書評  
  「チャベス 〜ラテンアメリカは世界を変える!」
  ウーゴ・チャベス/著 アレイダ・ゲバラ/著 伊高浩昭/訳
  【評者】北沢洋子
 
マスメディアにはほとんど報道されないが、21世紀に入って、地球の反対側にあたる南米大陸で重大な変革の嵐が吹き荒れている。
それは、この大陸の人口の80%以上が左翼政権あるいは中道左派政権の下にあるということを指す。ベネズエラやボリビアのように公然と反米の旗を掲げているが、少なくとも、米国や国際通貨基金(IMF)が推進する市場万能の新自由主義政策を拒否していることについては共通している。そして、この変革の先導を切ったのは、ユーゴ・チャベス大統領率いるベネズエラである。
本書は、04年2月、ベネズエラのチャベス大統領がチェ・ゲバラの娘アレイダ・ゲバラに語ったものである。そもそもドキュメンタリー・フィルムを制作する課程で行なわれたインタービュを1冊の本にまとめられた。
本書でチャベスが語っているのは、主として「ボリバリアーナ革命」についてであった。これは、19世紀はじめ、ベネズエラを中心として、南米北部一帯でスペインに反乱をおこしたシモン・ボリーバルの思想を受け継いだものである。したがって、チャベスはベネズエラ1国だけの革命ではなく、ラテンアメリカ全体の解放を目指している。
キューバのカストロを兄として尊敬しているが、チャベスは社会主義者ではない。彼が推進しているのは現在南米各国で貧しい人びとが利潤追求の大企業に対抗して実践している協同組合など参加型経済である。
社会主義は、「誰が資本を握っているか」を問題にする。それは労働者であり、つまるところは共産党が握る。しかし、チャベスは、巨額の石油収入を貧困者の教育、医療保健、雇用の増設などに当てるという、社会の富の分配に重点を置いている。ここに、チャベスのカリスマ的な人気の秘密がある。
本書でチャベスは、自分が先住民、アフリカ人、白人の混血であることを語っている。17歳でカラカスの士官学校に入学した。第三世界では、貧しい家庭の子どもが出世をする最もポピュラーな道である。ベネズエラでは、将校が大学で学ぶことが出来るという珍しい特典がある。チャベスは、ここで、良い師に恵まれ、また左翼化した学生運動の洗礼を受けた。
やがてチャベスは軍隊の将校のなかに「ボリバリアーナ革命運動(MVR)」を組織していった。その中で、89年、カラカスで、大暴動が起こった。これは、貧しい人びとがIMFの構造調整政策に抗議デモを行い、これに軍隊が発砲して多数の死者が出た。この「カラカソ」事件はチャベスに大きな影響を与え、92年2月のクーデタへとつながっていく。しかし、チャベス中佐は「蜂起」に失敗し、2年余り投獄され、不名誉除隊になった。
釈放後99年2月、チャベスは、米国のいう民主的な選挙によって大統領に選ばれた。しかし、彼が政権の座に着いた時には、国庫は空っぽ、さらに莫大な債務を抱えていた。   
マスメディア、石油技術者を含めたべネスえらのエリートたちは、米国の支援を受けて、クーデタを起こし、チャベスを監禁した。これは、完全に失敗した。軍がチャベスに銃口を向けるのを拒否したからだ。チャベスはこのくだりを実に生々しく語っている。
本書は、今日、深く進行している南米の変革の先頭に立っているユーゴ・チャベス大統領の生い立ち、思想、政策を知るために、推薦したい1冊である。訳者が細かい訳注をつけているので、読みやすい。