世界の底流  
ブラジルにルラ労働者党政権誕生
2003年2月
 2003年1月、南米最大の国で、世界第4位の民主主義国家ブラジルに、左派労働者党のルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ(通称ルラ)政権が誕生した。任期は今年1月から4年で、再選は禁じられている。

1.米州自由貿易地域構想に反対

  私は、2001年1月末、ブラジルのポルトアレグレで開かれた「世界社会フォーラム」で当時労働者党名誉総裁であったルラ氏のスピーチを聞いた。この時、彼はIMF、世銀、そしてWTOなどグローバリゼーションを推進している国際機関を激しく攻撃し、ブッシュ大統領の米州自由貿易地域構想(FTAA)に強く反対した。ブラジルの労働者、農民をはじめ、南米各地から集まった1万人を超える聴衆は、「ルラを大統領に!」のスローガンを繰り返し、しばしば彼のスピーチを中断させたほどの人気であった。
 労働者党は、昨年9月、他の社会運動と共同で、「FTAAについての市民投票」を行った。1,000万を超える人々がこれに参加し、その中で85%が「FTAA反対」に投票した。

2.貧しい階層の出身

 ルラ氏が大統領に当選した昨年10月27日は、奇しくも57歳の誕生日に当り、さらにルラ氏が大統領選に挑戦してから4度目の勝利であったことから、喜びも一入であった。ルラ氏の勝利のニュースとともに、リオやサンパウロのスラムから人々が街頭に溢れ出し、一晩中「ルラ」の名を連呼して、踊り明かした。
 ルラ氏は、ブラジルで最も貧しい北東部ベルナンブコ州の貧農家庭に生まれた。60年代、世銀の「緑の革命」導入の結果、貧しい農民は、土地を取り上げられ、一家はサンパウロ州サントス市に移住した。家計を助けるため、7歳から街でピーナツを売り歩いた。小学校を5年で中退し、家計を助けるために旋盤工として働いた。79年、労組の委員長として、当時軍政下のブラジルで、最大級の金属労働者のストを指導した。80年には、労働者党の創設に参画し、軍事政権に逮捕されたこともある。 
 ルラ氏率いるブラジル労働者党は、貿易の自由化で破産に貧している中小企業や失業労働者、都市貧民、土地なき農民など社会主義派と左派勢力と、民族主義の大企業、リベラル知識人、大労組など中道左派勢力が共存しているが、いずれも、多国籍企業によるグローバリゼーションに反対している。
 今度の選挙では、労働者党は議会で多数派を取れなかった。ルラ氏と大統領選を争った前大統領派のブラジル社会民主党と連立政権を組まねばならないだろう。 

3.IMFの300億ドル救済融資をめぐって

 ブラジルは、世界で貧富の差が大きい国である。絶対的貧困層は、人口の70%近くを占めている。失業率は過去最高であり、2,600億ドルという世界最大の累積対外債務を抱えている。
 対外的には、ブラジルは、資本の外国逃避とそれに伴なう通貨危機、IMFの構造調整プログラム導入、米国の経済介入という3つの脅威に晒されている。
 すでに、昨年8月、ルラ大統領候補の優位が予測された段階で、ブラジルの通貨レアルは、94年レアルの新規導入以来、最大の急落を記録した。またもう一つの隣国ウルグアイでも、外貨預金引きおろしが殺到し、外貨危機に陥ってしまった。
 これは、97年アジア通貨危機のように、アルゼンチンの経済危機が、ブラジル、ウルグアイという隣国に波及して行く危険が迫っていることを示した。
 そこで、IMFは、8月8日、ブラジルのレアルを支えるために、300億ドルの緊急融資枠を決定した。同時に、第1回目の融資分として、23億ドルを拠出した。さらに12月18日、31億ドルを第2回目の拠出分として融資した。残りの246億ドルは、ルラ新政権が、IMFの指示通りの財政安定やインフレ抑制、つまり、民政予算の削減や高金利政策などの"成果を見守りまがら"順次拠出して行く方針だという。
 ルラ新政権にとって、このIMFの処方箋は、非常に危険である。というのは、今日のブラジルの巨額な累積債務、貧富の格差と貧困の増大、通貨不安などといった危機的な経済不況は、ネオリベラルなIMFの政策がもたらした結果であるからだ。カルドソ前大統領は、自身は社会民主主義者であったにもかかわらず、もっとも忠実にIMFの経済政策を実施してきたのであった。
 ルラ大統領は、当面のところIMFに対して「債務不履行(デフォールト)」は行わないことを誓約している。

4.米国との関係

 12月10日、大統領就任を1カ月前にして、ルラ氏は米国を訪問し、ブッシュ大統領と会談した。英国の『フィナンシャル・タイムズ』紙は、「ルラ氏がこれまで数十年間の反米主義を放棄し、貿易と投資で米国と協力していくことを誓った」と報道した。しかし、実際には、ルラ氏は、ブッシュ大統領がラテンアメリカに対する最重要課題としているFTAAの支持については、言及しなかった。彼は、「米国は、FTAA交渉を成功させたいなら、貿易規制と農業補助金を撤廃しなければならない」と伝えた。さらに、彼は、10月の大統領選挙以後、労働者党政権についての不安感から、ブラジル企業に対する米国の銀行が融資を手控えていることについて、ブッシュ大統領に支援を依頼した。
 一方、ルラ氏は、米国最大の労組AFL・CIOのジョン・スゥイニー会長と会談した。スゥイニー会長は、最も強くFTAAに反対している。
 ルラ氏が、国内政策として、最も力を入れているのは、参加型財政政策である。これは、すでに、労働者党が12年間にわたって政権を握っているポルトアレグレ市などで、実施され、貧困根絶に成功を収めている。
 一方、対外政策では、ブッシュ大統領のFTAAに対して、ルラ氏は、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイの4カ国で作っているMERCOSURという地域協力機構を強化して行くという方針を立てている。