世界の底流  
FARCの人質解放とコロンビア計画
2008年8月2日


1)ベタンクールの人質救出劇

 さる7月2日、コロンビアでは、軍の作戦で左翼ゲリラFARCに誘拐されていた15人の人質が解放された。人質の中には、フランスとコロンビアの2重国籍を持つイングリッド・ベタンクール(46歳)が含まれていた。このほか3人の米国人の軍事コンサルタントと11人のコロンビア軍の情報将校も含まれていた。
 ベタンクールは、6年にわたってFARCの人質になっていた。シラク大統領をはじめフランスの多くの政治家が彼女の釈放のために動いたが、これまで一度も成功しなかった。人質時代の彼女の映像がたびたび放送されたのだが、いつもやつれきった格好で、重病とも言われていた。しかし、釈放後の彼女は健康そうに見えた。
 すかさず、ハリウッドはベタンクールの映画化を決定した。
彼女は、最も有名な人質だった。ベタンクールは裕福なフランス人外交官の娘で、ミスコンテストに優勝したこともあった。コロンビア人との2度目の結婚でコロンビア国籍を得た。2002年、FARCに捕まった時、彼女はコロンビアの現ウリベ大統領の対抗馬として緑の党から立候補し、選挙キャンペーン中であった。
釈放されたベタンクールの証言によれば、夜明けに1機のヘリコプターが、彼女が捕らえられていたゲリラ・ゾーンに降り立った。彼女はそのとき、てっきり人道支援グループが人質をよりよい場所に移動してくれるものと考えた。
 人質たちは目隠しされ、2人のゲリラが付き添ってヘリに搭乗した。ヘリのドアが閉まると同時に目隠しが外された。ヘリの乗員がゲバラの顔をプリントしたTシャツを着ていた。彼女に付き添っていた2人のゲリラは床に転がされていた。
明らかに、ベタンクール救出作戦は、ゲリラを欺くものであった。その後、米国とイスラエルが援助していたことが明らかになった。
 3人の米国人人質は2003年にFARCの捕虜になった時には、Northrop Grumman社の社員で、米国防省から委託されて麻薬栽培の捜査のために飛行意中であった。
 救出された直後のベタンクールがウリベ大統領とモントヤ軍司令官とに囲まれた写真が世界中のマスメディアに報道された。ウリベ大統領のイメージアップにつながったことは言うまでもない。

2)なぜ救出作戦は成功したか。

  最近FARCはRaul Reyes とIvan Riosの2人のリーダーが戦死した。これはコロンビア軍が隣国のエクアドルに侵入した事件として知られる。またFARCの創設者であり、最高司令官であった伝説の人Manuel Marulandaが病死した。これでFARCがかなり弱体化したと見ても良いだろう。
 FARCは1964年に創設されて以来、40年以上戦闘を続けてきた世界で最も長い歴史を持つゲリラである。マルクス・レーニン、そしてマオイズムをイデオロギーとしている。FARCは南米で最も暴力的な国コロンビアの人びとの貧困と苦痛に依拠している。
 米国はイスラエルとエジプトに次いで、コロンビアに対する経済・軍事援助を注いできた。2006年、米国は7億2,800万ドルの援助をしたが、その約80%は軍隊と警察向けであった。
 アムネスティ・インターナショナルは、コロンビアでは「市民に対する拷問、虐殺、行方不明、暗殺が日常化している」「右翼民兵と政府軍との密着は今も続いている」として、「コロンビアに対する援助を止める」ことを呼びかけている。
1997年、ペンタゴンは米国のコロンビアでの権益は石油、天然ガスにはじまり、石炭、鉄鉱石、ニッケル、金、銀、エメラルド、銅などの天然資源にある、と言う報告書を発表した。米国はまた、労働者の抵抗運動、人権擁護団体、農民運動を破壊して、コロンビアを南米一の新自由主義のパラダイスに仕立てた。

3)米軍の介入 

  米国は、1万人のコロンビア軍人をジョージア州フォートベニングにあるWestern Hemisphere Institute for Security Cooperation(WHINSEC)、別名、「アメリカ学校(SOA)」で訓練してきた。その卒業者はコロンビアで悪名高い人権侵害者、麻薬密売人、死の部隊などとして活躍している。
 とくに「死の部隊」は、United Self-Defense Forces of Colombia(AUC)と名乗り、過去10年以上にわたって、コロンビア人に恐怖を与えてきた。
 米国は、麻薬撲滅の資金を出すが、その使用はFARC-EP やELNのゲリラ・ゾーンに限定されている。政府軍の支配地域では、堂々と麻薬栽培と取引が行われており、これにCIAも参加している。
 コロンビアの“麻薬撲滅作戦”はおぞましい。作物も森林も一緒に破壊する。人間も家畜も殺す。広大な地域を枯葉剤で汚染する。
 今回の人質救出作戦にも米国の介入があったことが報じられている。2008年7月14日付けの『インターナショナルヘラルトトリビューン』紙によれば、今年はじめ、ベタンクール救出作戦のために米国が新たに900人以上の軍隊をコロンビアに送った、という。その中の40人は特別作戦部隊で、人質の居所を突き止めることにあった。
 これは米国自身の法律に違反している。コロンビアに駐留できる米軍人の数は800人と定められている。しかし、「米国人の救出作戦」という法の抜け穴を利用したのであった。
 コロンビアには通常、非戦闘員として400〜500人の米軍人が駐留していると信じられている。しかし、ボゴタの米大使館はコメントを拒否した。
まず、米軍はゲリラのラジオ通信網に潜入することに成功した。そして、ゲリラの小隊が人質を移動させるために紛らわしい名前の援助グループの名でヘリを要請していることを知った。これが、ベタンクールなど15人の人質救出劇となった。
 これまでは、コロンビア軍が人質の居所を突き止め、ゲリラと釈放の交渉を始める。その間に、ゲリラが人質を処刑することがしばしばあった。そこで今回は、コロンビアのJuan Manuel Santos国防大臣とWilliam Brownfield米大使が、大使公邸で会合し、「Check作戦」と名づけ、細部について打ち合わせた。それ以来、米軍特殊部隊とコロンビア将校の共同作戦となった。
 実際には、コロンビア軍のコマンドがテレビ、ジャーナリスト、NGOなどに化けて、ヘリに搭乗して、人質の居場所に向かったのである。イスラエルは、ゲリラを追跡する軍事技術を提供したといわれる。

4)マケインのコロンビア・コネクション

  7月2日、ベタンクール、3人の米軍事契約者など15人の人質救出作戦が米軍の介入の下で行われていた同じ時に、共和党の大統領候補ジョン・マケインがコロンビア訪問中であった。これは単なる偶然だろうか。
 実はマケインは深いコロンビア・コネクションを持っている。マケインがコロンビアにいたのは、シンシナチ出身の億万長者Carl Lindnerが主催した選挙資金集めのイベントに出席していたからであった。LindnerはChiquita Brands International社の元CEO(最高経営者)であった。Lindner時代にChiquita社はコロンビアで最も悪名高い右翼の民兵AUCに資金を出し、武器を提供した。これについては、米政府がChiquita社に対してAUCに資金と武器を提供した罪として2,500万ドルの罰金を課した。なぜなら2001年、米国務省がAUCを「外国のテロリスト組織」に指定していたからだ。Chiquita社とのやり取りでは、罰金を支払うが、最高経営者の名前を公にしないという条件だった。
 マケインのコロンビア・コネクションにはもう1つのストーリーがある。マケインの最高顧問Charlie Blackは、さる3月、マケインの大統領選挙にフルタイムで働くことを理由にワシントンにあるロビイ会社BKSH & Associatesを辞任した。BKSH社は1998年12月以来、Occidental Petroleum社から180万ドルの報酬をもらっている。コロンビアではOccidental社はパイプラインをゲリラの攻撃から守ってもらうために軍隊と契約している。
 1998年12月、コロンビア政府軍はSanta Domingo村に爆弾を投下し、11人の大人と7人の子どもを殺した。この攻撃に際して、Occidental社は軍隊の移送、計画、軍用機用の燃料、さらには、攻撃に使ったヘリの飛行士まで供給した。

5)ウリベの収賄事件

  6月26日、ボゴタの最高裁判所の刑事法廷は、被告Yidis Medinaに対して、収賄罪の判決を言い渡した。彼女は3年半の自宅監禁の刑を受けた。彼女は、コロンビアの大統領の再選を可能にする法律の採決のために票の見返りに賄賂を受け取ったのであった。
 これは、ウリベ大統領の最高裁に対する挑戦であった。ウリベはこの法律を通すためにMedina議員が収賄したと非難した検事、判事、あるいはSabas Pretel大使やDiego Palacios大臣のような政府の高官までも脅迫した。このようなウリベの恥ずべき行為は、かってないことであった。
 現在、最高検事の手元には、告発されるべき議員たちのリストが集まっている。
 ウリベが最高裁を脅迫したのはこれがはじめてでない。すでに「死の部隊」に関係して多くの議員が告発された。今回の事件ではすでに60人の議員が告発されているが、その85%はウリベ派である。
 最高裁はMedinaに有罪判決を下し、事件を憲法裁判所に送った。そこでは、大統領再選を可能にする法律が合憲であるかどうかを判断することになる。さらにウリベの現在の大統領の任期が合憲かどうかも判断されるだろう。これに対して、ウリベは最高裁判決に対抗して、国民投票に掛けようとしている。しかし最高裁判決を国民投票で覆すことはできない。
 最高裁判決を受けて、社会運動や労働組合が7月3日、大規模は反ウリベのデモを予定していた。その前日、7月2日にベタンクール救出劇が起こったのは果たして偶然だったろうか。 
 コロンビアの人口の3分の2は貧困下にある。すでに農民や都市のスラム住民で強制移住させられた人口は250万人にのぼる。幾千人もの労組活動家が暗殺された。この数は世界1である。また幾千もの農民、先住民、農村教師も暗殺された。民兵による土地と利上げは日常茶飯事である。
 “麻薬撲滅作戦”の名のもとに、米国が「コロンビア計画」を行ってきた。これを、今後、メキシコで行うとしている。すでに米国はメキシコに向かう3年間で14億ドルの援助を行うとしている。その手始めに、2008年、5億5,000万ドルを供与した。

これはメキシコの軍事化につながるものである。