世界の底流  
イラク戦争の民営化―ブラックウォーター社発砲事件―
2007年12月


1.米民間会社のイラク市民虐殺事件

 昨年9月16日、米国の民間警備会社<ブラックウォーターUSA社(BW社)>の武装輸送車が、バグダッド市内のニソール広場で発砲し、17人のイラク人を殺害し、24人に怪我を負わせた。2005年以来、BW社は同様の発砲事件を195回も起こしている。
 当初、BW社は「広場でゲリラ攻撃にあったので、自衛のために反撃した」と発表した。
 しかし、その1ヵ月後にはBW社の武装輸送車が広場に到着すると「イラク人が運転する一台の車がBW社の輸送車に向かって急発進して“すべての車は広場から出て行け”と拡声器で命令したので、危険を察して反撃した」と微妙に陳述を変えた。
 その後、BW社の発砲事件は、イラク警察、さらにイラク駐留の米軍、FBIなどの捜索により、大規模にイラク戦争が民営化されている実態が明らかにしなった。

2.バグダッドのブラックウォーター社

 ブラックウォーターUSA社はイラクで米国外交官、要人を護衛するために国務省に雇われた民間警備会社の1つである。事件後、BW社はこっそりと<USA>を<WorldWide>と改名した。
 同社はバグダッド市内のグリーンゾーンの一角に居を構えている。グリーンゾーンとは、バグダッド市内を流れるチグリス川西岸、Uの字に曲がった内側にあり、高い壁で守られた要塞である。ここに米大使館、イラク政府の諸機関、議会などが入っている。
 WB社の警備員は84人駐在している。彼らは周囲8メートルの高い塀に囲まれた敷地内にあるいくつかの灰色の鉄製トレーラーに分散して住んでいる。トイレもシャワーも共用で、リクリエーションの時間も限られており、食堂で一斉に食事をする。
 ここでは警備員たちがストレスを発散することができない。そこで若い警備員たちは、トレーラーの屋上で裸の日光浴をするのが日課だった。ところがそれをグリーンゾーンの上空を飛行している米軍ヘリコプターの若い女性兵士が見つけて、BW社に抗議してきたので、以後禁止になった。WB社の警備員たちは「まるで要塞の中の重罪犯の刑務所だ」と嘆いた。

3.米国務省の調査パネルの報告書

 米軍のイラク占領の実態は実に複雑である。軍事面でイラクの治安維持にあたっているのは米軍だが、一方、イラク警察、イラク軍も担当している。この間の連携はうまくいっていない。
 さらに国務省が米国の外交官、要人の警備をはじめ、治安維持を米系民間警備会社に委託してきた。これを<ダインコープ・インターナショナル>、<トリプル・カノピイ>、そして<ブラックウォーターUSA>の3社が独占している。なかでも、ダインコープ社の委託事業は最大である。同社は、2004年以来、イラク警察の訓練費用として、国務省から総額12億ドルを受け取っている。すでに150,000人のイラク人警官を養成した。
 昨年10月24日、国務省は、イラクとアフガニスタンで米国の外交官や政府要人の警備を委託した民間会社を調査した4人の独立審査パネルの報告書を発表した。
 驚くべきことだが、BW社の9月16日発砲事件直後にライス国務長官によって任命された審査パネルなのに、報告書にはBW社の事件については全く触れていない。ただ「バグダッドの警備会社の治安維持にはあらゆる面で重大な誤りがある」と述べている。当然、バグダッドの治安維持を担当しているBW社も入ることになる。
 報告書を要約すれば、武装した警備会社間の調整、コミュニケーション、監督、説明責任などが大きく欠如している、と指摘している。そこで、バグダッド市内と周辺での民間会社の武装輸送車に対する米軍指揮下の<特別コントロールセンター>の設置を勧告している。かねてから、米軍は民間警備会社の車両が軍の許可なしに走り回っていることについて不満を漏らしていた。
 審査パネルから報告書についてのブリーフィングを受けたライス国務長官は、ゲーツ国防長官と話しあった。その時、ゲーツ長官は、米政府の委託会社をすべて米軍の一元的管理下に置きたいと語った。明らかに、イラク占領をめぐって国務省と国防総省との間に確執があるようだ。
 国務省には民間警備会社を監督する職員はたった2人しかいない。つまり、警備会社はイラクでは何をしても自由だし、出費をチェックされることがない。

4.民間警備会社の免責特権について

 その上、今回のブラックウォーター事件で明らかになったことは、米系民間警備会社には免責特権が与えられていることである。その結果、犯人として目される4人は米国に帰国してしまった。
 彼らは、民間人であるので、軍事法廷にかけられない。そこで、10月10日、米国務省は4人に限定的免責特権を与えることを決定した。これは司法省にも通知されなかった。
 そもそも米国には海外の占領地での米民間人の犯罪を裁く法律がない。今回、犯罪が発生した場所は、海外領土と見なされる米軍事基地内でもグリーンゾーンでもなかった。

5.戦争の民営化

 1994年、ハイチで、はじめて米軍は民間の武装警備会社と米職員の警備を委託した。これが<戦争の民営化>の始まりであった。以来、ボスニア、イラクとすでに1200人の私兵が海外の米職員を護衛している。
 さらに米国務省はイラク、アフガニスタン、ラテンアメリカで麻薬対策に米系民間警備会社2,500社と契約しており、年間22億ドルを支払っている。
 イラクでは、要人の警護にとどまらず、復興事業と称する分野を含めると、13万の民間企業が委託事業を行なっている。これらは、コストの観念が全くなく、ぞんざいな仕事、泥棒、腐敗と言った悪罵が浴びせられている。しかし、軍隊ではないので軍法会議にかけられず、占領地であるので米国内の法律から除外される。決して裁かれることがない。