世界の底流  
輸入米の援助をめぐる問題
2008年9月26日

 

 輸入事故米の食用転売スキャンダルが底なしの沼にはまり込んだような状態にある。しかし、この事件の根本には、農水省が、770%という高率の米の関税を維持するために、年間77万トンの米を輸入しているというウルグアイラウンドでの日本政府の公約がある。これは、「ミニマムアクセス」と呼ばれる。
 日本は、WTOのルールで、この輸入米を再輸出することは出来ない。しかし、この輸入米は、1トン当たり3,900ドルという国産のジャポニカ米に比べると、値段が安すぎるので、国内の市場に出すわけにはいかない。WTOによると、日本の農水省が「消費者がインディカ種の輸入米の味が悪くない、と思うようになることを恐れている」から市場に出さないのだという。
 農水省は、この輸入米を品質が劣化するまで倉庫に貯蔵し、家畜の飼料として売りに出す。2007年には、40万トンをこのようにして飼料として処理した。そのために巨額の税金を無駄使いした。またその分だけ、米国産とうもろこしの輸入が減った。これが米国のとうもろこし生産者の怒りを買ったことは言うまでもない。
 今年5月19日付けの『ワシントンポスト』紙は社説で、日本が「輸入米を保管し、飼料に転用していることは、狂っている」と批判した。
 これまで、ミニマムアクセスによる輸入米の総量は、2,000万トンに達した。現在、倉庫の貯蔵分は152万トンに達した。その内訳は、米国産米が約90万トン、タイとベトナム産が約60万トンである。倉庫の代金は年間1トン当たり10,000円もかかる。
 現在、世界的な米危機が起こっている。今年4月、米の価格の「ピーク」を迎えたのだが、1トン当たり1,100ドルを記録した。昨年12月にはタイのFOB価格で1トン当たり375ドルであった。国際社会が行動を起こさなければ、1973/74年の危機のような天文学的価格に暴騰するだろうと言われた。
 世界の米の総生産量は4億トンだが、小麦やとうもろこしと異なって、国際市場で取引きされるのはわずか2〜3,000トンに過ぎない。ほとんどの国は国内で消費している。主な輸出国は、タイ、インド、ベトナム、そして第4位が米国である。米国の年間輸出量は300万トンにのぼる。
 最大の輸入国はフィリピンであり、それにアフリカの国ぐにが続く。これらの国では、米の輸入は生命にかかわる問題である。小麦やとうもろこしは食用のほかにさまざまな用途がある。たとえばとうもろこしはコーンミールやトルティヤのように直接食用に供されるが、一方では高級な飼料、あるいは清涼飲料水のコーンシロップやエタノールのように工業用に供される。
しかし、米は、人類の半分に相当する人口の主食である。約30億人がカロリーの3分の1を米に頼っている。米を飼料に供することはないし、バイオ燃料になることもない。もっとも、日本の農水省は輸入米をバイオ燃料の原料にすることを提案しているが。
 ミャンマーでのサイクロン「Nargis」による災害は、米の値上がりを加速させた。さらに、2月、インドが非Basmati種の米の輸出を禁止した。ベトナムは米の輸出を禁止した。(もっともも、ベトナム政府は早くも7月には輸出を解禁した)タイは、米の輸出を昨年と同じレベルに保つようにした。これらのことは、従来の米輸出国からの増加の放出は見込むことが出来ない。
 インドの禁輸は特別である。従来インドは小麦を輸入しているのだが、小麦の国際市場価格が高騰しているので、09年5月に総選挙を控えているインド政府は、高い小麦を買うと批判を受けるので、代わりに米の輸出を禁止したといういきさつがある。
 今年5月19日、日本政府はフィリピンに米国からの輸入米を20万トン「援助する」と発表した。このことを記者会見したのは、9月に事故米事件で辞職した農水省の白須敏郎事務次官であった。
しかしこれは「援助」ではなく、輸入価格に貯蔵倉庫費を加えた額(多分1トン当たり600ドル)でフィリピン政府に売却するものであった。フィリピン政府の発表では、30万トンだという。
5月22日、日本政府は輸入米のうちの20,000トンをアフリカに対する食糧援助に回すと発表をした。対象国はケニア、スーダンになるといった。この発表で、7月には米の国際市場価格は700〜800ドルにまで下がった。日本とフィリピンの米の取引が明らかになると、1週間で米価格は200ドルも一気に下がった。
 しかし、その後、日本政府はそれ以上何もしようとしなかった。フィリピンのほかに米を買いたいという国は大勢あった。しかも米政府は、国内の米生産者に対して、日本が輸入米を援助に回すことについて了承を取り付けたにもかかわらず。その結果、米価格を半分にまで下げるという国際的な目標は達成されなかった。たとえ600ドルでも貧しい国にとっては重荷である。
もう1つの解決法は、日本が国連の世界食糧計画(WFP)に米を寄付することである。WFPは、年間、少なくとも通常の業務として、45万トンの米を必要としている。さらにミャンマー並みの災害が起こればこれ以上の米が必要となるだろう。日本はWFPに資金を出すと公約したが、実際に米を現物支給したことはない。
米の価格の高騰は、何百万もの人びとの飢えにつながる。勿論、食糧援助だけで、問題が解決されるわけではない。日本はG8の議長国であるので、この問題の長期的な解決を提案する立場にある。しかし、そのために行動を起こすことはなかった。
 生産地が旱魃に見舞われた小麦、エタノールの原料になるとうもろこしとは異なって、近年、米の生産は順調である。今年は豊作が見込まれる。したがって、供給不足から来る米価の高騰ではない。また、中国を除いて、過去5年間の米のストックも十分である。中国は、少なくとも4ヵ月の米を貯蔵していると推測される。中国は、米の値段が最も高いときにこれを国際市場に売り出せば、2倍に儲けることが出来るだろう。現に、1973〜1975年の米危機の時、中国は710万トンの米を輸出して、米の国際市場の安定化に貢献した。その時、タイは280万トンを輸出しただけだった。
 米の国際市場価格は、2003年よりじょじょに上がり始めている。その原因は、他の食糧価格の上昇に連動したためである。食糧価格の上昇の第1の原因は、中国、インドなどの途上国の経済成長によって、肉などの需要が急増した。第2に、米国でのとうもろこしからエタノール生産をする。第3に、穀物取引の通貨であるドルの値下がりしている。第4に、金融イノベーションによる巨額の投機資金が株や不動産から穀物市場など新しい投機対象に代わったためである。そして、石油など化石燃料の高騰が基礎にあることはいうまでもない。
 2007年8月以来、米価は高騰した。これは国際市場に留まらなかった。2007年10月から2008年3月までの間、国内の米市場は、バングラデシュで38%、インドで18%、フィリピンで30%も値上がりした。これは主食費が一家の家計の20〜40%を占めている貧しい人びとにとって打撃は大きい。彼らにとっては、米の価格が1トン400ドルになると食べられなくなる。まして、1,100ドルになると、飢えが蔓延する。地球上に米が溢れているというのに、なんという皮肉なことだ。