世界の底流  
「ウルグアイ大統領選挙―南米の4分の3の人口が左翼政権下に」
2005年4月29日


 去る3月1日、南米のスイスと呼ばれる人口300万人の小さな国ウルグアイでは、タバレ・バスケス氏が大統領に就任した。

1)ウルグアイに左翼政権が誕生

  バスケス大統領(64歳、医師)は「進歩的出会い」、「広範な戦線」、「新多数派」などの連合の推薦を受けて当選をはたした。彼はみずから左翼政治家であることを任じている。しかし彼はかつてキューバやチリがやったような外国企業の国有化などといった伝統的な社会主義政策を採っていない。代わりに、彼が大統領就任直後に手がけたのは、キューバとの国交回復であり、米国との投資協定の見直しであった。
  このバスケス大統領が打ち出した現実路線は、左翼勢力が多数派を取っている議会の支持も受けている。たとえばホセ・ミュジカ議長は、彼自身、かつて70年代には、ウルグアイ社会を震撼させた左翼都市ゲリラ「ツパマロス」の最も知られた指導者であったのだが、「世界が変わったので、我々も変わらねばならない。なぜなら、社会主義は失敗したが、いまのところそれに代わるオルタナティブはないからだ。我々は現実路線をとらなければならない」と述べている。

2)南米の人口の4分の3が左翼政権下に
  
   バスケス左翼政権の誕生は、これまで150年にわたってウルグアイを支配してきた2大保守政党政治に終止符をうつことになった。
  そればかりではない。ウルグアイでの左翼政権の誕生は、ベネズエラ、ブラジル、アルゼンチン、エクアドルなどの新しい左翼政治の存在を一層浮き彫りにする事件であった。今日では、3億5,500万人の南米大陸の人口の中で、なんと4分の3が左翼政権下にあることになる。
  この南米5カ国の左翼政権は、それぞれ政治スタイルや政策に大きな違いはあるが、「米国が80年代から4半世紀にわたって主導した自由貿易改革は失敗した」ことについては合意している。また、「貧困根絶」という新しい平等主義と社会福祉政策を政権の最優先課題としていることについても一致団結している。
  また5カ国の左翼政権は、しばしばカストロ流の革命用語や反米的なレトリックを使うが、実際の政策では、米国の権益を傷つけるようなことを慎重に避けている。たとえば、IMFの構造調整プログラムを全面的にやめることをしていない。彼らの経済政策は、キューバのチェゲバラよりも、むしろスペインのゴンザレス現政権のそれに近い。 

3)IMF・世銀の構造調整プログラムが根源

  南米に左翼政権が登場した理由は、1982年の債務危機に根源がある。当時南米諸国は政治的には、それまでの長い軍事政権の抑圧から解放されつつあったが、債務危機からの“救済”をテコにして国際通貨基金(IMF)や世界銀行の構造調整プログラムという経済的桎梏のもとに置かれたのであった。
  構造調整プログラムとは、第1に、債務返済のための緊縮財政である。その結果、教育、医療、福祉、地域開発など民生予算が大幅に削減された。それは貧困層にしわ寄せられたことはいうまでもない。第2には、貿易、投資、金融の自由化、規制緩和、民営化が導入された。その結果、国内資本は打撃を受け、失業が増大した。
  途上国の中でも、南米諸国は工業化が進み、中産階級が育成されていた。またアルゼンチン、ブラジル、ベネズエラなどでは、ヨーロッパ型の福祉社会が生まれようとしていた。しかし、IMF・世銀の構造調整プログラムの導入によって、すさまじいばかりの貧富の差が拡大し、貧困が増大した。2年前、ルラ労働党政権が誕生した時のブラジルには、人口の70%が「人間が生きていくための最低のニーズ」さえ奪われた「絶対的貧困」下にあった。IMFの統計によっても、1998年から2003年の間、インフレを考慮に入れても、南米諸国はゼロ、またはマイナス成長を記録している。
  これらのことが、これまで6年間に、南米諸国で選挙に左翼候補が立て続けに勝利してきた理由である。ウルグアイの大統領選挙で、バスケス候補が貧困根絶のためにこれまでのように市場の自由競争に任せるのではなく、今後は政府がより大きな役割を果たすことを公約すると、人びとは彼に票を投じたのである。

4)ブッシュ政権は打つ手がない

  このような南米の“左翼化”に対して、米国はこれまでのような敵視政策や政権転覆などといったおおっぴらな介入政策を採れないでいる。なぜならブッシュ政権はイラク戦争で手一杯の状態にあるからだ。
  また南米では、草の根の人びとの政治意識がかってないほど高まっている。ブラジルの最大の社会運動である「土地なき農民運動(MST)」のペドロ・ステディーレ代表は「南米は火山帯のような状況にある」と評した。これら農民運動は、国境を超えて連帯し、「ビア・カンペシーナ(農民の道)」というWTO(世界貿易機構)に反対する最も巨大な農民の国際ネットワークを立ち上げている。たとえクーデターでトップの政権を転覆させても、事態を変えることはできない。
  たとえば、米国は、これまでのカナダ、メキシコとの「北米自由貿易協定(NAFTA)」を拡大した北・中・南米34カ国(キューバを除く)の「米州自由貿易協定(FTAA)」を05年までに締結するというスケジュールを立てていた。そして01年4月、カナダのケベックで開かれたFTAA首脳会議では、ベネズエラのシャベス大統領を除いて、全員が2005年のFTAA設立に賛成した。しかし今日では、米国はあきらめたようだ。「FTAA」という言葉さえ聞かれなくなった。
  ウルグアイに続いて南米で次に左翼政権が誕生するのはどこかということに関心が集まっている。たとえば、ペルーでは、最近の世論調査によると資本と金融の自由化に反対する声が大きくなっているという。選挙が行なわれれば、左翼政権が誕生するという予想がある。
  そして、ボリビアでは、天然ガスをペルー経由で米国に売却しようとしたサンチェス大統領が労働者と農民の抗議デモによって、政権の座を追われ、マイアミに亡命するはめになった。ボリビアにも左翼政権が誕生する可能性は高い。
  このような南米の新しい動きを日本のマスコミは全く報道しないが、世界の新しい潮流になっている。