世界の底流  
米反戦運動の新しい戦略
2008年1月3日


1.ブッシュ政権の2面戦略

 昨年11月の中間選挙で惨敗したブッシュ政権は、「対決」と「交渉」という新しい2面戦略を打ち出した。「対決」とは米軍増派であり、一方「交渉」のほうは、シリアとイランとの対話であり、5月3〜4日、エジプトの保養地シャルムエルシェイクでの「イラク安定化会議」の開催であった。
 ブッシュの戦略転換は、英のブレア首相、ドイツのメルケル首相、さらにロシアや親米アラブ諸国などの説得、そして米議会のベーカー・ハミルトン報告書の勧告などによると考えられる。
シャルムエルシェイクでは、数百億ドルの「イラク復興協定(コンパクト)」の合意を見た、と報道された。しかし肝心のマリキ政権自体が崩壊に瀕していることが露呈した。
 会議中、バグダッドではハシミ副大統領が、「スンニー派差別が改善されないので、政権を離脱する」と声明を出した。すでに4月16日には、サドル師派(シーア派)の6人の閣僚が「米軍撤退の期限を示さない」ことを不満として辞任した。マリキ首相が、サドル師のマハディ民兵によって支えられてきた事実を考えると、これは単に6人の閣僚の辞任劇に留まらない政権の危機である。
 シャルムエルシェイクに出席した各国は、さまざまな支援額を表明したが、これはすべて、フセイン時代の巨額な債務帳消しを言ったに過ぎない。イラクを占領した米国は、石油収入が直ちに債務の返済に回されてしまうので、石油をもって復興資金に充てようとしていた目論見が外れてしまった。それで、ブッシュは、フセイン時代の債務は「不法な債務」と言って、債権国に帳消しを求めた。
 この債務は、イラン・イラク戦争時代、米ソ両陣営が競ってイラクに売り込んだ武器の未払い分である。これらの武器は、今度の戦争で破壊されるか、ゲリラの手に渡っている。日本も産業インフラや病院建設などに巨額の円借款を供与したが、戦争ですべて破壊された。

2.反米武装勢力の華々しい攻撃

 4月12日、イラク国民議会内のカフェテリアで爆発が起こり、2人の議員を含む8人が死亡し、20人が怪我をした。
 世界のマスメディアは、これは「イラクの民主主義に対する挑戦」と報じた。ということは、米占領軍が準備した総選挙で選ばれた議会が攻撃されたのであって、米国流の民主主義に対する挑戦ということになる。
 もう1つマスメディアが強調したのは、「グリーン・ゾーン」にある議会が攻撃されたことは、「武装勢力が、いつでも、どこでも攻撃することが出来るというメッセージ」を示したのだと報じた。
 グリーン・ゾーンは、蛇行しているチグリス川の内側にあり、米大使館をはじめ各国の大使館、政府官庁、放送局などが集中している。正式には「インターナショナル・ゾーン」と呼ばれるが、米軍とイラク治安部隊が厳重に守っている地域で、絶対に安全と見なされていた。
 イラク議会攻撃直後に、同じバグダッド市内で、シーア派住民が集まるマーケットで、大規模な爆発事件が起こり、200人近い人が犠牲となった。これは、爆弾事件としては最大規模の犠牲者の数である。
 イラク国内で武装勢力による攻撃がエスカレートしてきたのが、米軍増派以後だということは、皮肉である。

3.米軍増派と議会

 今年に入って、ブッシュ大統領は、2万1000人のイラクへの増派を発表した。しかし、実際にイラクに送られたのは、3万人であった。それに4月12日、来る6月に任期を終えることになっているイラク駐留米軍に対して、3ヶ月の延長が発表された。これは実質的には増派になる。しかし、帰国を待ちわびている米兵がはたしてまともな戦力になるだろうか。
 問題は、イラクへのこれほどの増派を行なったブッシュ大統領に、イラク安定化への何らの戦略もないということだ。これはまさにベトナムの悪夢の再来である。
 米国の同盟国の中から、イラク戦争に対する批判の声が上がり始めた。3月29日、リヤドで開かれたアラブ連盟のサミット会議の開会式で、サウジアラビアのアブダラ国王は、「米国のイラク占領は不法であり、アラブ諸国がいがみ合っているかぎり、米国のような外国勢力がアラブ地域の政治を支配することになる」と言い切った。これはサウジアラビアと米国の関係悪化を物語るものだが、一方でサウジアラビアが独自の「パレスチナ和平案」などをもって、中東におけるイニシアティブを握ろうとしていることを示している。
 5月1日、米議会は、米軍の撤退期限などを盛り込んだ「イラク戦費の補正予算案」をホワイトハウスに送った。予算案には、米軍は遅くとも10月1日までに撤退を開始し、その後180日以内に完了することを求めている。
 ブッシュ大統領はこれに対してただちに拒否権を発動した。したがって、この予算案は廃案になる。民主党には拒否権を覆すのに必要な3分の2の賛成票は集められない。つまり、イラク駐留の補正予算自体がなくなってしまい、イラク戦争を続けられなくなる。しかもこの補正予算案には、アフガニスタンの米軍駐留費も含まれており、総額1,000億ドル(約12兆円)にのぼる。
 補正予算に撤退のスケジュールを付帯することに賛成した議員の中に、共和党議員がいることに注目すべきである。これは、イラク反戦派のロビイ活動の成果である。

4.米反戦運動の新しい戦略

 今日の米国の反戦運動は、ベトナム戦争の頃と大きく異なっている。
勿論、1月28日のような数十万人の大規模なデモでワシントンを埋め尽くすというベトナム反戦型の「伝統的」な抗議デモも行っている。
 しかし、一方では、全く新しい戦略が生まれている。今年1月はじめ、「イラクのエスカレーションに反対するアメリカ人」、ラムゼイ元司法長官を代表にする「国際行動センター」、女性の反戦組織「CODEPINK」、インターネットの反戦組織「Moveon.org」、労組の連合体、キリスト教会など、イラク戦争に反対するすべての組織が集まって、2週間で150万ドルの資金を集めた。そして、イラクからの帰還兵や反戦ロビイストを上下両院のとくに共和党の有力議員の選挙区に派遣して、反戦の世論を高めるためのメディア活動や議員に働きかける「ロビイ活動」を展開している。これは、補正予算案に撤退のスケジュールを付帯する決議文が上下両院での通過をもたらした。
 その後、インターネットを通じた反戦の資金集めは900万ドル(10億円以上)に達したという。