世界の底流  
ブッシュ大統領のヨーロッパ訪問は失敗だったか?
2002年7月
 ―ドイツ、ロシア、フランス、そしてNATOサミットへの旅―

 ブッシュ米大統領は、5月22日のベルリン訪問を皮切りに、わずか1週間で、モスクワ、パリ、ローマとヨーロッパの首都を駆け巡った。さらにこの間、ロシアではプーチン大統領の出身地サンクトペテルブルグを観光し、フランスでは、ノルマンジーまで足を延ばして米兵の墓参りをしている。
 冷戦が終わって、すでに12年経った。しかし、ブッシュ大統領が、同盟国のドイツやフランスよりも、かっての敵であったロシアでより大きな歓迎を受けたということは、特筆すべき出来事である。

1.ベルリン、そしてノルマンジーの抗議デモ

 とくに、ヨーロッパ訪問の初日、ドイツの首都ベルリンでは、3万人の激しい抗議デモで迎えられた。デモ隊は、「ブッシュ帰れ」と叫び、それぞれ、反米、反イスラエル、反グローバリゼーションのスローガンを唱えた。かって、冷戦時代、ケネディ大統領が受けた10万人の西ベルリン市民の熱烈な歓迎とはまさに対象的である。
 フランスでは、5月27日、ブッシュ大統領がカーンの米軍人の墓に花をささげた時、1,500人のフランス人が抗議のデモをした。カーンには、第2次世界大戦中の1944年、連合軍のノルマンジー上陸作戦で戦死した米兵の墓がある。ここで、「ヨーロッパ解放」のために戦死した米軍人を称える演説を用意していたブッシュ大統領には、予測していなかった事件であった。
 カーンのデモ隊は、「米国はヨーロッパを解放しなのではない」「ノルマンジーに上陸して以来、米国は、コカコーラ、ハンバーガー、そして、ハリウッド映画で、ヨーロッパを侵略しつづけてきた」と叫んだ。

2.米国とヨーロッパの亀裂

 今回のブッシュ大統領のヨーロッパ訪問は、米国とヨーロッパの間の亀裂を埋めることが目的であった。この目的は達成できただろうか?その答えは「ノー」である。
 昨年9月11日のテロ事件以来、彼は、世界反テロ同盟を作り、アフガニスタン戦争を行った。問題は、世界最大の軍事大国がこの戦争に勝つことが出来ないことだ。反テロ戦争の目的である"テロリスト"2人を未だに捕らえることが出来ない。米国は反テロ戦争に幕引きできない。
 そこで、今年1月、ブッシュ大統領は、「悪の枢軸」という新しいテロの規定を行って、イラク、イラン、北朝鮮の3国を名指しした。当面の攻撃の対象国はイラクである。
 ところが、反テロ戦略の最大の支援国であるべきヨーロッパ連合(EU)が、イラク攻撃に反対した。さらに、EUは、京都議定書をめぐって、鉄鋼の対米輸出をめぐって、激しく米国と対立した。EUの中で対米強硬派は、フランスとドイツである。ドイツの政権与党である緑の党のメンバーは、ベルリンの反米デモに参加したし、社民党左派は、イラク、環境、貿易問題で、公然と米国に反対している。

3.米ロ間の戦略核削減条約調印

 5月24日、ブッシュ米大統領とプーチン・ロシア大統領は、今後10年間で「戦略核弾頭をそれぞれ1,700〜2,200個まで削減を盛り込んだ「米ロ戦略攻撃戦力削減条約」に調印した。
 両大統領は、これを「米ロの新時代の幕開け」であると宣言した。しかし、実際には、米ロ関係は、唯一の核超大国としての米国の優位を確認したに過ぎない。新条約では、ロシアは核を削減するが、米国は核の場所を移動するだけでよいのだ。その上、米国は「弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約から離脱し、"スター・ウォーズ"を開始した。
 かっては、恐怖の核の均衡相手であったロシアは、米国の目下の同盟国に成り下がった。

4.NATOの終焉か?

 5月28日、ブッシュ大統領は、ヨーロッパ訪問の最後の日、NATOサミットに出席した。20カ国の首脳が出席するため、テロを恐れて、イタリアのローマ郊外の米軍基地内で持たれた。ブッシュ大統領にとって、MATOサミットは、今回の旅行の華ばなしいフィナーレを飾る筈だった。新戦略核削減条約を調印したプーチン・ロシア大統領を迎えて、ブッシュ大統領は、「かって敵であった2国は、50年の対立と続く不安定な10年を経て、いまや良きパートナーとなった」と演説した。
 確かに、冷戦は終わった。しかしNATOには、不安定な未来が横たわっている。
 まず第1に、ロシアは、正式の加盟国ではなく、準加盟国である。ロシアは、対テロと核兵器の拡散などの議題以外では、拒否権を持たない。マスメディアは、これを「19プラス1」と呼んでいる。決して、新しいパートナーシップではない。
 NATOにおいて、ロシア以上に、奇妙な関係にあるのは、古くからのヨーロッパ加盟国である。"人道的介入"の下に、旧ユーゴを空爆した時、さらに、NATO条約第5条を発動して、米国のアフガニスタン戦争に参戦した時のような、米・ヨーロッパの蜜月は、もはや過去のものとなった。
 それは、ヨーロッパが、米国のイラク攻撃に反対しているといった易しい問題ではない。
 EUは、ユーロという共通の通貨を発行し、経済統合を完成させた。次ぎの段階は政治統合である。その中で、重要な課題は、軍事的統合である。EUは「ヨーロッパ軍」を発足させたい。
 しかし、米国は、「ヨーロッパ統合軍」に対して、断固として反対である。2001年、ラムズフェルト米国防長官は、公然と、ヨーロッパ軍の結成を、北大西洋同盟のバランスを崩すものとして、反対した。つまり、強大なヨーロッパ統合軍の出現は、米国の軍事超大国の地位を脅かす、というのである。
 一方、NATOサミットに先だって、米国を訪問していたドイツのフィッシャー外相は、「NATOの重要性はもはやない」と言い切った。
 ヨーロッパの対米不信、米国の対ヨーロッパ不信は、伝統的な北大西洋同盟を揺るがしている。