国連  
ヨハネスブルグ・サミット(WSSD)の総括・その2
2002年8月
 

4.国連の注目すべき新しい動向 

1)「議長の友だち」という交渉プロセス
 「議長の友だち」会合は、先にカナダのカナナスキスで開かれたG8サミットにおいて、南アフリカのムベキ大統領が提案して、G8の了承を取付けたと言われる。
 これは、悪名高いWTOの「グリーン・ルーム」方式に酷似している。これは、ムーアWTO事務局長が、自室に20−25カ国の代表を呼んで、対立項目について非公式の話し合いを行い、そこで合意したものをWTOの総会である一般理事会に提案して、自動的な了承を取る、というものである。WTOの非民主性、非透明性の象徴として、これまで、途上国やNGOから批判の的になってきた。「グリーン・ルーム」の名は、事務局長の部屋の色に由来する。
 WSSDの準備プロセスにおいて、WTOの「グリーン・ルーム」方式が採られたことは、由々しい事態である。
 「議長の友だち」には、南アフリカのズマ外相がが指名した27カ国が参加した。27カ国には、G8をはじめ、デンマーク(EU議長国)、ノルウエー、スペイン、スエーデン、メキシコ、アルゼンチン、ブラジル、ジャマイカ、ベネズエラ、中国、インド、インドネシア(バリ準備会議議長国)、ヨルダン、エジプト、ガーナ、ナイジェリア、セネガル、ウガンダ、サモア、の27カ国が出席した。
 これは、バリの第4回閣僚級準備会議の"失敗を修復する"ために、7月中に、ニューヨークで"議長の友だち"という名で小規模、非公式の会議を開いて、打開を図ることにあった。ヨハネスブルグ・サミットの議長国である南アフリカが恣意的に選んだG8を含む26カ国を集め、"ウイーン式」で議論された。ここでは、表向きは"交渉"ではなく、非公式の"協議"にすぎないと説明された。しかし、ここでの合意を、WSSD本会議で全参加国にゴム印を押させようという陰謀であった。

2)「ウイーン式」議事進行
 「議長の友だち」会合において採られた「ウイーン式」とは、一説によれば、生物多様性条約のカルタヘナ議定書の最終審議がウイーンで開かれた時に採用された審議方式だという。
 ここでは、会議参加国代表が地域別にグループを作り、発言は、グループを代表する1人に限られる。
 では、これまでの国連の議事進行と「ウイーン式」とは、どこが違うのか?
 国連の会議では、1国1票制が敷かれている。しかし、EUは議長国の代表1人が発言をする。その代わり、EUは頻繁に会合を開いて、意思の統一を図っている。その度に、国連の議事はストップする。
 また、140カ国を超える途上国は、国連では「G77+中国」グループを結成している。これもしばしばグループ内で交渉している。そして、コンセンサスに達した点については、その年のG77+中国の議長国が発言をするが、不一致項目については、個々に発言をする自由がある。旧ソ連と旧東欧諸国は個々ばらばらに発言をしている。同じく、米国、カナダ、日本、オーストラリア、ニュージーランド、スイスなどの先進国も「JUSCAN」と呼ばれるグループを作っているが、ほとんど個々ばらばらに発言する。
 ただし、カナダ、オーストラリアは、米国の同盟国だが、南北が対立する項目について、しばしば中立の立場で仲介役の役目をはたすことがある。一方、同じ同盟国の日本は、常に米国に同調して、米国の意見を支持する発言を行う。
 「ウイーン式」では、G77+中国は、1人の発言しか認められないことになる。140カ国を超える大部隊であるにもかかわらず、1票でしかない。とくに、グループ内に食糧輸出国、石油輸出国、小島嶼国グループ(SIDs)、低開発グループ(LLDs)を抱えており、「実施文書」草案の中には、エネルギー、温暖化、農産物などの項目について、対立する利害が存在する。
 一方、EUを除く米国や日本など他の先進国は、グループではないので、それぞれが発言することが出来る。つまり、「ウイーン式」の議事プロセスは、多数派の発言を封じ込めることになり、途上国にとっては非常に不利な方式である。

3)「パートナーシップ」 
 WSSDでは、「パートナーシップ」と呼ばれる新しいメカニズムが発足した。実は、これは、2002年、WSSD以前に開かれた子どもサミット+10やモンテレイの国連開発資金会議で部分的に実行されていた。しかし、WSSDでは国連会議の一部として正式に位置づけられた。
 その真の目的は、国連の"新しい"NGO対策であった。
 なぜなら、これまで国連は、その審議にNGOを参加させるという方向を確実にたどってきた。例えば、1992年の地球サミットを契機に、国連は、経済社会理事会(ECOSOC)のオブザーバー資格を持っていなくとも、その会議のテーマで活動するNGOであれば、一定の手続きを経た後に、オブザーバー参加を認めてきた。
 その結果、とくに女性のNGOは、ウイ―ンの人権会議、カイロの人口会議で効果的なロビイ活動を展開し、カトリックやイスラム国の反対を制圧して、「女性の権利」や「リプロダクティブの健康/権利」を採択させた。1995年9月の北京女性会議では、オブザーバー参加したNGOの数は5,000人を超え、政府代表を上回った。
 さらに、1996年、イスタンブールで開かれた国連人間居住会議(HABITAT II)では、NGOはもはやオブザーバーにとどまらず、政府や地方自治体とともに実質審議に参加した。NGOは、「女性」、「都市貧民」「青年」「人権」のどのテーマ毎に「コーカス(グループ)」を作り、コーカス代表という形で、決議草案を審議する政府間のインフォーマル会議に参加し、発言した。
 これは、政府が国家を代表して発言し、投票権を行使するというこれまでの国際法が崩れたことを意味する。国家は複数のアクターによって代表されることになる。やがて、市民社会を代表してNGOが、政府と肩を並べて国連総会に参加する日が近いと言われた。
 しかし、一方では、このような動きに危機感を抱く国が少なくなかった。NGOに猜疑心を抱いているキューバや中国はもとより、南北を問わず保守的な国がNGOの"オブザーバー"参加にも異を唱えてきた。
 「パートナーシップ」制度は、NGOを封じこめようという新たな試みであった。 
 WSSDでは準備会議からサミット会議に到る全プロセスを通じて、政府間交渉とこの「パートナーシップ」との関係が議論され続けてきたが、ついに、明確な規定はなかった。

4)「マルチステークホールダー」の対話
 さらに、WSSDでは、「パートナーシップ」は、子どもサミット+10やモンテレイの国連開発資金会議の「ラウンドテーブル」に代わって、政府と「マルチステークホールダーの対話」と呼ばれるものになった。
 「ステークホールダー」とは、「利害当事者」の意味を持つ。このマルチなステークホールダーを農民、労働者/労組、女性、青年、先住民、科学者/技術者、地方自治体、企業、NGOの9つの「メジャー・グループ」と規定した。ここでは、NGOは「環境」「開発」「人権」「軍縮」という4つのカテゴリーに限定された1つのステークホールダーに封じ込められた。
 その結果、これまで、NGOが非公式会議にもオブザーバー参加し、ロビイ活動を展開することが出来なくなった。

5)モンテレイでの経験
 私は、2002年4月、モンテレイの国連開発資金会議で、と呼ばれる政府、企業、国連機関、NGOによる「パートナーシップ」をテーマにした「ラウンドテーブル」会議に、NGOの1人に選ばれて出席した。その時、会議の冒頭に、私は「議事進行について」発言を求め、議長であったルーマニア大使に「ラウンドテーブルでは、すべての参加者を平等に発言させて欲しい。またラウンドテーブルでの審議は、国連会議ではどのような扱いになるのか?」と質問した。これに対して、議長は、「各ラウンドテーブルでは、国連決議となる"モンテレイ合意"草案を支持するという文書に始まり、第2部としてラウンドテーブルで、新しく提案された事柄をメモにした"まとめ"が出る。モンテレイでは12のラウンドテーブルが開かれるが、さらにそれぞれの"まとめ"は1つの文書にまとめられる。この文書は、政府間会議の"モンテレイ合意"と同等の扱いを受けることになる」と答えた。
 「モンテレイ合意」文書は政府間の合意であって、加盟国政府は実施しなければならない。しかし、ラウンドテーブルの"まとめ"文書は、誰が、どのように実施するのか、不明である。
 今回のラウンドテーブル会議は、「マルチステークホールダーの対話」と改名され、出席者も政府に加えて9グループに増えた。またこの対話のテーマも、実施文書の項目に沿った多様な内容になった。それぞれの対話がどのようにまとめられ、国連文書として、どのような扱いになるのか、最後まで、明確な結論はない。
 WSSDでは、「世界実施文書」草案の審議は非公式会議とされ、最初数日間、NGOの参加は500人に限られた。オブザーバー参加の登録をしたNGOの数は11,000団体に上った。NGOの強硬な抗議によって、閣僚レベルの会議が始まった8月29日、より広い会議室に変更になり、NGOの参加の門戸がやっと開けた。これは、明らかに、NGOのオブザーバー参加とロビイ活動の封じ込めを狙ったとしか考えられない。