世界の底流  
ベネズエラのチャベス大統領提案の「南銀行」誕生
2008年1月12日


 
1.南銀行の誕生

 昨年12月5日、ベネズエラの首都カラカスで、「南銀行(Banco del Sur)」が設立された。提唱者のチャベス大統領の言によれば、南銀行はラテンアメリカ自身の資金で設立され、ラテンアメリカによって運営され、ラテンアメリカに融資する地域開発銀行である。そして、これはIMF、世銀、米州開銀などの「ワシントン・コンセンサス」にたいするオールタナティブである、という。
ブラジル、アルゼンチン、ボリビア、エクアドル、パラグアイ、ウルグアイの7カ国の政府がこれに参加の署名をした。当面、ベネズエラが拠出した70億ドルの資金でもってスタートする。本店はカラカスに、そしてボリビアのラパスとアルゼンチンのブエノスアイレスに支店が置かれる。

2.南銀行の背景 

 「南銀行」のアイデアは、1998〜99年、チャベス大統領が最初の大統領選挙キャンペーンの中で、彼の「ボリバル革命」の政治的手段の1つとしてはじめて言及した。
 南銀行は、ラテンアメリカ諸国の外貨準備金をプールして、97年のアジア危機のような通貨危機に対応して、融資する、と考えていた。彼は、ベネズエラの外貨準備金300億ドルの半分を拠出しても良いとまで言った。これに対して、ブラジルは、加盟国が、それぞれ3〜5億ドルを出資すればよいと言っている。
南銀行の特徴は次の通り。

(1)、南銀行はこれまでのワシントンのIMF、世銀、米州開銀などの融資に付随する厳しい「条件(構造調整プログラムなど)」をつけない。チャベスは、これら国際金融機関からの脱退を主張している。ベネズエラは、IMFの条件によって民営化し、米系多国籍企業に所有されている電話通信と電気会社の再国有化をすでに断行している。また、チャベスは、米州機構(OAS)からの脱退さえほのめかしている。

(2)
、南銀行は、IMF、世銀のように出資額によって投票権が決まる(1ドル1票制)のではなく、国際民主主義の1国1票制である。
 当時、810億ドルにのぼるIMFローンの80%はラテンアメリカに集中していた。ラテンアメリカ諸国は、IMFが融資と引き換えに押し付けた構造調整プログラム、すなわち厳しい緊縮政策、貿易・投資・金融の自由化、国営企業と公共サービスの民営化、そして貧困層の増大に苦しんでいた。
 しかし、その後、事態は好転した。長い間の農産物、鉱産物などの一次産品の国際市場価格が高騰し、ラテンアメリカの外貨事情が黒字に転じたのであった。
2005年末からブラジル、アルゼンチンを皮切りに民衆の間で評判の悪いIMFの債務の全額前倒し返済がはじまった。その結果、今日では、ペルーとパラグアイの2カ国を除いて、ラテンアメリカはIMFの支配から解放された。(現在170億ドルのIMFのローンの大部分はトルコとパキスタンに集中している)
 したがって、今日では、南銀行の誕生は、ラテンアメリカの地域統合の促進と、「新しい金融の秩序」の確立への踏み石となるだろう。
 エクアドルは、南銀行の設立と同時に、「地域通貨基金」設立と「南の通貨」の発行を行なうことを提案している。とくに単一の通貨の発行に関しては、ベネズエラ、ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、ボリビアがすでに支持を表明している。

2.ベネズエラとブラジルの対立

 とはいえ、すべてがうまく行っているわけではない。ブラジルが南銀行に対して、ネガティブな態度を示している。すでに昨年5月11日、リオデジャネイロでの南銀行の打ち合わせ会議の際に、ブラジル側が文書で出した。
 ブラジルは南銀行がチャベスの政治的配慮による融資が将来返済不履行になることを危惧している。ブラジルはチャベス大統領の「ボリバル革命」に対して、懐疑的である。
 またブラジルは、南銀行が「アマゾン流域ハイウエイ建設計画(IIRSA)」に融資することを主張した。これは、まだ手をつけていないプロジェクトで、南銀行の提唱者チャベスの考えとは対立する。
 また、ブラジル自身すでに国内に550億ドルの資金をもつ「ブラジル社会経済開発国立銀行(BNDES)」を持っている。これは、ラテンアメリカ最大の開発銀行であり、米州開銀の460億ドルや世銀の南アメリカでの融資360億ドルを凌ぐ。
 したがって、ブラジルはチャベスの南銀行をBNDESの競争相手と見ている。
しかし、ブラジルは域内の大国として、すべての域内の機構に所属すべきだと考えている。そこでひとまず加盟して、出来るだけ中でことの進行を遅らせようとしている。
 さらに、ブラジルは石油ドル収入のブームに沸くベネズエラに投資している。ブラジルの大手建設企業はベネズエラのカラカスの地下鉄とオリノコ河の橋の建設プロジェクトを手がけている。現在、25億ドルのダムを建設中である。ブラジルのベネズエラ向けの輸出は06年には、60%も増加した。ブラジルにとってベネズエラは重要なビジネスパートナーである。したがって、ブラジルが南銀行から脱退することはないでろう。
 いまのところ、南銀行加盟国のなかで、ベネズエラのチャベスに同調するのは、ボリビアとエクアドルの2国であり、その他のパラグアイ、ウルグアイ、アルゼンチンはブラジルにつくだろうと言われている。そして、残りのチリ、コロンビア、ペルー、などもやがて加入するだろうが、彼らはブラジルの側につくだろう。
 しかし、南銀行は明らかにブラジルのBNDESと異なる。BNDESは、ブラジル国内の企業や巨大インフラ建設プロジェクトに融資する。一方南銀行は、ラテンアメリカ全体の貧困根絶、クリーンエネルギー投資などに融資する。
 また、これまで米国の国債購入に当てられていたラテンアメリカ各国外貨準備金を域内でリサイクルすることを図っている。これは域内の政府が発行する国債や政府が保証する開発銀行債を互いに購入しあうものである。これは2005年、チャベスが正式に南銀行プロジェクトを提案したときの主な構想であった。