世界の底流  
レバノン戦争と米・イスラエルの石油戦略
2006年9月3日


 イスラエルのレバノン侵略は失敗した。しかし、このレバノン戦争の背景に、イスラエし)ルの石油利権が絡んでいることについてあまり注意が払われていないようだ。
 イスラエル軍がレバノン空爆を開始した日の1日前、7月13日、アゼルバイジャンのカスピ海沿岸のバクー(Baku)油田からグルジアのトビリシ(Tbilisi)を経由してトルコ領に入り、トルコの東地中海沿岸のセイハン(Ceyhan)港に至るBTC石油パイプラインの完成式がセイハン港で開かれた。このパイプラインは、日産100万バレル以上の原油を西側市場に供給することが出来る。
 BTC石油パイプラインのパートナー・株主は、英国のBP社(30.1%)を筆頭に、AzBTC(25.0%)シェブロン(8.9%)、フランスのTotal(5.0%)、イタリアのENI(5.0%)、伊藤忠(3.4%)、Conoco-Phillips(2.5%)、などである。
 そして、セイハン港での完成式の式典に続いて開かれたイスタンブールの宮殿で、トルコのAhmet Necdet Sezer大統領の主催によるレセプションには、BPの会長Browne卿をはじめ、英国、米国、イスラエル政府の高官たちが出席した。イスラエル政府代表団の団長は、Binyamin Ben−Elizerエネルギー相であった。
 BTCパイプラインは、ロシア領を完全にバイパスする。代わりにアゼルバイジャンとグルジアを通過するのだが、元ソ連邦であったこれら2国は、現在、NATOと軍事同盟を持っており、いわば米国の“保護領”になっている。さらに、アゼルバイジャンとグルジアともに長い間イスラエルと軍事協力関係にある。たとえば、2005年、グルジアの複数の会社は、米国が「対外軍事金融プログラム」の下でイスラエルに供与した2,400万ドルの軍事援助のプロジェクトを受注している。
 イスラエルはアゼルバイジャンの油田に権益をもっており、ここからの輸入はイスラエルの全輸入量の20%を占める。BTCパイプラインの開通によって、イスラエルのカスピ海からの石油輸入が飛躍的に増加するだろう。
 さらに、レバノン戦争に関連したものとして、ロシアの影響力が弱体化したことと、イスラエルの台頭であった。イスラエルはBTCパイプラインの終点であるトルコのセイハン港からの石油輸送ルートの防衛の役割を担っていくだろう。
 したがって、レバノン戦争は、これまでイスラエルが注意深く計画してきた軍事ロードマップの一環であったといえるだろう。イスラエルと米国の軍部はシリアとイランに戦争を拡大する計画を建てていた。これは、石油戦略と石油パイプライン計画に大きく関連している。またBTCパイプラインの回廊を支配している西側の巨大な石油資本にも支持されている。そしてイスラエルはレバノン戦争を通じて、東地中海沿岸の支配を目指している。
 2006年7月14日付けのロシアの有力紙『Komerzant』は、「BTCパイプラインはその地域の国ぐにの状況を著しく変えた。そして、これは親西側同盟を強化させた。パイプラインを地中海に届けることによって米国はアゼルバイジャン、グルジア、トルコ、イスラエルとの新しい軍事ブロックを設立したことになった」、と書いている。BPに率いられたBTCパイプラインの完成は、東地中海の地政学を大きく変えた。これはカスピ海から地中海にいたるエネルギー回廊が出現したことになる。
 今日、イスラエルはアングロ・アメリカ枢軸の一部になった。これは中東と中央ジアに権益をもつ西側石油資本の利益に貢献するものである。
 BTCパイプライン社の広報によれば、カスピ海の石油は西側諸国に供給されると言っているが、実際には、イスラエルにも供給することになる。これに関連して、トルコとイスラエルの間に海底パイプラインを建設するというプロジェクトがある。これはトルコのセイハン港とイスラエルのアシュケロン港との間に敷かれ、そこからイスラエルのパイプライン・システムを通じて紅海まで運ぼうというのである。
 イスラエルの目的は、単にカスピ海の石油を国内で消費というところにあるばかりでなく、カスピ海の石油を紅海のエイラート港にまで運び、アジア市場に売ることにある。
 つまり、イスラエルはBTCパイプラインと「トランスーイスラエル・エイラート・アシュケロン・パイプライン(Tipline)」をリンクさせることを目論んでいる。2006年4月、イスラエルとトルコは、シリアとレバノン領土をバイパスする数十億ドル規模の4本の海底パイプライン(水、電気、天然ガス、石油)建設計画を発表した。
 ここで注意すべきことは、パイプラインの中に水が含まれている点である。これはトルコのアナトリア地域のチグリス川とユーフラテス川の水源からくみ上げた水を運ぶものである。これはシリアとイラクに打撃を与えるもので、イスラエルの長期的な戦略であった。この水プロジェクトはトルコとイスラエルの軍事協定の議題の1つであった。
 イスラエルの軍事力にバックアップされたBTCパイプラインとトルコ・イスラエル間海底パイプラインによってカスピ海の石油とガスをアジアに輸出する計画は、中央アジア・ロシアと、南アジア・中国・極東をパイプラインの回廊で直接つなぐというこれまでの計画に打撃を与える。つまり、このBTCパイプライン計画は中央アジアにおけるロシアの立場を弱体化させ、中国と中央ジアの石油との関係を絶つことにある。またイランを孤立させることになる。そして、イスラエルはグローバルなエネルギー市場での新しい強力なプレイヤーとなる。
 ロシアは、東地中海の沿岸を軍事化するという米・イスラエル・トルコの構想に対抗して、シリアのTartus港に海軍基地を建設するという計画を持っている。これについては、2006年6月2日付け『Kommerzant』紙は「ロシア国防省によれば、Tartus港のロシア海軍基地建設は、中東におけるロシアの地位を強め、シリアの安全を高めることになる。さらにロシアはこの海軍基地の周辺を航空防衛システムで固める」と報じている。
 Tartus港はレバノン領からわずか30キロのところにある戦略的な要衝である。
 さらに、同じ日の『Kommerzant』紙は、「ロシアとシリアはシリア空軍の近代化協定、およびシリア地上軍の支援プログラムに合意した。それはMIG29攻撃機と潜水艦の近代化である」と報じている。この地域の紛争がエスカレートするにともない、このことは、非常に大きな意味を持つ。
 レバノン戦争勃発以前に、イスラエルとトルコは、レバノンとシリア領土をバイパスする海底パイプライン建設を発表していた。この海底パイプライン計画はレバノンとシリアの領海を侵犯するものではない。
 一方、石油と水についてのもう1つの計画、すなわちレバノンとシリアの領土内を通過するという地上パイプライン計画がある。つまり、カスピ海からのTBCパイプラインの終点であるセイハン港からシリアとレバノンを通過してレバノン・イスラエル国境にいたるルートのパイプラインである。これは明らかに、トルコとイスラエルが東地中海沿岸(シリアとレバノン)を軍事的に支配することが条件である。
 これは、レバノン戦争の隠れた目的ではなかったのだろうか?
 イスラエルのオルマート首相は「イスラエルのレバノン攻撃は長期間にわたるだろう」と述べた。米国はイスラエルに対する武器輸出のテンポを速めている。この「長期戦」戦略には、石油と石油パイプライン計画が関連している。