世界の底流  
エンロン・スキャンダル
2002年3月
―第2のウオーターゲートか、ネオリベラリズムの破綻か―

1.米国史上最大の企業破産

 昨年12月2日、米国テキサス州ヒューストンに本社を置くエンロン社が破産した。負債総額は400億ドル(約5兆円)を超え、米国の史上最大の企業破産となった。
 1985年、エンロン社はガスのパイプライン会社としてスタートした。その後わずか15年間で『フォーチュン』誌によると、全米で7位、世界で16位の巨大多国籍企業に成長した。エンロンの2000年度の総売上げ高は、1,010億ドル(約13兆円)であった。
 エンロン社は、電力の発電、天然ガスの開発、電力と天然ガスの卸売りを含むエネルギーの一大王国を作り上げた。最盛期には、ガスと電力の卸売り業では、米市場で4分の1のシェアを占めた。またエンロンは41カ国に海外進出をはたした。
 エンロンは、魔法のように人間の生活のあらゆるものを商品化した。その対象は、「天候」に始まり、今では皮肉なのだが「破産」まで「デリバティブ(金融派生商品)取引き」の対象にした。エンロンはこのデリバティブから発生した損失を隠す粉飾決算を行った。

2.第2のウオーターゲート事件に発展か?

 現在、エンロンのスキャンダルについて、議会では10の委員会、小委員会で調査が始まっている。また、証券取引委員会(SEC)、議会の調査機関である会計検査院(GAO),司法省など法の執行機関による捜査も始まっている.
 問題は、エンロン社の政治家や官僚の買収工作があまりにも広範にわたっているので、公正に疑惑を調査、捜査することが出来る人物がいないということである。
 例えば、アシュクロフト司法長官は、2000年、ミズリー州の上院議員選挙の時、エンロン社から57,000ドルの献金を受け取っていた。そのため、彼はエンロン捜査の責任者の地位を退かざるを得なくなったが、捜査を大陪審にかけて刑事訴訟にもちこむのではなく、司法省内部でのタスクフォースによる捜査にとどめた。
 証券取引委員会のハーベイ・ピッツは、2001年8月に委員長に任命されたのだが、それ以前は、エンロンの企業犯罪を隠蔽した世界最大の監査法人アーサー・アンダセン社の法律顧問であった。
 会計監査院(GAO)のデービッド・ウオーカー院長も、同じく、2年間、アンダセン社のパートナーであり、同時に取締役であった。ブッシュ政権の人脈の中で、エンロン社の関係をもっていなかった人物はいない、と言っても過言ではない。
  ブッシュ大統領は、チェイニー副大統領とレイ会長との会談の内容の公開を拒否した。その結果、GAOは、副大統領の起訴に踏み切った。
  今から20年前に起こったウオーターゲート事件は、CIAの民主党本部侵入事件であった。当時ベトナム戦争が進行中であり、ニクソン大統領はアメリカ人の愛国心に訴えようとしたが、結局、大統領の座を追われることになった。今日、エンロン事件も、ブッシュ大統領のテロとの戦争状況の下に起こった。ブッシュ大統領は、1月29日の年頭教書で、イラク、イラン、北朝鮮に対する戦争を宣言し、アメリカ人の関心を外に向けさせようとした。これがうまく行くという保証はない。しかもウオーターゲートのこそ泥事件に比べると、エンロンの犯罪のスケールははるかに大きい。

3.ネオリベラルな市場経済の破綻

 エンロンの企業犯罪は、多額の粉飾決算、インサイダー取引き、ケイマン諸島などタックスヘブンへの利潤隠し、司法当局の捜査妨害、政治家、官僚の買収、脱税、簿外取引きなど枚挙にいとまがない。
 しかし、エンロン社は、米国が世界に押し付けているコーポレート・ガバナンス(企業統治)の基準を満たしていたのであった。エンロン社の取締役会は、レイ会長と14人の社外取締役で構成された。この中で、会計監査を担当していたのは、テキサス州選出のグラム上院議員の妻ウエンディ・グラム女史であった。この他、投資会社の経営のトップ、金融コンサルタント、大学教授が名を連ね、さらに、英国上院議員、ブラジルの元銀行役員などの外国人もいた。しかし、社外取締役たちは、エンロン社の崩壊に繋がった投資組合「パートナーシップ」の設立を、「内部規定に違反していない」として、承認したのであった。
 本来、会社の経営陣とは独立している筈の社外取締役が、そのチェック機能をはたすことができなかった理由は、エンロン社がばら撒いた多額のカネのせいであった。例えば、これら取締役は年間40万ドル(約5,300万円)を受け取っていた。
 また、監査法人のアンダーセンが、簿外の巨額の債務を見逃し、その上、資料の破棄という重大な違法行為を犯した。
 また、ゴールドマン・サックスなど米国の大手証券会社4社は、エンロンの粉飾決算が暴露された後でも、エンロン株の推奨を続けた。ムーディーズなど、社債の格付け機関も、簿外債務を把握できず、投資不適格としたのは、破産の1〜2ヶ月までのことであった。
 社外取締役会の設置、独立の監査法人による会計監査、社債格付け機関などは、米国が誇るコーポレート・ガバナンスの典型である。エンロン社はこれらコーポレート・ガバナンスの基準を満たしていた。ということは、米国モデルのガバナンスは役に立たないということになる。エンロン事件は、まさに米国モデルのネオリベラルな市場経済の破綻を物語っている。