世界の底流  
欧米の大規模なイラク戦争反対デモ
2003年1月
 欧米のマスコミは、ブッシュ大統領の対イラク攻撃のDデーは12月16日であると報じている。これが正確ならば、この記事が読者に届く頃には、すでにイラク戦争が始まっているだろう。
 しかし、ブッシュ大統領が、今年1月の年頭教書で「悪の枢軸」としてイラクを名指したのが、事実上の「戦争宣言」であった。さらに、さる6月1日、ウエストポイントの士官学校の卒業式で、ブッシュ大統領が「先制攻撃戦略」を発表した時には、米国はすでに対イラクの実戦準備を完了していた。その1カ月後には、ペンタゴンは、イラクを25万人の兵力をもって北、南、西の3方面から攻撃するという軍事計画発表した。イラク戦争は、早くから始まっていた。 
 ただし、ブッシュ氏の誤算は、米議会の民主党の抵抗と、ヨーロッパの首脳たちの非協力であった。したがって、国連安保理での決議採択とイラクへの国連の査察団派遣という余計な"儀式"を経ざるをえなくなり、Dデーは1年近く遅れてしまった。ここでは、その背景となっている草の根の反戦運動を探る。
1.米国ワシントンの大規模反戦デモ
 米議会の抵抗は、言うまでもなく、個々の民主党議員の信念もあったのだろうが、その背景には、米国内の反戦世論の高まりがあった。
 たしかに、9.11直後には、米国の世論はテロ反対一色に塗りつぶされた。その1カ月後、アフガニスタン戦争開始の際には,議会で反対票を投じたのは、サンフランシスコ選出の下院民主党バーバラ・リー女史1人だった。彼女の選挙区であるバークレイは、全米で最もリベラルな町と呼ばれている。
 しかし、今年に入ると状況に変化が見られた。9.11で逼塞させられた反グローバリゼーション派が復活した。4月20日土曜日の午後、ワシントンで開かれたIMF・世銀の春季会議に対して、全米から10万人以上の人びとが集まり抗議デモを行った。
 このデモは、「途上国の債務帳消し」や「多国籍企業の不正行為を糾弾する」ものなど、多様な要求を掲げていたが、中でも多かったのは、「イラク戦争反対」「パレスチナに連帯」と書かれた横断幕やプラカードであった。これは、ベトナム戦争当時を思い起こさせる風景であった。
 さらに、10月26日には、ブッシュのイラク戦争に反対する大規模なデモが全米各地で行われた。これを組織したのは、「戦争と人種差別をストップするために今行動しよう」であった。これは、長い名称の頭文字を並べた「A.N.S.W.E.R.(答えるの意味)」で知られる。 
 「A.N.S.W.E.R」は、米国最大労組のAFL-CIOをはじめ、キリスト教会、公民権運動、女性団体、NGOなどが参加している幅広い、緩やかな連合体である。ラムゼイ・クラーク元司法長官が、スポークスマン的な役割を担っている。
 このイラク反戦デーには、首都ワシントンに、20万人が集まった。サンフランシスコでは10万人、その他の都市では数千人が参加し、全米で50万人を超えた。ベトナム戦争以来、最大規模の反戦デモとなった。ワシントンのデモは、あまりにも巨大であったため、最前列がホワイトハウスに到着し、取り囲んた時には、最後尾はまだ出発さえできず、30分も待たねばならなかった。
 デモは"議会は戦争に投票した""我々は反戦に投票する"と叫んで歩いた。そして、ほとんどの人が「人びとの反戦投票所」と記されたテーブルの前で立ち止まり、署名した。
 この反戦投票戦術は、米国のマスコミが「アメリカ人の多数がイラク戦争に賛成している」と報じていることに対抗するもので、この「コンセンサス(合意)」の神話を暴露することにある。ブッシュの要求にゴム印を押した議会とマスコミの目を覚まさせることにある。
 この運動は以後数カ月、職場、学校、地域で続けられる。そして、来年1月18〜19日の2日間、ワシントンで、再び大規模な反戦デモが企画されている。
2.全米の大学で"マイクロフォン"戦争
 11月25日付けの米週刊誌『タイム』は、全米の大学で、学生がイラク戦争についての熱いディベートを繰り広げているという記事を載せた。中でも、キャンパス人口5万人という米国最大のテキサス州立大学では、学生自治会の指導部が20対17という投票結果で「イラク戦争反対」の決議を採択した。この大学にはブッシュ大統領の娘ジェンナが通っている。この決議文を起草したのは、9.11以後、全米の大学に組織された「平和と正義のためのキャンパス連合」という反戦組織である。これに対抗する右派は「保守派青年」に集まっている。しかし、圧倒的に反戦派が優勢である。テキサス州立大学では、「保守派青年」が、反戦決議をリコールしたため、全学生投票に掛けられたが、反戦派の勝利に終わった。
3.芸術の都フィレンツェを埋め尽くしたイラク反戦デモ
 一方、ヨーロッパでは、9.11以後も変わらず、大規模な反グローバリゼーションのデモが続いてきた。
 そして、さる11月9日の土曜日には、イタリアのフィレンツェで100万人という大規模なイラク反戦デモがあった。これは、11月8〜10日、同じフィレンツェで開かれた「ヨーロッパ社会フォーラム」の主催者によって呼び掛けられ、イタリアをはじめ、フランス、スペイン、ギリシア、イギリス,さらにポーランド、ハンガリアなどの東欧からも参加した。そのメーンなスローガンは、「グローバルな戦争をやめろ」「ブッシュを追い落とせ、爆弾を落とすな」などであった。後者は、ブッシュと爆弾を「Drop(落とす)」に引っ掛けたものである。また、「ブッシュは1人だ。我々は100万人だ」という横断幕もあった。
 このデモに先だって、10月、ブレア首相のお膝元ロンドンでは40万人がイラク戦争反対のデモをした。