世界の底流  
IMF融資はアルゼンチン経済の崩壊を救済できない
2002年10月
 8月11日付けの英紙『ガーディアン』日曜版は、「アルゼンチンを殺したのは誰か?」というショッキングな記事を掲載した。これを書いたのは、敏腕のグレッグ・パラスト経済記者であった。 
 「アルゼンチン経済を殺したのは、IMF(国際通貨基金)である。そして、この殺人鬼は、まだ硝煙が漂っている死体のあちこちに指紋を残している」と書いている。
 アルゼンチンでは、すでに今年春(南半球では秋)の時点で、6人に1人という高い失業率を記録していたが、その後、さらに数百万人が職を失った。工業生産は、昨年比マイナス25%を記録した。銀行金利は、年率90%という高利である。
 アルゼンチン経済は完全に崩壊している。すでにトルコ経済が破産に瀕しており、これに、ほとんど停止状態にあるインドネシア経済を加えた"新興市場国トリオ"の破産が、世界恐慌の引き金になるのでは、という不安が高まっている。
1. IMFの「了解事項についての技術メモランダム」
 殺人鬼IMFが使った武器は、「了解事項についての技術メモランダム」であった。これは、2000年9月、アルゼンチンのポウ中央銀行総裁とケラーIMF専務理事の間に結ばれた。この協定と引き換えに、今年1月、IMFはアルゼンチンに向かう3年間400億ドルの救済融資を約束した。しかしこの「技術メモランダム」こそは、アルゼンチンの弱りきった経済にを殺したとどめの一発だったと、パラスト記者は言う。
 「技術メモランダム」によって、アルゼンチンは財政赤字の削減を義務づけられた。2000年には53億ドルであった赤字額が、2001年には41億ドルに縮小された。昨年9月、アルゼンチン経済が本格的な不況に入ったと言われていたにもかかわらず、IMFのエコノミストは、財政支出の削減という間違った処方箋を書いたのであった。
 IMFは、しばしば「貧困の削減」を口にする。しかし、アルゼンチンでしたことは、失業者手当ての20%削減、つまり月額200ドルを160ドルに減らすことだった。しかし、失業者から毎月40ドルを取り上げても、財政赤字の解消には何の足しにもならない。そこで、公務員の給料を12〜一5%賃下げした。同時に年金の支払いを"合理化"、つまり、高齢者の年金を13%減らした。
 IMFは、これらの削減が実行されれば、GDPの成長率は3.7%となり、失業は減ると予言した。しかし、現実は、マイナス2.1%を記録し、失業は急増した。
2)ドル・ペッグ制と累積債務の重圧
 8月に入って、アルゼンチン政府は、IMFから12億ドルの融資を受けた。これは、IMFが2001年分として260億ドルの救済融資を約束していた分の第1回配分であった。  
 アルゼンチンが厳しい緊縮政策を実施した褒賞としては、あまりにも少ない額であった。それでもIMFは、これに「条件」をつけることを忘れなかった。アルゼンチンのペソはドルにペッグ(1ペソ1ドルに固定)させられたのである。その結果、アルゼンチンから大量の資金が米国に逃避した。
 アルゼンチン政府は、すでに1,280億ドルという天文学的な対外債務を抱えている。アルゼンチンの場合、ODAなどによる公的な債務ではなくて、主として米国の銀行から借り入れた民間債務が大きい。今年に入って、米国の銀行は、アルゼンチンの債務に対して、これまでの利子に加えて、16%のプレミアムを課した。その結果、アルゼンチン政府は、2001年の債務返済に際しては、このプレミアム分270億ドルを余計に支払わねばならない。つまり、IMFが約束した2001年の260億ドルの救済融資は、このプレミアム利子の支払いに回され、米国の銀行の懐に入る。ワシントンを出たカネはニューヨークに終わると言うわけだ。
3)「国際破産法廷」の提案
 8月14日付け『ワシントン・ポスト』紙は、このようなIMFの救済融資に疑問を投げ掛けている。IMFの公的資金でもって、民間銀行の不良債権の肩代わりをすることになり、今後、銀行は、アルゼンチンのような途上国政府に、無責任な貸し付けを繰り返すだろう、というのである。アルゼンチン経済の成長を取り戻すためには、IMFの緊縮政策ではなく、むしろ巨額の債務を削減し、財政負担を軽くすることが先決である。これには、アルゼンチンが、「デフォールト(債務返済不能)」を宣言しなければがならない。
 『ポスト』紙は、ここで「国際破産法廷」による債務救済を提案している。「デフォールト宣言」後、同法廷の判事たちが、アルゼンチン政府の財産を押収し、債務の大部分の削減と、返済計画をたてる。また、会社の破産法と同様、法廷の判事たちは、アルゼンチン政府を"解雇"しなければならない。『ポスト』紙によれば、「国際破産法廷」を設ける場合、これが最大の難問だという。なぜなら、法廷の判事が、民主的に選出された政府を解雇することが出来るのか、という国際法上の問題が生じてくる。
 以上のように、アルゼンチン経済を崩壊から救う有効な手段はない。一方、IMFの緊縮政策に対して、人びとの反乱が始まっている。六月、アルゼンチン労働総同盟(CGT)あ24時間の抗議ゼネストを行った。官庁、病院、鉄道、運輸なもとより、小学校から大学にいたるまで、一斉に休校した。7月には、アルゼンチン航空の国際線廃止に抗議して、従業員がストを行った。これに呼応して、40の都市で、失業者と住民が、市内の道路、ハイウエイなどを封鎖した。反乱は遼遠の火のように広がっている。