世界の底流  
バスラ英兵奪還事件の続報
2005年10月30日


 前述したイラクのバスラで2005年9月19日に起こった英軍による英兵2人の奪還事件の続報である。
 事件発生1カ月後の10月20日、奪還作戦を指揮したジョン・ロリマー准将は、記者会見で、「2名の英兵がジャミアット警察署からイラクの民兵の手に委ねられたことを知り、その生命の危険が大きくなった。そのために警察署を襲撃せざるを得なくなった。襲撃によって、2人が警察署にもはや居ないことが判明した。その後、バスラ市内の家に収容されていたのを救出することが出来た」と語った。
 また「イラク警察はテロリストと関係があり、テロリストはイランに支援されている」と語った。
 この発言は、ただちにイラク移行政府のジャブル内務相によって否定された。2人の英兵は、民兵に渡されたのではなく、入れられていた家は警察署に隣接した家屋であった、と語った。
 イランとの関係については、英国防省の高官が、「否定」した。
 10月14日、英国政府は公式にバスラ警察署襲撃によって7人が死に、43人が負傷したことを認め、その犠牲者と家屋破壊について賠償金を支払うことを約束した。
 同時に翌15日、英軍の警察部隊のマスターズ大尉に率いられたチームが真相解明を行うことになった。
 しかし、マスターズ大尉はその翌日、10月16日、なぞの死を遂げた。英国防省の発表によれば、彼の死は「戦闘によるものでも、病死でもない」ということであった。BBCテレビはマスターズ大尉が極度のストレス下にあった、と報道し、自殺説をほのめかしている。たしかに、マスターズ大尉は英国軍警察とMI6の情報部との軋轢の犠牲者であろう。