世界の底流  
ヨハネスブルグ・サミット ― 実施なき「実施文書」
2002年10月
1.国連史上最大のイベント

 8月26日から10日間、南アフリカのヨハネスブルグで、180カ国、104人の首脳が参加して、国連持続可能な開発サミットが開かれた。唯一の大物の欠席はブッシュ大統領であった。並行して開かれた「グローバル・ピープルズ・フォーラム」の参加者を含めると6万人という国連史上最大規模の会議となった。そして、これは多分、国連最後のサミットになるであろう。
 本来このサミットは、10年前にブラジルのリオデジャネイロで開かれた国連環境と開発サミットで採択された「アジェンダ21」の実施状況を検討するものだった。しかし、リオの時点から見て、地球環境は一層悪化し、また途上国の貧困は増大し、アフリカのエイズの蔓延といった新しい問題も発生している。
 そこでヨハネスブルグでは、水、衛生、エネルギー、温暖化、生物多様性など環境問題に加えて、途上国の貧困根絶、先進国の非持続可能な消費と生産の変革、さらに、債務、ODAなどの資金、貿易などのグローバリゼーションについて、首脳たちの新しい公約を入れた「世界実施文書」と「政治宣言」を採択することになった。

2."議長の友だち"会合で、途上国が先進国に屈服


 しかし、サミットに先だって、今年5月、インドネシアのバリ島で開かれた閣僚レベルの準備会議では、「世界実施文書」草案の中の「資金」と「貿易」の項目をめぐって、途上国側が強硬な態度に出て、ついにまとまらなかった。それは、途上国側が、昨年11月、ドーハのWTO閣僚宣言と、今年3月、国連開発資金会議で採択された「モンテレイ合意」の再審議と、これらを上回るコミットメントを先進国に求めたためだった。
 「実施文書」草案には、合意出来なかった個所が括弧で囲まれたのだが、それが200カ所近くもあり、サミットでの採択が危ぶまれた。
 今年7月17日、ニューヨークで、サミットの議長国である南アフリカの国連大使が、"議長の友だち"という名をつけて任意に集めた南北27カ国で、非公式に会合を開いた。これは、交渉ではなく、"協議"にすぎないという触れ込みだったが、バリの準備会議で暗礁に乗り上げた「資金」と「貿易」という南北間の対立は「解消した」と言うことだった。しかし、この会合は、地域毎にグループを結成し、グループを代表する1カ国だけが発言できるという"ウイーン(コーヒーショップ)方式"で議論が進められた。その結果、先進国ではEU代表は1カ国だが、米国、日本、カナダ、オーストラリアなどはそれぞれが勝手に発言する一方、途上国は1つのグループとしてしか発言できない。貧しい国や小島嶼国の発言は完全に封じ込められた。
 国連会議が公式に始まる直前の土日の2日間(8月24〜25日)、NGOもマスコミも排除した秘密の予備会議が持たれた。これへの参加は"任意"で、しかも、"ウイーン方式"で議論が行われた。その結果、ニューヨークの"議長の友だち"での"合意"が参加者全員に認知された。つまり、ヨハネスブルグでは、開会式に先立って、途上国側は早々と先進国側に屈服してしまった。これは、WTOの悪名高い「グリーンルーム」方式にそっくりであった。

3.EUと米・日の対立が全面に

 秘密会議では、南北対立に代わって、EUと米・日という先進国間の対立が表面化した。
すでにEUは、水、衛生、保健、教育などを「地球共有財」と規定していた。そして、これにアクセスできない人びとについては、個々の政府に任せるのではなく、国際社会で責任をもってあたるべきだと主張していた。そこで、EUは、2000年の国連総会で採択「ミレニアム開発ゴール」の中で、達成の数値と期限が明記されていなかった「衛生」について、衛生設備にアクセス出来ない30億人を、「2015年までに半減することを"決議する"」という提案を行い、米・日に迫った。ついに、"決議する"という表現を"合意した"に修正した後、このパラグラフは採択された。
 一方、EUは「エネルギー」に的を絞った。その第1は、地球温暖化防止条約の「京都議定書の批准」を米国に迫った。これは米国が、日本の川口外相の妥協案を受け入れる形で、解決を見た。採択された文章は「京都議定書を批准した国ぐには、まだ批准していない国ぐにに対して、適宜な時期に批准するよう強く要請する」であった。
 さらにEUは、太陽光、風力など再生可能なエネルギーを、火力、原子力を含めた全エネルギーに占める割合を「2010年までに15%に引き上げること」を主張した。これは、米国の強い反対にあった。そればかりでなく、「京都議定書」の項では、米国とEUの仲介役として、地球温暖化防止に努めた筈の日本が米国に同盟した。さらにOPECを代表して、イランが米・日連合に加わった。途上国の中では、小島嶼国やブラジルなどがEU側についた。閣僚たちは日曜日(9月1日)徹夜の交渉を続けた。9月2日夜半、すでに首脳たちのスピーチが始まっている時、ついにEUが妥協し、「2010年」「15%」という期限、数値目標ともに削除されてしまった。川口外相は、地球温暖化を防止する気はあるのだろうか、疑わしい行為だ。
 1日あたり10億ドルの支出と言われる先進国の農産物への補助金や、途上国の製品の市場へのアクセスなどのWTOの貿易ルール、途上国の持続可能な開発に対する新しい、追加の資金の供与などについては、米・日連合と同調して、途上国と対立した。一方、「地球公共財」や「エネルギー」など、地球環境の保全については、具体的な数値と期限目標を明記することを主張した。本来これは、途上国が主張すべき事柄であった。
 今回は、政府間交渉に並行して、政府と「メジャー・グループ」と呼ばれる企業、自治体、農民、労組、女性、先住民、NGOなどとラウンドテーブル会議が持たれた。これは「パートナーシップ」と名付けられたが、これがどのように位置づけられているのか、全く不明である。