世界の底流  
直接抗議行動の時代の幕開け
2002年3月
シアトルからプラハ、ワシントンのデモに見る

一.ブッシュ就任式のデモ

 1月20日、ブッシュ大統領の就任式と続くパレードには、7万人の招待客と30万人の見物人が集まった。この行事はテレビを通じて全世界に同時放送された。世界に知らされなかった事実がある。
 例えば、参加者は、会場に到達するために16カ所の検問を通過しなければならなかった。1人残らず、バッグは開けられ、ボディ・チェックが行われた。またこの祭り自体、9,000人の警官によって護られた。うち二八〇〇人はシークレット・サービスであり、1,100人は武装警官であった。このほか、パレードに動員された4,500人の軍隊の中からも、1,500人がパレードの警護に狩り出された。
 この厳重な警戒態勢は、就任式に反対する20,000人のデモ対策であった。デモ参加者の多くは、1年前、シアトルのWTOを流産に追い込んだ反グローバリゼーションの直接行動グループであった。デモ隊が掲げるプラカードには、「北極圏の石油開発に反対」などの環境運動、「ホームレスに家を」、「死刑廃止」「公民権」などさまざまな要求が書かれていた。このほか、「公正な経済のための連合」が、デュポン・サークルで「百万長者のためのブッシュ政権」と題する集会を開き、「ブッシュは投票ではなく、お金で当選した」と非難した。その後大企業に扮した人々が、ブラック・ユーモアに溢れた「献金者たちの行進」をした。 
 米大統領の就任式が、このようなデモに迎えられたのは、ニクソン以来のことであった。しかし30年前のデモは、ベトナム戦争反対であった。今回は、大企業によるグローバリゼーションに反対する一連のグローバルなデモの一環である。

二.NGOの政策提言活動

 1997年、オタワで対人地雷廃止条約が締結された。このいきさつは次のようなものであった。まず最初に、NGOが、紛争後の国で、地雷撤去の作業やその被害者救援活動を行っていた。しかし、いくら地雷を撤去しても、次々と地雷が新しく埋められていくという状況のもとで、どいしても、地雷そのものを廃止しなければならないという結論に達した。このようなNGO6団体が集まって、90年代半ばに地雷を禁止する国際条約のキャンペーンを開始した。ここでは、米国などの大国を相手にせず、国際政治では中権国と呼ばれるカナダ、ノルウエー、オランダなどを説得する一方、マスコミ向けには、ダイアナ妃のような有名人を味方につけた。このようなNGOの戦略が成功をもたらした。同時に、NGOのグローバルなアドボカシイ(政策提言)活動が、国際政治を動かした、として大きく注目された。

三.市民社会総ぐるみの国際キャンペーン

 続いて、2000年までに最貧国の債務帳消しにせよという国際キャンペーンが始まった。これは、1998年5月、バーミンガム・サミットにはじまり、1999年6月、ケルン・サミットにおいては、世界中から35,000人が集まり、G7首脳に対して、「債務帳消し」を要求して、「人間の鎖」でもって会場を取り囲んだ。これはジュビリー2000と呼ばれた。ローマ法王をはじめとするキリスト教会、労働組合、女性団体、医師会、NGOなど、市民社会の主な構成団体がほとんどすべて参加したグローバルな市民社会のキャンペーンであった。ここでは、NGOは単なる一員に過ぎない。

四.シアトルからワシントンへ

 1999年11月、シアトルで開かれたWTO閣僚会議は、「自由貿易に反対する」70,000人のデモによって迎えられた。そして、「直接行動」と呼ばれる非暴力不服従行動によって、またWTO加盟国内部の利害対立により、流会に追い込まれた。デモのスローガンの中に、初めて「グローバリゼーションに反対」のプラカードが現われた。参加者の大多数は、AFL-CIOなど巨大が米労組と若者であった。
 この「反グローバリゼーション」の直接行動は、翌2000年4月、ワシントンのIMF・世銀の春季会議に、35,000人のデモへと続いた。9月には、メルボルンで開かれたアジア太平洋地域に「世界経済フォーラム」が、10,000人のデモによって、そして9月末には、プラハでIMF・世銀の年次総会が、20,000人のデモによってそれぞれ流会に追い込まれた。
 さらに、11月のソウルのASEM(ASEANとEU)の首脳会議では、韓国の労働組合とヨーロッパからの参加者10,000人がデモをした。続く12月にはフランスのニースで開かれたEUの首脳会議には、南欧の労働者、失業者、若者など30,000人がデモを行った。
 このように、シアトル以来1年間、WTO、IMF・世銀、首脳会議など世界のリーダーたちの会議は、必ず数万人規模の若者と労働者の「反グローバリゼーション」デモに見舞われ、会議そのものが流会という事態さえ起こっている。
 このデモは、これまでの実行委員会のような中央集権的な構造ではなく、緩やかな連合体があるが、デモのルートを決めたり、法律家や医療チームなどを用意するだけで、各国の各グループが、それぞれ集合場所を決め、デモに合流する。デモが目的地に到達した後、それぞれがさまざまな戦略にもとづいて直接行動に入る。会場への代表の入場、あるいは、代表が出られないように会場を包囲する、あるいは、グローバリゼーションの象徴として、マクドナルドやスターバックスの店を襲うこともある。これらの直接行動は、それぞれ独立した小さなグループによって、計画され、実行される。彼らの考えも、行動も、全く新しい。
 マスコミは、彼らを「アナーキスト」と呼んでいるが、これら若者は、古典的な意味の無政府主義者ではない。直接の攻撃の的は、先進国の首脳であり、WTO、IMF、世銀など国際機関であるが、真の相手は、それらを動かしている多国籍企業である。
 世界の社会的弱者、貧困層の立場に立って、NGOがアドボカシイ活動という形で、国際政治を動かそうとした時代は、どうやら終わったようである。代わって登場したのが、「グローバリゼーションに反対するこのような若者の直接行動である。そしてこれが先進国で起こっていることに注目すべきである。そう遠くない日に、この波はやがて日本にも及んでくるだろう。