世界の底流  
先進国の古着がアフリカの繊維産業を破壊
2004年6月4日

6月4日付けの『ニューヨークタイムズ』紙は、ウガンダの首都カンパラにあるアフリカ最大のマーケットのルポ記事を載せた。これは総面積にして10ヘクタールのOwinoマーケットで、鶏や野菜から、ものすごい臭いをさせる干し魚や伝統的な薬にいたるまでありとあらゆる品物が売られている。そのなかで最大の面積を占めているのは、古着である。これはヨーロッパ、米国、日本などから輸入されたものだ。

ウガンダでは、ウガンダ製造業協会の統計によると、この古着輸入は年間230万ドルにのぼり、ウガンダ国内の繊維市場の81%を占めている。ウガンダ人は「I love New York more than ever」や「I am what you fear the most: US Marines」などといったロゴをつけたTシャツを着ている。

このような光景は、ウガンダだけではない。西アフリカのマリから東アフリカのモザンビークにいたるまで、アフリカ人が、ヨーロッパ、米国、日本などの古着を着ている。アフリカ全体では、この古着輸入は5,900万ドルにのぼる(2002年統計)。

このような古着は、先進国では、人びとがリサイクル品として、あるいは慈善事業の一環として、無料で寄付したものである。それが、古着の輸出業者に売られ、コンテナにつめられ、アフリカに輸出される。

アフリカの港についたこれらの古着は、3つに分類され、最も質の悪いものが、地方の貧しい農村のマーケットで売られる。ウガンダではこの仕事に従事している労働者の数は5万人にのぼる。

ウガンダでは、繊維業者の間から、古着の輸入禁止を求める声が上がっている。このように多量の古着が輸入されれば、国内の繊維産業は破産に追い込まれる。とくに、植民地時代からウガンダは、ナイル川沿いに上質の綿花を栽培し、質の良い繊維を製造し、さらに、縫製業も発達させてきた。1970年代には、これはウガンダの主力産業であった。しかし、1980年代末から、イディ・アミンの独裁政治によって、繊維産業は斜陽化しはじめた。このようなときに古着の輸入がはじまったのであった。

しかし、安い古着の輸入によって、ウガンダの伝統的な地場産業である繊維産業が壊滅の危機に瀕している。たとえば古着のブラウスは、1枚5,000シリング(2.5ドル)だが、ウガンダ製の新しいブラウスだと4倍の値段が付いている。

南アフリカでは国内の繊維産業と労組の圧力により、1999年以来、古着の輸入を禁止している。そのほか、ナイジェリア、エチオピア、エリトリアなどが輸入を禁止した。またケニアの考慮中である。

古着輸入禁止に対して、先進国から、この事態はグローバリゼーションの結果であり、アフリカの地場産業は競争に勝てないのだから、禁止すべきではないという意見が出ている。またスイスのNGOのAXAIDはガーナにおける古着輸入の実体調査を行い、「実際には、古着輸入がガーナの繊維産業と競争しているのではなく、相互補完の関係にある」という報告書を出した。なぜなら「ガーナの繊維産業は、ガーナのKentoと呼ばれる伝統的な衣装を製造しており、近代的な衣服の輸入古着とは異なる」からだといっている。

米国は貿易障害に対して、厳しく反対している。米国は古着の輸入と引き換えに、アフリカの繊維製品の米国市場の開放を提案している。言い換えれば、アフリカは輸出志向の経済成長を図るべきだと言っている。米通商省の統計では、2003年、アフリカの繊維製品の対米輸出は総額12億ドルにのぼった、という。