世界の底流  
日系企業の移転に反対するフランス国会議員のハンスト勝利
2006年5月10日


 今年3月半ば、私は、「連帯経済」についての国際会議に出席するためにパリを訪れた。
 「連帯経済」とは利潤追求を動機とする企業ではない、草の根の人びとによるもう1つの経済活動を言う。中身は協同組合、NPO、フェア・トレードなどである。
 折から、パリは、ドビルパン首相が提案した若者の雇用政策(CPE)をめぐって、学生、労働組合などが連日大規模なストとデモを繰り広げていた。
 パリ滞在中、私は、ピレネー・アトランティーク地区選出のジャン・ラサール議員(Jean Lassalle)が、3月7日から、議事堂内でハンストをしていることを知った。その理由は、彼の選挙区にあるアルミ工場がよそに移転することになり、過疎の山村が崩壊してしまうことに抗議していた。
 このアルミ工場(TOYAL France)は日本の東洋アルミの100%子会社であった。もともとこの工場は、世界最大のアルミ・メーカーであるカナダのアルキャン社の子会社であった。82年に、東洋アルミがアルキャン所有の株を買収したのであった。東洋アルミは大阪に本社を持ち、アルミの最大手の日軽金の100%子会社である。
 TOYAL France社はピレネーの山中アクースで、これまで80年間に亘って自動車の塗装用アルミ・ペーストを生産していた。3年前に、この工場を70キロ離れた平地ラックに移転させる計画を立てた。
 ラサール議員は、計画が発表された当初から工場の従業員とともに移転反対してきたが、万策つきてついに、議事堂内でハンストを始めた。彼は、2002年、中道右派フランス民主連合(UDF)から立候補して国会議員に選出された。彼は羊飼いの出身で“山の民”を代表している。
 通常、公害産業と見なされているアルミ工場が山の中にあれば、環境保護の立場から出て行ってくれというのだが、この工場に関する限り、同議員によれば、「緑の工場」であるという。毎月トラック一台に原料のアルミ塊を運んできて、アルミ・ペーストに加工するのだが、公害は出さない。むしろこの工場が150人の従業員を雇うことによって、村に郵便局やショップが出来ことになり、羊飼いたちは、この地方の特産物である羊のチーズを生産することが出来る。同議員は、自然は人が住んでいてこそ護ることができるのであって、ただ、自然を壊すなといって何もしなければ、破壊される、という。
 ラサール議員は、21歳の時、フランスで最も若い村長になって以来、50歳の今日に至るまで、政治の分野で活動してきた。父の亡き後、400頭の羊の面倒は弟が引き継いでいる。
 彼は、2003年、フランス、イタリアの山の民を主体にスイス、アンデス、ヒマラヤ、中央アジアなど70カ国の山岳民を集めてエクアドルのキトに集まり「世界山岳民協会(World Mountain People Association WMPA)」を立ち上げた。
これは山岳民の自治体が主体となって、NGO、住民組織も入り、FAO、UNESCOなどの国連機関も支援している。ラサール議員はWMPAの議長に選出された。そして、近いうちに、フランスで山の民の「世界閣僚会議」が開催される予定である。
 彼は、ピレネーなまりを軽蔑され、山の中に工場があるなど怪しからんという都市の環境“原理”主義者たちに敵視され、さらに工場の移転先の選出議員を抱える社会党からは冷たくあしらわれた。同僚の議員の中には、「国会は立法の府であって、ハンストの場ではない」とまで言う人もいた。マスコミも当初、CPEの取材に追われ、フランス議会はじまって以来はじめての議員のハンストという実力行動に対して、冷たかった。しかし、ハンストが続く中で支持者も増え、CPE問題が解決した後、4月15日、フランス政府の仲介もあって親会社の東洋アルミが計画断念を発表した。
 TOYAL France社は工場を移転せず、現地に留まり、工場を拡張することになった。ただし、その経費をフランス政府に肩代わりさせようという魂胆である。
そこで、ラサール議員は、1ヵ月を超えるハンストを止め、病院に入院した。ハンストのために20キロも痩せたが、元気を回復して、世界の山の民の声を世界に発信するために、27日、ピレネーの故郷に帰った。ラサール議員のハンストを支持する国際的な署名運動には多くの日本人も名を連ねた。
 ラサール議員は、山の多い日本にも、過疎の村が多いことを知って、近いうちに日本を訪問したいと言っている。彼は、これまで政治的、経済的、社会的、文化的に無視されてきた世界中の山の民が団結して、声を上げるときがきたと信じている。