世界の底流  
「フィリピンのアロヨ政権の危機」
2005年5月11日

 昨年9月、フィリピンの著名な経済学者200人がアロヨ大統領に対して「フィリピン経済は第2のアルゼンチンとなるであろう」という警告の共同声明を出した。これは、2002年はじめ、アルゼンチンが債務不履行に陥り、資金は海外に流出し、経済が破産したことを指す。

1.大統領退陣を要求する2つの声明

 今年に入って、4月には、ラモス政権時代に国防長官をつとめたアバト将軍が「国民救国連合」の名でアロヨ大統領の退陣を要求した。アロヨ大統領側は即座に反撃に出て、国家警察がアバト将軍を「国家反逆罪」の容疑で捜査を始めた。これはいつものようにフィリピン国軍による「クーデター騒ぎ」として片付けられた。
 ところが、翌5月には、フィリピン社会に影響力を持つ政、財、宗教界の有力者が共同でまったく同じ内容の声明を出した。この中には、人びとの信望厚いカトリック司教たちも含まれていた。ここにいたってにわかにアロヨ政権の危機が問題になりはじめた。
 2つの声明に共通しているのは、アロヨ大統領の統治能力に対する不信任と、大統領の親類や側近の汚職を非難している点である。アロヨ大統領にとって致命的なのは、政権の基盤である都市部の中産階級が、彼女の政治能力を疑問視しはじめたことである。政府はすべて掛け声ばかりで、サラリーは全く上がらないという不満を抱いている。現政権を信じなくなっており、将来に大きな不安を感じはじめている。
 一般の民衆にとっては、アロヨ大統領はエリートで、もともと遠い存在であった。彼らの中では、エストラーダ前大統領やアロヨの対立候補であった故フェルナンド・ポーのほうが依然として人気が高い。
 大統領と議会の関係も悪化している。議会では、アロヨ大統領の与党が多数派をしめているにもかかわらず、最近、付加価値税を10%から12%に引き上げるという大統領の提案を議会が否決した。これは、大統領の政治力を疑問視する根拠となった。さらに、大統領は税務所の徴税能力の強化策を打ち出した。しかし、これは「貧乏人を苦しめる」として批判されたばかりでなく、金持ちまでもが「どうせ高官の懐に入ってしまうか、対外債務の返済に充てられるだけなのに、なぜ税金を払わねばならないのだ」と拒否する始末であった。 

2.急増する対外債務

 たしかに、フィリピン経済は破産寸前の様相を示している。その最大の原因は、巨額の対外債務にある。債務総額は654億ドルにのぼり、GDPの81%に達している。10年前には、300億ドル台であったのだが、2倍に急増している。年間の債務返済は輸出額の22.1%を占めている。現在、返済を迫られている外国の民間銀行への債務返済額が62億ドルなのだが、これを支払うことができない。
 フィリピン経済に対する信用度が低いので、外国の資本が入ってこないばかりか、国外に逃避している。2003年の外国からの投資は3億1,900万ドルである。同じく先進国からの政府開発援助も年間7億3,550万ドルにとどまっている。 
 フィリピン経済を支えているのは、米、ヨーロッパ、中東、香港、シンガポールなどへの出稼ぎ労働者の送金である。フィリピンは500万人という世界で最大の出稼ぎ労働者を送り出している。これは最大の外貨収入になっている。しかし、送金を受ける国内の家族たちは、生産部門に投資するのではなく、家を新築するか、あるいは子どもや兄弟姉妹の教育費に充てる。教育を受けた彼らは、同じく出稼ぎ労働者となって国外に出て行く。したがって、フィリピン経済の活性化につながらない。

3.3つの反政府武装勢力

 アロヨ大統領の最大の敵は、イスラム教徒と毛沢東主義者という2つの武装勢力である。
一般的に知られているのは、オサマ・ビンラデンのアルカイダと繋がりがあるとされるイスラムの「アブサヤフ」だが、これはミンダナオの南のスル諸島という限られた地域で活動している。9.11以後、フィリピンは米軍の支援を受け、掃討作戦を行なってきたが、めぼしい効果をあげていない。今年2月1日、マニラ市内のマカティ地区、ミンダナオのゼネラルサントス、ダバオという3つの都市で爆弾事件を起こした。そのため、フィリピンは「外国資本の投資危険度」では最低のランクを付けられた。
 第2に、古くからミンダナオ島で分離独立を目指してゲリラ活動を続ける「モロ・イスラム解放戦線」がある。アロヨ大統領は、さる4月、彼らと和平交渉をするために、マレーシア政府に仲介を頼んだ。これは、フィリピン政権にとって最大の脅威であるもう1つの武装反乱勢力「新人民軍」に対処するためである。
 新人民軍は、36年前、マルコス独裁政権時代からルソン島でゲリラ活動を続けてきた。現在、ネパールの共産党ゲリラを並んで、「毛沢東主義」を名乗るフィリピン共産党の武装勢力である。ゲリラの数は8,000から2万とも言われるが、マニラ近郊でもゲリラ攻撃が出来るし、また、ネグロス島などのビサヤス地域、そして南のミンダナオ島にも勢力を伸ばしている。
 新人民軍のゲリラに対して、フィリピン国軍はこれまで有効に闘うことが出来ない。クルス国防長官によれば、「フィリピン政府が、92年、クラーク空軍基地とスービック海軍基地という2つの巨大な米軍基地を撤退させたために、米国の軍事援助が断たれたことが国軍の弱体化をもたらした」という。
 国防長官は、4月2日、記者会見を行ない、「新人民軍を“中立化”出来れば、農村部での生産性が高まり、外国からの観光客も戻ってくるだろうし、外国資本の投資も増えるだろう」と述べた。しかし、その直後に、ロスレイエス副参謀総長が「新人民軍の脅威を取り除くことが出来るのは、2017年以降である」と述べた。
 今日、アロヨ大統領の支持率は、2001年の就任以来最低を記録している。フィリピンは最大の危機に直面しているといえるだろう。