものがある。専門家の中には、1バレル200ドルを予想するものもいる。バレルとは、昔、石油を入れていた樽のことで、石油取引の単位になっている。1バレル当りおよそ160リットル。
 1960年代の末ごろまで、1バレル1ドルの石油相場が長く続いていた。これはペルシャ湾岸の安価で豊富な石油の供給に支えられていた。そこで、この時代、日本、ヨーロッパ、米国の経済は高度成長を謳歌することが出来た。
 しかし、この石油漬けの産業構造を長く維持することは出来なかった。60年代後半に入ると、石油価格はじわじわとあがり始め、70年代はじめには、1バレル3ドルくらいになっていた。
 1973年と1979年の2度にわたる石油危機を経て、10年前位前まで石油価格は
1バレル15ドルくらいまで上昇していた。しかし、今年に入って、石油価格はにわかに上昇をはじめ、ついに100ドルの大台を突破した。今では、誰もこの暴走を止めることが出来ない。毎日石油の「史上最高価」を告げるニュースが放送されている。

2.米国の住宅バブルの崩壊

 これは、昨年8月、米国で起こった“サブプライム”危機が直接のきっかけであった。サブプライムとは、低所得層に対する特別の住宅ローンのことである。これは、住宅を買うことが出来ないような低所得層、あるいはクレジットローン会社から取引を拒否されているような多重債務者などにも住宅を買わせるために作られた特別のローンである。サブプライムローンを借りると、最初の2年間くらいは通常より高めだが、その後利子はサラ金並みの高利になる。これはローンの契約書に記されているとはいえ、小さな字で書いてあるので、読む人はいない。
 それでも、借り手があった理由は、10年前から続いていた米国の住宅バブルであった。低所得層も「住宅価格は無限に上昇する」と信じて、“危ない”ローンでも平気で借りた。自宅の資産価値があがると、不利なサブプライムローンをより安い金利(プライムローン)に切り替えることが出来、しかもお釣りがくる。これを消費に使った。米国人は貯金などしない。こうして、米国の消費景気は続いたのであった。米国の消費景気は、世界経済の牽引車となった。
 一方、住宅ローン会社は危ないサブプライムローンを直ちに証券化して、各種の債権に混ぜて売り飛ばしてしまった。この債権は何回も姿を変えて、高い利率(ハイリスク、ハイリターン)の債権として、ユーロ高のヨーロッパをはじめ、世界中に売りさばかれた。

3.米国発サブプライムローン破綻

  ところが、日本経済が90年代はじめのバブル崩壊したのと全く同様、やがて米国の住宅バブルははじけた。サブプライムで借りていた低所得層は、利子は高くなり、払えなくなった。同時に、住宅は買った値段よりはりかに下がってしまった。家を追い出され、その上借金が残るという悲惨な状況になった。住宅ローン会社には破産するものもあったが、ほとんどはすでにローンを証券化して世界中にばら撒いてしまった。一体、誰が、どれだけサブプライムローンが入った債権を持っているか、未だに判明できない。
 フランスの最大手の銀行を皮切りに世界中の金融機関が突如として、倒産、あるいは大赤字に陥った。銀行の貸し渋りによって、多くの企業が経営危機に陥るのを防ごうとして、ヨーロッパ中央銀行、米国の連邦準備理事会などが、大量の通貨を発行して市場に流した。
 このカネが石油市場での投機資金になった。

4.石油はだぶついている

  市場はカネ余りの状態になり、そのカネが石油や農産物など一次産品市場への投機資金となった。ここでは、石油に限って、見てみよう。
現在進行中の石油価格の高騰は、従来の供給と需要の関係ではない。投機マネーによるものである。90年代、グローバリゼーションとともに進行したのは、金融市場のイノベーションであった。「イノベーション(革新)」というと聞こえは良いが、実は「先物取引」、「デリバティブ」など、投機手段の開発であった。
「先物」を例に挙げると、大豆を安定的に買い付けるために、「6ヵ月先の価格を一定の価格で予約する」と説明され、市場経済にとっては“イノベーション”になると、説明されている。
 しかし、実際には先物市場は、需要供給に関係なく、将来の価格を人為的に決める「投機市場」になっている。さらに、世界の石油のシェアは、エクソン(日本ではエッソと名乗っている)などアングロ・アメリカ系の4つの石油メジャーによって占められている。エクソンモービルの昨年度の利益は405億ドル(約4兆円)という途方もない額に上っている。
 今日、毎日テレビで報道される石油価格はその60%は投機によるものだ。投機は大銀行やヘッジファンドによって行なわれている。石油の高騰は、石油資源の「枯渇」論や「中国やインド」などの新興国の経済の急成長のせいだと言うが、これは神話である。
 今日、世界の石油備蓄量は、60億バレルである。これには中国、ロシア、南アフリカなどの戦略的備蓄は入っていない。OPEC加盟国も、備蓄しており、それは全世界の12%に上る。いずれにせよ、石油は大量の備蓄があり、むしろ石油はだぶついているのだ。

5.価格高騰のカラクリ

  今日、石油の取引市場は、ニューヨーク、ウォール街のNymex先物市場が支配している。これに次ぐのは、ロンドンのICE(Intercontinental Exchange)先物市場であり、North Sea Brent(北海ブレントもの)を扱っている。第3位は、ドバイのDME(Dubai Mercantile Exchange)であり、ここではドバイ産の石油を扱っている。しかしDME理事会はニューヨークのNymex市場のJames Newsome社長であり、他の役員もすべて米国人、英国人である。つまり、DMEはNymexの子会社である。
 世界中のスポットものや、長期取引の石油価格を決定しているのは、実はロンドンのBrent ものである。North Sea Brent ものの価格は毎日Platt‘sと呼ばれる民間の石油会社の出版物に掲載される。ロシアもの、ナイジェリアものを含めて、世界中の石油輸出価格は、これを基準にしている。またヨーロッパやアジアの消費国側もこの「ブレント」ものの価格を基準にしている。
 一方、ウォール街の石油先物取引市で取り扱われているWTIは、以前は米国産原油の価格を決めるものであった。WTIは、West Texas Intermediate、つまりテキサス西部地域という限られた地域で産出される原油の先物価格である。
 今日、世界の原油生産高は、1日当り8,600万バレルである。この中で、WTIの原油はわずか1日当り40万バレルに過ぎない。しかし、毎日、ニューヨークから世界に発信される石油価格は、このWTIの先物価格なのである。そして、これがあたかも今日の石油価格であるかのように世界中に毎時間報道され、人びとはあたかもそれが、現在のガソリン価格であるかのように信じている。つまり、1リットルのガソリンのレギュラー価格が160円だと言われると、「そうか」と思っている。しかし、これは間違いである。WTI先物価格は今日売買されている実際の石油価格ではない。
 WTI先物価格を決めるプロセスは全く不透明である。石油の先物やデリバティブを誰が買い、誰が売っているかを知っているのはゴールドマンサックスやモルガンスタンレイのようなごく一部の巨大金融業者に過ぎない。このような石油先物の国際的なデリバティブ取引のメカニズムは約10年以上にわたって形成され、今日の石油バブルに至ったのであった。

6.米国には投機を規制する法律も取締り機関もある

  かつて石油の価格を決定していたのはOPECであった。いまやOPECはウォール街にとって代わられた。かつて石油は現物取引であった。今日では、“紙の石油”と呼ばれる奇妙なもので取引されている。
これには税金も掛けられないし、いかなる規制もない。

本当に何の規制もないのだろうか?

 実は、米国には、議会が設けた「一次産品の先物取引委員会(CFTC)」という先物取引を規制する機関が存在する。そして、これは「一次産品取引法(CEA)」によって運営が定められている。
CEAは「一次産品の先物取引が、過度の、不必要な取引の重荷となる」ことを禁じている。そして、CFTCにこれを監督する権限を与えている。2006年6月27日、米上院に提出された報告書には、石油先物取引について次のように述べている。
 「これまで、米国のエネルギー先物取引はCFTCによって、価格投機が行われないように監視されていた。2001年12月、エンロン社事件をきっかけに制定された規制であって、その代表例がニューヨークのNymexであり、CFTCに監督されていた。
 しかし、最近、石油取引の分量が激増し、さらにそれが規制のないOTC の電子取引で行われるようになった。これをFutures look-alike(先物に準ずる)取引と呼ぶ。先物市場はCFTCに監督されるが「先物に準ずる取引市場」のほうは、規制されないというところにある。なぜなら規制を受けないOTC電子市場で取引されるからだ。電子市場の取引は、記録を残すことを義務づけられていない。
しかも、2006年1月、ブッシュ政権はCFTCがエネルギー市場の電子取引では先行しているロンドンのICE先物市場に米国内での取引をリンクするのを許可した。以来、WTIものの取引を含めて米国の原油先物取引をロンドンのICE先物市場で行うようになった。それ以後、米国の石油、ガス、ガソリン、暖房用の石油の先物取引はCFTCの規制を免れている。
 CFTCがこのような脱法行為を見逃しているのは、理由がある。Nymex のJames Newsome現社長は、CFTCの元議長であった。
 高い石油価格は、以上のべたように、先物取引の投機によるものであり、しかも大西洋越しのニューヨークとロンドンの両先物市場の協力による脱法行為によるものだ。これによって儲けているのは、巨大石油資本、巨大金融機関、ヘッジファンドたちである。