世界の底流  
患者VS利潤―エイズ薬戦争はじまる
2002年5月
国連エイズ特別総会の開催

 6月25〜27日、ニューヨークの国連本部において、HIV/エイズ問題について、最高レベル(閣僚級)の政府代表による特別総会を開催した。ここでは、国際的なエイズ対策の強化とそのための資金の調達について協議され、「コミットメント宣言」と一連の緊急対策措置について決議された。これは、アフリカにおいてエイズが猛威を振るっており、もはやこの疫病がグローバルに及ぼす影響を無視することが出来なくなったためである。全世界3,700万人のHIV/エイズ感染者の中で、サハラ以南アフリカの感染者の数は2,500万人にのぼる。
 しかし、特別総会に向けた3月の準備会議において、米国代表が見せた態度はひどいものであった。まず、任命されたのが国務省の下っ端役人であり、彼はほとんど会議の席にいたことがなく、エイズ問題について無知であり、国務省からの訓令も受けていないように見えた。これは、多くのEUや途上国の政府代表を失望させた。
 ブッシュ新政権のエイズ問題への取り組みが疑問視されている一方で、米議会では、途上国政府のエイズ対策支援を目指した積極的な議論が交わされている。カルフォルニア州選出とウイスコン州選出の2人の上院議員が、「2001年エイズ治療アクセス法案」を提出した。これは、WHOとUNAIDSを途上国向けのエイズ治療薬の製造と配布を監視する機関とする、途上国政府が安価な治療薬を国内で製造、輸入をすることを支援する、そのために、米国際援助局は年間2,500万ドルのODAを拠出する、などといった画期的な内容を含んでいる。

世銀の対エイズ融資

 世銀は、アフリカ政府のエイズ対策に対して、無制限に融資を行うと発表した。これには世銀の第二の窓と呼ばれるIDAのソフト・ローンが供与される。ウオルフォンセン総裁は、「エイズの対する投資は30%の利益をあげることができる」と語った。
 これに対して、国境なき医師団、OXFAMなどのNGOの多くが、反対声明を出した。なぜなら、世銀の融資は、貧しい途上国の患者が到底支払うことの出来ない高価な治療薬の支払いに充てられ、先進国の医薬品会社を儲けさせるだけであり、結果として、途上国政府の債務を増大させる。また総裁のいう30%の利益についても、何ら根拠がない、と非難した。1人当りのGDPが500ドル以下のの最貧国では、どんなに安価な治療薬を手に入れても、患者の治療費は、確実にそれを上回る。
 NGOは、エイズに対する援助は「贈与」でなければならないと主張している。しかし、
世銀がIDA融資を行うことによって、かえって贈与による援助がなくなる恐れがある。なぜなら世銀のIDAローンの原資は、先進国政府が世銀に「贈与」の形で拠出したものである。これを世銀が、40年払いの長期のローンに変え、0・75%という手数料(利子)を取って、最貧国政府に貸しつける。すでに、ケニア、ウガンダ、南アフリカなどの政府が、世銀の対エイズ融資を拒否している。

多国籍医薬品会社が南アフリカ政府を告訴

 さる3月5日、米・ヨーロッパなど39の多国籍製薬会社が加盟している医薬品製造協会(PMA)は、南アフリカ政府の「医薬品法」の実施に対してプレトリア高裁に告訴した。この法律は、安価な治療薬を輸入、製造することを許可するもので、それによって、南アフリカ国内でエイズ治療薬を製造しているPMA加盟各社の特許権と利益が侵害されるというのが、告訴の理由であった。医薬品法は、1997年に制定されたが、翌年、PMAがWTOの知的所有権に関する協定(TRIPs)に違反すると訴え、実施が阻まれてきた。今回、南アフリカ政府が、この法律の実施に踏み切ったのは、420万人にのぼる世界一のHIV/エイズ感染者をこれ以上放置することができなくなったためである。5人に1人の感染率である。同時に、NGOの「治療行動キャンペーン(TAC)」と南アフリカ労組連合(COSATU)の2年以上の運動が功を奏したと言える。
 3月29日、OXFAM、国境なき医師団など国際的なNGOが集まり、「グローバル・エイズ同盟(GAA)」が結成された。これには、多くにロックスターや映画スターが参加し、債務帳消しのジュビリー2000に続く国際キャンペーンが始まった。
 3月17日、PMAの中心であったBMS社が、二大エイズ治療薬であるDDIとD4Tの特許権の放棄と、一日当りの価格を1ドルに値下げすると、発表した。同社は、本来1日当り3ドルであり、コスト割れであると言った。

エイズ治療薬の真実

 現在、途上国では、タイ、ブラジル、インドにおいて国営製薬会社がDDIとD4Tを自主製造したいる。タイでは、それが何と1日分0・36ドルで売られている。BMS社の言う「1ドルではコスト割れだ」というのは、真っ赤な嘘である。
 さらに、この二つの治療薬を開発したのは、それぞれエール大学と国立保健研究所であり、その研究開発はすべて公的資金で賄われた。BMS社は単に製造ライセンスを買っただけで、1997〜99年間に、二つの治療薬から10億ドルの利潤を挙げてきた。製薬会社にとって、HIV/エイズは巨額の利益をもたらすウイルスであり、アフリカの貧しい感染者からさらに絞り取ろうとしている。道義的に許せないことである。
 グローバル・エイズ同盟は、アフリカ政府は感染者に無料の治療薬を供与すべきであり、また、感染防止の教育や、治療の専門家を養成するなど包括的な対策を実施すべきである、とキャンペーンしている。そのため、先進国は年間50億ドルの援助を出すべきであり、その内、アフリカ向けには、15〜20億ドル必要である。また、多国籍製薬会社に対して、途上国向けのエイズ治療薬の特許権をWHOに譲渡すべきである、と要求している。さらに、いまや、人類の存亡を脅かしているHIV/エイズの撲滅に貢献できるように、先進国政府は、WTOのTRIPsの改正に踏み切るべきであると、主張している。