世界の底流  
新しい「帝国」の時代に入った
2003年4月
米国対グローバルな世論という2つの超大国

 米英による対イラク攻撃は、秒読みの段階に入った。 
 2月15〜16日、ロンドン、ローマ、マドリッド、そしてニューヨーク、メルボルンと、100万単位の反戦デモのウエーブが、地球を一周した。いずれも、政府がブッシュ大統領のイラク攻撃に賛成している国である。デモ参加者総数は、1,200万〜2,000万人とも言われる。200万人に上ったロンドンのデモでは、人びとは「これはデモではない。歴史的事件だ」と叫んだ。このグローバルな反戦デモは、人類の歴史上、民衆による最大の直接民主主義の行動であった。人びとは、選挙による間接民主主義ではなく、街頭で意思を表明する直接民主主義を選択したのだ。
 この反戦デモを境に、9.11以来、ブッシュ政権寄りであった米国のマスメディアの論調に変化が起こった。2月18日付けの『ニューヨーク・タイムズ』紙は、反戦デモの記事の冒頭で、「ここに、依然として、2つの超大国がある。1つは米国であり、もう1つはグローバルな世論である」と書いた。
 同時に、この巨大な反戦デモは、フランスのシラク大統領、ドイツのシュレーダー首相というEUの2大指導者に影響を及ぼした。つづいて開かれた国連安保理は、「軍事力の行使」に反対するフランス外相の大演説が大勢を征し、安保理15カ国中11カ国が「反戦」側についた。マスメディアは、これを「反戦安保理」であったと評した。

米国はレーニンの言う帝国主義か?

 90年代、ソ連が崩壊し、米国が唯一の超大国になった。クリントン政権は、イスラエル・パレスチナ和平を仲介し、北朝鮮との対話の道を探るなど国際強調の道を選んだ。しかし、いずれも失敗した。
 ブッシュ大統領が登場し、9.11テロが起こると、米国は世界のいかなる国、地域に対しても軍事力を行使するという「先制攻撃戦略」を開始した。これは、まさに帝国主義である。
 しかし、この帝国主義は、19世紀、英国が7つの海を制覇した時、またヨーロッパがアジア・アフリカを植民地支配した時のような、領土を拡張する帝国主義ではない。
 米国は、新しい領土の獲得をめざしているのではない。しかし、ブッシュ政権が、テロの撲滅を目指しているとは思えない。なぜなら、アフガニスタン戦争では、首都カブールからタリバンを追い出したが、今日に至るまで、9.11の首謀者と決め付けたアルカイダのオサマ・ビンラディンも、テロリストを匿っている筈だったタリバンのオマール師も捕まえていないばかりか、その所在すら掴んでいない。「テロ撲滅のための」アフガニスタン戦争は完全に失敗であった。そして、アフガニスタン戦争の目的が達成されていないのに、米国は、新たなイラク攻撃に踏み切ろうとしている。CIAはビンラディンとフセインの関係を示す証拠を提出できないでいる。

ブッシュ政権イコール石油資本

 このような米国の軍事行動は、領土の獲得を目的としたものではない。その意味では、レーニンが規定した「帝国主義」ではない。しかし、ブッシュ政権の戦略はすべて石油がらみである。京都議定書からの脱退、クリントン大統領がゴー・サインを出さなかったアラスカの油田開発を許可、昨年8月、国連ヨハネスブルグ・サミットをボイコットしてきた。アフガニスタンでは、カスピ海の油田からのパイプラインを敷く話があった。
 9.11テロの犯人の大多数が、これまで米国の最大の石油輸入先であったサウジアラビア人であったこと、またビンラディンがサウジアラビア皇太子の友人であったことなどにショックを受け、これまでのサウジアラビア依存の政策を変え、これに次ぐ石油埋蔵国であるイラク石油の支配を狙って、イラク攻撃を決めたという説がある。これは、先の大統領選で、ブッシュがゴア候補と競り合うまでに票をのばしたのは、エクソンなど石油会社の献金がモノを言ったということから来ている。ブッシュ政権は石油資本によって占められていると言っても過言ではない。

新しい「帝国」論をめぐる論争

 最近、日本でも翻訳本が出版されたのだが、アントニオ・ネグリとその弟子であるマイケル・ハートとの共著「帝国」が、反グローバリゼーション派の論客の間で話題になっている。ネグリはイタリア新左翼の思想的指導者で、今日、アナーキスト・グループ「ヤ・バスタ」の若者たちの神話的偶像である。彼は79年以来、投獄と亡命を繰り返し、現在は仮釈放の身である。ネグリは、今日の帝国は領土を持たないという。それは、多国籍企業、IMF、世銀、WTOなどの国際機関からなる有機的なネットワークであり、グローバリゼーションのプロセスを繰り返している。これは、抑圧と破壊を行う桁外れの権力である。
 ネグリは、この帝国に立ち向かっているのは、彼がマルチチュードと呼ぶ、抑圧と破壊に抵抗するグローバルな人びとである、と述べた。
 1月末、ブラジルのポルトアレグレで開かれた第3回世界社会フォーラムで、インドの評論家アルンダティ・ロイは、「帝国は、エリートの連合体であり、権力の集積であるとしながら、テロリズム、各種の原理主義などは、この帝国が生み出した不潔な化け物であり、また同時に帝国が生み出した圧倒的な貧困に依拠している」と分析した。 
 ロイも又、ネグリと同じく、この帝国と対決するのは、「帝国の犠牲となっている人びとのグローバルな抵抗以外にない」と結論づけている。
 私は、この「帝国」をめぐる議論を最も必要としているのは、日本だと思う。小泉首相の言う構造改革とは、帝国が推進しているネオベラル(新自由主義)なグローバリゼーションの1輪であり、すでに20年余りにわたって、途上国で進められてきたIMF・世銀の構造調整政策と同一のものである。その結果、今日の途上国は、貧困が激増し、環境が破壊され、人権が侵害され、紛争が激化している。
 私たちは、帝国の実態を見極め、それと有効に対決しなければならない。まず、ブッシュ大統領のイラク攻撃に「ノー」と言い、行動に出なければならない。街頭で自らの意思を表明する直接民主主義の手段に訴えねばならない。